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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 決戦前夜
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2年目12月「沙夜の決意」


 悪魔狩り"御門"の本拠地にはいくつもの建物があるのだが、その本殿がある建物はちょっと変わった形をしている。


 視力検査のアレを思い出してもらえると、きっとわかりやすいだろう。

 アルファベットのCのような形をしていて、その切れ目部分の両側に玄関があり、そこからぐるっと長い廊下と各部屋が配置されているのだ。


 さらに真ん中の空間は中庭のようになっているのだが、その中庭の中心あたりに独立した小さな建物が建っている。ここが本殿(実質は会議室のようなものらしい)で、俺たちが今回組織の幹部と顔を合わせるのもこの場所らしかった。


 ……さて、そこに行く前に。


 お茶をたてる音が、小気味良いリズムで俺の鼓膜を震わせていた。


「では、確認しておこう」


 そう言いながら茶碗をこちらに差し出したのは緑刃さんである。

 茶碗の中ではエメラルドグリーンの液体がかすかに泡立っていて、抹茶のいい香りが漂っていた。


「どうした? 別に毒は入っていないぞ?」


 受け取るのをためらう俺に気づき、緑刃さんが怪訝そうな顔をする。

 俺は慌てて手を出して、


「あー、いや。そういうことじゃなくて。イメージが、ちょっと」

「似合わないか?」


 そんな俺の言葉にも緑刃さんは気分を害した様子はなく、再び茶をたて始めた。


 似合わない、というのとは少し違うだろうか。

 俺が見る緑刃さんはいつも和装だし、見た目としてはむしろ似合っているほうだ。


 それでもなにか違うと感じてしまったのは、茶道自体に対する俺の偏見だろう。

 つまり、そういうのはあまり活動的ではない大人しい連中がやるものだと思い込んでいたのである。


「しょせんは素人の遊びだ。腕のほうは察してくれ」


 緑刃さんはそう言いながら、今度は雪に茶碗を差し出す。


「そりゃ大丈夫です。この中に茶の善し悪しがわかる高尚な人間なんていませんし」

「すごくいい香りがします」


 俺の言葉に雪がそう続けると、緑刃さんは少し嬉しそうだった。

 そのまま最後の茶碗を唯依のほうへと差し出す。


「すいません。いただきます」


 唯依は相変わらず緊張気味だったが、ここに来たばかりのときよりはマシになっている。

 緑刃さんはどちらかといえば男っぽいところのある人だから、唯依にとっては比較的話しやすい相手なのかもしれない。


「話の続きだが」


 そして緑刃さんは厳しい表情に戻った。


「まず本日の会合、君たちが来ていることはまだほとんどの方が承知していない」

「ああ。それは神村さんから聞いてます」


 実はこの部屋に来る前、俺たちはちょっとだけ神村さんの部屋を訪れ、そこで雪が用意した弁当を一緒に食べてきたのである。


 なんとも緊張感のない展開ではあったが、それはともかく。

 そのとき神村さんに聞いた話だと、俺たちのことについては未だに多数の幹部が反対しているそうだ。


 緑刃さんは小さくうなずいた。


「もちろん今日も周りからは様々な声が飛ぶと思う。ただ、決して怯むことのないよう毅然とした態度でいてもらいたい。あとは私と青刃、それに光刃様がなんとかする。……会合は13時に始まるから、最初は本殿の外で控えていてくれ。段取りは信頼できる部下に伝えてある。その言葉に従ってくれればいい」


 そう言って緑刃さんは時計を見た。

 12時50分。会合とやらが始まるまであと10分ほどだ。


「では、よろしく頼む」


 最後にそう言って、緑刃さんはゆっくりと立ち上がった。






 そして午後1時過ぎ。

 空は冬らしいくもり空で、吹いてくる風もなかなかに冷たかった。


「……さみーな」


 上には一応革ジャンを着込んでいるものの、やはりこうして突っ立っているだけでは体が冷える。


「はい。ユウちゃん」

「ん?」


 両腕を抱えるように立っていた俺に向かって、雪の手が差し出された。

 そこに持っていたのは使い捨てカイロだ。


「おぅ、サンキュー」


 手に取ると、すでに温かくなっている。

 ホントに準備のいいやつだ。


「唯依くんも、はい」

「あ、どうも」


 唯依にもカイロを手渡して、雪はさらにもうひとつカイロを取り出した。


「はい、どうぞ」

「え?」


 緑刃さんの部下だという男がきょとんとした顔をする。

 5秒ほど考えて、ようやく差し出されたカイロの意味に気づいたのか、少し慌てた様子で手を振った。


「ああ、いや、私は。お気になさらず」

「お腹とか首の下辺りに当てると温かいですよ」


 それでも雪が手を引っ込めずにいると、


「……じゃ、もらっておきます」


 男は結局カイロを受け取った。

 そんな男に、俺も話しかける。


「あんた、俺たちとそんなに歳変わらないよな? いくつなんだ?」

「18歳です。おそらくあなたがたのひとつかふたつ上ぐらいかと」


 男は案外素直に答えてくれた。


 雪の行動が功を奏したのか、もともとそういう人物なのか。

 俺たちに対する警戒心らしきものも見受けられない。


「へぇ、やっぱ近いのか。いつからここで悪魔狩りを?」

「私の場合は祖父の代からです」

「ってことは、生まれたときからここにいるのか? 学校とかは?」

「行っていません。私たちは生まれついての悪魔狩りですから」

「ふーん」


 考えてみれば確かに、生身の体で悪魔と渡り合う力をつけようとすれば、学校になど通っている暇はないのかもしれない。

 伯父さんは、ある程度の年齢になってから関わるようになったらしいことを言っていたが、おそらくはそっちのほうが珍しいのだろう。


 俺は興味を持ってさらに聞いてみた。


「なんか別のことをやってみたかったとか、そういうのってないのか?」

「別のことですか……」


 男は少し悩ましい顔をした。


「ない、とは言い切れません。でも私は、この役目に自分の使命を強く感じていますから」

「……なるほどな」


 俺なんかが言うのもおこがましいが、素直に立派だと思った。

 小さいころから厳しい訓練ばかりを延々と続けていれば、もっとねじ曲がった考えになるんじゃないかと思うのだが、そもそも俺なんかとは住んでいる世界、考え方のベースが違うのかもしれない。


(ま、神村さんや緑刃さんを見る限り、そういうことの教育もあわせて受けてるのかもな……)


 そんな感じで勝手に納得しつつ。


 いったん話題が途切れて、そこから10分ぐらい経っただろうか。


(……ん?)


 本殿の中から少しトーンの高い声が聞こえてきた。


 腕時計を見ると、会議が始まってから20分ほどが経過している。

 ここまで外に声が漏れてくるようなことはなかったから、おそらく中でなんらかの進展があったのだろう。


 そろそろ、だろうか。

 そう思って悪魔狩りの男を見ると、先ほどまでより引き締まった表情をしていた。


「まもなく緑刃様からご指示があるはずです。心の準備をお願いします」

「……最後に、いいか?」

「なんですか?」


 俺はジャンパーのポケットに入れていた手を外に出し、まっすぐに男を見た。


「あんた、俺たちのことをどう思ってる?」

「……」


 俺の問いかけに、男は驚いたように目を見開いた。

 少し視線が泳ぐ。


 そして一息。


「……私はまだ若輩者で、それほど多くの悪魔を見てきたわけではありませんが」


 そう前置きして続けた。


「あなたがたは、人とそう変わらないように見えます。ですから私は、あなたがたに対して敵意とかそういったものを感じておりません。……ただ、私のような人間は少数派です」

「そっか」


 その理由は聞かなくてもわかる。


 悪魔狩りの歴史は、悪魔との戦いの歴史。

 肉親を悪魔に殺された人間が、ここにはたくさんいるはずだから。


 ただ、それでもありがたい。

 たとえ少数であっても、悪魔である俺たちを肯定してくれる人間がこの組織にもいるのだと、実際にそれを確認できたのは俺にとって心強いことだった。


 ……ちりん、という鈴の音。


「緑刃様からの合図です」


 男の声に、俺は改めて姿勢を正した。


「どうぞ。本殿へお上がりください」


 男が道を開ける。


「ああ。サンキュな」


 礼を言って階段に足をかけ、それからふと振り返る。


「唯依。あまり固くなるなよ」

「は、はい!」


 案の定、唯依の表情はガチガチだった。

 後ろでぽやんとしている我が妹のマイペースさを少しは分けてやりたいものだ。


「相手だってただの人間だ。怖がるこたぁないぞ」

「は、はい……」


 そんな俺の言葉に効果があったかどうかは疑問だが、これ以上緑刃さんを待たせるわけにもいかない。

 5段ほどの階段を一気に上がりきると、ちょうどのタイミングで本殿の扉が内側から開いた。


 踏み入る。


「……」


 畳張りの広間には、20人ほどの人間が集まっていて、そのすべての視線が一斉に俺たちのほうへと注がれた。


(……こいつは)


 一瞬、固まる。


 左右に控えていたのは俺の3倍以上は生きているであろう男たちばかりだった。

 それもヨボヨボの枯れたじいさんではなく、それなりの修羅場をくぐり、多くの経験を積んできたであろうことが見た目と雰囲気から察せられるような威厳のある男たちだ。


 その緊迫感に息が詰まる。


(……らしくねーぞ。気圧されるな……)


 自分にそう言い聞かせ、深呼吸ひとつ。

 どうにか視線を広間の奥に動かすと、そこには見覚えのある顔があった。


 一番奥の上座に神村さん。

 その左右に緑刃さんと青刃さんが控えている。


(……神村さん、いつもこんなとこで孤軍奮闘してんのか)


 緑刃さんと青刃さんがいるから、厳密には孤軍ではないとはいえ。


 後ろで唯依がのどを鳴らした。

 緊張がピークに達しているのだろう。無理もない。


「3人とも、こっちへ」


 緑刃さんが俺たちを呼んだ。

 その表情はいつにも増して厳しく、すんなりと話が進んでいないことは明らかだった。


(……俺がためらってるわけにゃいかんな)


 足を踏み出すと、雪、唯依がピッタリと後ろに続く。

 背後の扉が閉まった。


「ご紹介します」


 俺たち3人が緑刃さんのそばまで到達すると、凛とした神村さんの声が広間に響いた。


「今回、私たちに協力していただけることになったみなさんです。不知火優希さんと雪さん。それに香月唯依さんです」


 ざわ、と、さざなみのようなものが空気を伝って部屋中に広がった。

 そして直後。


「光刃様」


 神村さんから見て一番近いところにいた50歳ぐらいの男が、低く、迫力のある声を出した。

 位置的に彼がこの場で一番偉い――何度か話に聞いた悪魔排除派のトップ、紫喉という男なのだろう。


「まさか我々に相談もなく、そこまで事を進めてしまったというのですか」

「申し訳ありません、紫喉様」


 そんな紫喉の言葉に神村さんは静かに頭を下げた。


「ですが"ゲート"の周期も近づいています。もう議論をしている時間がないのです」

「だからといって、このようなこと……」

「おっしゃることはわかっています」


 神村さんは淡々としゃべっていたが、それでも無理をして強い言葉を出そうとしているのがわかる。


 ……彼女も、今まさに戦っているのだ。


 そして、神村さんはゆっくりとその場の一同を見回した。


「紫喉様。他の方々も聞いてください。みなさんが私の身を案じてくださっていることには感謝しています。ただ今回の件、被害を最小限に食い止めるにはこうするより他に方法がないのです」

「しかし――」


 紫喉はやや声を張り上げ、さらに反論する。


「そこの者どもを本当に信用するとおっしゃるのか? ……素性も不確かな、どこで何者とつながっているかもしれぬ悪魔どもを」

「……」


 少しカチンと来た。が、そこは事前の打ち合わせどおりにグッとこらえる。

 ある程度は予測していたことだ。


 それに。


「信用します」


 神村さんが即座にそう言ってくれたおかげで、俺はすぐに溜飲を下げることができた。


「私が自分の目で見て、そして信用できると確信した方々です」

「なんと……光刃様! それは浅はかすぎます!」


 紫喉が膝をずらして神村さんに少し詰め寄った。

 だが、神村さんも引かない。


「これは私の責任です、紫喉様。私の責任において彼らを信用すると言っているのです。結果がどうなろうとも、私がすべての責を負いましょう」

「!」


 紫喉が一瞬言葉を失い、他の幹部たちがざわつき始める。


「……言うようになったな」


 小さくそうつぶやいたのは青刃さんだった。

 顔を伏せ、どうやら少し愉快そうに笑っている。


 その声は俺たちとおそらく緑刃さんにも聞こえたはずだが、緑刃さんは少し鋭い視線を青刃さんに向けただけで、特になにも言わなかった。


「光刃様!」


 一瞬の沈黙の後、紫喉が再び声を張り上げる。


「責任がどうということを言っているのではないのです! 貴女の身の安全をこのような者どもに預けることなどできぬと、そう申しているのだ!」

「……ですが」


 その言葉に神村さんはかすかに表情を動かす。


 悲しげな顔。

 ほんのわずかな感情の発露だったが、俺には彼女が悲しんでいるのだとわかった。


「紫喉様は、いくら話し合おうともきっとわかってくださらない。私とて、紫喉様をあざむくようなこんな真似はしたくなかったのです」

「っ……」


 紫喉が言葉に詰まった。

 神村さんが続ける。


「しかし、紫喉様のお気持ちが理解できるからこそ、私は今回、不意打ちのようなこの方法を採らざるを得ませんでした。どうか、わかってください」

「し……しかし。それとあの者たちが信用できるかどうかは別問題です!」


 一瞬トーンが下がったものの、紫喉はさらに神村さんへ詰め寄っていった。

 他の幹部たちは揃って口を閉ざし状況を見守っている。


 青刃さんがポツリとつぶやいた。


「紫喉のおっさん、どうあっても受け容れないつもりらしいな」

「……黙っていろ、青刃」


 緑刃さんが今度は叱咤の声を上げた。

 神村さんの反論が続く。


「強引に事を進めてしまったことは謝罪します。ですが、今回のことは私が自らの意志で決めたことなのです。お願いです、紫喉様。どうか認めてください」

「貴女の身にもしものことがあったらどうする! 私は死んだ兄から貴女のことを託されたのだ! そんな危険な真似は認められない!」

「紫喉様……」


 空気はさながら、神村さんと紫喉の一騎打ちのような様相になりつつある。

 ただ、そんなふたりのやりとりを、俺は少し意外な思いで見つめていた。


(……あの紫喉っておっさん、本気で神村さんの心配をしてるみたいだな)


 伯父さんの話によれば、紫喉と神村さんは叔父と姪の関係にある。そう考えると姪を心配するのは当然のことのように思えるが、これまでの経緯から、俺は紫喉に対して非人間的な性格であるというイメージを強く持っていたのだ。


 ただ、事実はどうやらそうではない。

 あの紫喉は、悪魔に対して異常なほどの嫌悪感を持ってはいるものの、ごくごく普通の感性を持った人間だということだろう。


「紫喉様。被害を食い止めるためにはもうこれしか――」

「それで光刃様が命を落とされては元も子もありません!」


(……けど、どっちにしろ、これじゃ埒があかないな)


 どちらも譲る気配はなかった。他の幹部たちも口を挟めずにいるし、緑刃さんも難しい顔でなにごとか考えているようだが、間に入るタイミングをつかめずにいる。


 話を先に進めるには、どうやら第三者の言葉が必要だ。


(俺が行くか……)


 やぶ蛇になる可能性はある。

 口を挟めば神村さんに迷惑がかかるかもしれない。

 ただ、ここまでの話を聞いていて、俺にも言ってやりたいことが色々とたまっていたのだった。


 そうして俺は、ひとまず緑刃さんにアイコンタクトでうかがいを立ててみることにした。


 口を出してもいいか、と。


 しかし。


「あの、大丈夫ですよ」


 緑刃さんから反応が返ってくるよりも先に。

 誰もが口を挟むのをためらっていたその空気を読まず、あっさりと声を発した怖いもの知らずがいた。


 雪だった。


(……こいつ)


 俺が迷っているのを察したのだろうか。


「大丈夫ですから」


 まるでひとりだけ別世界にいるかのようなのどかな声色に、その場にいる全員の視線が注がれた。


「……なにが、大丈夫だというのだ?」


 あっけに取られた一同の中で、最初に疑問の声をあげたのはやはり紫喉だった。

 その言葉は神村さんに向けられていたものと比べて小さく静かだったが、刃物のような刺々しさをまとっている。

 鋭く雪を射抜いた視線は、まるで仇敵を見るかのようだった。


 だが、それでも雪は動じない。

 少なくとも表面上は。


「私たちを信用してもらっても大丈夫。そういう意味です」

「……」


 紫喉が不愉快そうに眉をひそめる。


「……雪さん」


 それを見た神村さんが間に入ろうとしたが、雪は即座にそれを制した。


「沙夜ちゃん、ごめん。私が話すから」

「……」


 神村さんが少しびっくりしたような顔をして口をつぐむ。

 そこで、俺はようやく気づいた。


(……雪のやつ、怒ってんのか?)


 いつもよりはるかに抑揚を失った口調。

 無機質に近い表情。

 それはこいつが本気で怒っているときによく見るパターンだった。


 そして雪は言った。


「沙夜ちゃんがここまで決心していることなんだから。それを認めないのはあなたのワガママです」

「ワガママ、だと?」


 紫喉の顔に明らかな怒りが浮かんだ。


 ……それはそうだろう。

 彼が忌み嫌っている悪魔の、しかも30歳以上は年下であろう雪にワガママなどと断じられたのだから。


 ただ、雪はおそらくそれで相手が怒ることもわかっていたはずだ。


「だってそうでしょう? 沙夜ちゃんは危険があることを充分にわかってる。わかってて、それでもその道を選びたがってる。それなのにあなたは、危険だからダメだ、ダメだって、そればっかり」


 穏やかな口調がほんのわずかに熱を帯びた。


「危ないけど、それでも大切なことがあるから。危険を冒してでもやらなきゃならないことがあるから。だからやる。その気持ち私にはよくわかる。なのに、あなたは」


 よどみのない口調でそう言って、雪はキッと紫喉をにらんだ。


「あなたはそれでも沙夜ちゃんの邪魔をするの? 自分の足で歩こうとするその道を、つまらないワガママなんかでふさいでしまうの? そんなの――」

「……悪魔の小娘が知った風な口をきくなッ!」


 ついに激昂した。


 まずい、と、俺は片膝を立てる。

 紫喉は軽く身を乗り出して、紫の法衣から出した右手を雪のほうへ突きつけた。


「青刃! 緑刃! その小娘を黙らせろ!」


 殺気立つ。

 緑刃さんの表情がこわばった。

 緊張が、みなぎる。


 が、しかし――


「紫喉様! お静かにッ!」

「……!」


 神村さんが張り上げた大声に、まるで冷や水を浴びせられたかのように沸騰は一瞬にして収まった。


「光刃、様……?」


 紫喉が驚きの表情で神村さんを見つめている。


 驚いたのは俺も同じだった。

 神村さんのそんな声を聞いたのは、過去に一度あったかどうか。


 そして一同が驚きに静まり返っている様子を見る限り、それはこの場においてもおそらく同じだったのだろう。


「どうか、落ち着いてください」


 いつもの声に戻って、神村さんはチラッと雪を見た。


「雪さん。申し訳ありませんが、それ以上は」

「……うん。ごめんね、沙夜ちゃん」


 素直に引き下がる雪。


「……光刃様」


 紫喉は困惑の表情で固まったままだった。

 神村さんはそんな紫喉を見て、


「紫喉様も、御気分を害されたかもしれませんが、どうか怒りをお収めください。……青刃さん。不知火さんたちを外へ。お願いします」


 いつもに比べると少し早口だった。


「了解。さぁ、行こうか」


 その場でただひとり、動じることもあっけに取られることもなかった青刃さんが俺たちに歩み寄る。

 もしかしたら場をぶち壊してしまったのかと思ったが、青刃さんはどこか楽観的な表情をしていた。


「……君たちの役目はこれで終わりだ。ご苦労さん」


 小声でそう言って軽くウィンクをしてみせる青刃さん。

 その反応を見る限り、どうやらこの事態は許容範囲内のできごとであるらしい。


(けど、本当に……)


 静まり返った広間を見回して。


(……大丈夫なのか)


 そんな俺の心の声に答える者はもちろんなく。

 そうして俺たちは、追い出されるようにして本殿を後にしたのだった。




 俺たちが歩いているのは来たときとは違う道だった。

 ただ、やはり周りは木々に覆われていて似たような景色が続いている。

 青刃さんの案内がなければ迷子になってしまっていたかもしれない。


「……ごめんね、ユウちゃん」


 と、隣を歩く雪がそう言った。

 あの場で口を挟んでしまったことを反省しているのかと思いきや、


「ユウちゃんの言いたかったこと、私が全部言っちゃったね」

「いや。勝手に決めるなっつの」

「でも、言おうとしてたよね?」

「だから勝手に……いや、まぁ、お前の言ったことの半分ぐらいは言おうとしてたけどさ」


 俺が憮然としながらそう答えると、雪はおかしそうにクスクスと笑った。


「私も、沙夜ちゃんが一生懸命なのがわかったから。だからどうしても黙っていられなくて」

「でも……大丈夫でしょうか? なんだか協力できそうな雰囲気じゃなかったような……」


 不安そうにそう言ったのは、本日俺以上に存在感のなかった唯依である。


「どうだかな」


 その問いかけに俺は答えられなかったが、代わりに一番先頭を歩いていた青刃さんが答えてくれた。


「ま、大丈夫だろう。目的は達した。むしろお嬢ちゃんのファインプレーさ。……おっさんのあの顔見ただろ? 初めて娘の反抗期を目の当たりにした、みたいな」


 そう言って青刃は楽しそうに笑う。


「あの場で沙夜にあそこまで言わせちゃ、今回ばかりは黙っているしかないさ。それに、他にいい方法が見つからないのも確かなんだ」

「なら、いいんだけどさ」


 なんとなく、この人がそう言うのならそのとおりになるんじゃないかという気がした。


 そしてついでに、聞けるうちに色々聞いておこうと思い、俺は疑問を口にする。


「そういやさっき、神村さんが"ゲート"の周期がどうの……時間がないとかなんとか言ってたけど、もしかして敵が攻めてくる日がわかっているのか?」

「周期ってのは」


 まるでその質問が来ることを予測していたかのように、青刃さんは間髪入れずに答えた。


「"ゲート"がその口を大きく開ける日のことだ。大体一定の周期に従っているが数日単位で誤差がある。細かい日時はある程度近くならないとわからないんだが」

「その周期ってのが来ないと、悪魔は出入りできない?」

「100パーセントってわけじゃないが、周期以外のときに出入りするのはかなりの危険と困難がともなう。……で、敵さんは間違いなく、その周期付近を狙って攻撃をしかけてくる。今の敵さんの戦力じゃ、ここを奪ったところで長く守りきることはできないから、すぐにでもあちらから戦力を集めなきゃならない」

「その時期は?」

「今月の終わりごろさ。あと何日かすれば正確な日時も割り出せる。わかったらもちろん君たちにも知らせるつもりだ」


 つまりそれが決戦の日ということだ。


 ……ぶるっ、と、武者震いが体を駆け上がった。


 あと2週間あるかないか。

 そのときにはもう、命をかけた大きな戦いが始まるのだ。


「……じゃ、俺はこの辺で」


 そんな青刃さんの言葉が合図だったかのように視界が開けた。

 どこをどう歩いてきたのか、俺たちはいつの間にか神社の敷地までたどり着いていたのである。


「ああ、それじゃあまた」

「さようなら、青刃さん」

「えっと……お世話になりました」


 俺たちがそれぞれに礼を述べると、青刃は『立場が逆だよ』と笑いながら去っていった。


 神社の境内へと戻ると、やはり閑散としている。

 日はいつの間にか西のほうに傾いていて、風はさらに冷たくなっていた。


 そこを素通りして、まっすぐに階段へと。


(あと2週間……か)


 まだやっておくべきことがある。


 亜矢たちを元に戻す方法。

 最低限、それだけは見つけておかなきゃならない。


 緊張。

 しかしそれと一緒に、体の奥からは熱いものがこみ上げていた。


 神村さんと協力して"ゲート"とやらを守る。

 亜矢たちを奪還する。

 そして、俺自身はもちろんのこと、雪や唯依、神村さんの命を守る。


 そんな使命感のようなもので、俺の気持ちは激しく高揚していた。


(あとは……)


 長い階段を下りながら自分の手を見つめる。


(……当日、力が出ていてくれりゃいいんだが、な)


 それだけは、ただ祈るだけしかできなかった。


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