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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 決戦前夜
116/239

2年目12月「会議」

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 優希が沙夜と会話した日のその翌日。

 神社の奥にある深い森の中。


「結局、間に合わなかったということか」


 悪魔狩り"御門"本部の一角にある広い座敷には、早朝から組織のトップである光刃――沙夜のほかに、彼女の護衛である緑刃と青刃、組織のナンバー2で事実上のトップである紫喉、さらには主に紫喉の取り巻きである数名の幹部たちが顔を揃えていた。


「しかし緑刃。事前に女皇たちの復活に関する情報を手にしておきながら、こうなるまでなにも対策を立てられなかったというのは少しお粗末だったな」


 幹部のひとりが眉をひそめて詰問すると、沙夜の脇に控えていた緑刃は苦い表情で頭を垂れた。


「申し訳ありません。私の力不足です」


 そこへ紫喉が口を挟む。


「いや、緑刃のせいとばかりは言えまい。対策を立てられなかった背景には、たび重なる悪魔との戦いによる組織力の低下という根本的な要因もある。それにそういったものはもともと緑刃の本来の任務ではないのだからな」

「面目ありません」


 頭を下げたままの緑刃を一瞥し、紫喉は上座の沙夜へ体の向きを変えた。


「いずれにしても光刃様。やつらが全員復活したのが本当だとすれば早急に対抗策を練る必要があります」

「そう思います」


 そう答えた沙夜は光刃の正装である白装束姿だった。

 ほとんど首を動かさないまま、脇に控える緑刃へ問いかける。


「緑刃さん。復活した女皇たちの狙いはなんだと思いますか?」

「おそらくはここの"ゲート"を狙ってくると考えて間違いないと思われます」


 緑刃は即答した。


「彼らがこの世界で勢力を保ち続けるには、魔界からの通路を確保する必要があります。ここの"ゲート"はどんな強大な力を持つ悪魔でも通過できる国内最大規模のものです。となると彼らは結界を破壊し、"ゲート"を解放して仲間を呼び込むことを最初の目的とするに違いありません」

「私も緑刃と同意見です」


 と、紫喉がうなずく。


「速やかに戦力を集結させる必要があるでしょう。影刃が率いる"見崎みさき"の主だった戦力はもちろんのこと、"水守みもり"や"御烏みがらす"などの他所の悪魔狩りにも助力を請い、そして今度こそは女皇どもを完全にこの世から消し去るべきです」


 そんな紫喉の言葉に、他の幹部たちの賛同の声が続いた。


 そうしてあっさりと方針が固まる。

 ……いや、固まるかと思われた、そのときだった。


「それはどうかな」


 その場でただひとり、反論を唱えた者がいた。

 沙夜の脇、緑刃とは逆サイドに控えていた青刃である。


「俺は反対です。むしろ他所の悪魔狩りの戦力は動かすべきではないでしょう」


 膝を少し前に出してそう述べた青刃は、ひとりだけジーパンに長袖のシャツというラフな格好だった。

 緊急に開かれたこの会議においては、正装で参加すべしというような達しはなかったが、それにしても和装ばかりの周囲と比べあまりにも浮いた格好である。


 そんな青刃に、その場にいる全員の怪訝そうな視線が注がれた。


 ……いや、ただひとり。

 沙夜だけが、その発言を予測していたような顔だった。


「どういうことだ、青刃」


 幹部のひとりが質問すると、青刃はゆっくりとその幹部に視線をやって反論の理由を答える。


「あいつらはここの"ゲート"には固執しないと思います。確かにここの"ゲート"を押さえることがやつらにとってベストでしょうが、最悪いくら細くても魔界からの出入り口さえ確保できれば、戦い続けることはできるはずです。やつらにはすでに女皇というジョーカーが3枚ないし4枚揃っているわけですから」


 紫喉が鋭い視線を青刃に向ける。


「やつらがここ以外を標的にする可能性が高いということか?」

「俺だったらそうしますね。まず適当に手薄なところを狙ってそこから勢力を拡大させる。もし影刃様の一団がこちらの加勢に駆けつけるなら、その留守を狙って真っ先に"見崎"を落とします」

「しかし、それではこちらも対応のしようがないではないか」


 と、ひとりの幹部が眉間に皺を寄せた。


 魔界と人間界を繋ぐ通路である"ゲート"は全国各地にいくつも存在している。


 "ゲート"のあるところにはだいたい悪魔狩りの組織が居を構えており、各地でよからぬことを企む悪魔たちと戦いを繰り広げているが、組織の規模は大小さまざまだ。場所によっては一族数人だけで"ゲート"を守り続けているような悪魔狩りもある。


 そのすべてに、女皇たちに対抗しうる戦力を整えろというのはいくらなんでも不可能だった。


 そして重苦しい空気がその場を支配する。

 いずれにせよ、このままでは後手に回ってしまうのが明らかだった。


 と、そんな中。


「対応のしようは、まあ、なくもないですがね」


 再び青刃が発言し、全員の注目が集まった。


「青刃。もったいぶらずに言ってみろ」


 紫喉が先を促すと、青刃はかすかに笑みを浮かべて紫喉を一瞥し、それからぐるりと幹部一同を見回して口を開く。


「さっきも言いましたが、やつらにとってのベストはここの"ゲート"を押さえること。これは間違いありません。今後の展開が圧倒的に有利になるということのほかに、やつらには少なからず、以前敗北させられた我々に対する憎しみも残っているはずですから。それを利用してやつらの行動を縛ればいいんです」


 そんな青刃の言葉に紫喉が表情を険しくした。

 紫喉だけではなく、青刃の逆サイドに控えていた緑刃も同じだった。


「青刃、お前まさか……」


 緑刃が驚きの表情を浮かべながらつぶやく。

 どうやら彼女は、青刃がなにを言おうとしているか察していたらしい。


「……ああ、いや」


 そんな周囲の反応に青刃は苦笑し、軽く両手を広げておどけてみせる。


「こりゃ言わないほうがいいかな。なんかお叱りを受けそうな雰囲気ですしね」

「青刃。貴様」


 その態度に、紫喉が声を低くして静かに叱責した。


「ふざけたことを言うな。この場をなんだと思っている」

「じゃあ言ってもいいんですか?」


 それでも青刃は変わらぬ飄々とした態度でそう言うと、結局言葉を続ける。


「要するに"おとり"にするんですよ。ここの"ゲート"と、結界の要である光刃様をね」

「……青刃!」


 その言葉に声を荒らげたのは紫喉ではなく、緑刃だった。


「バカなことを言うんじゃない! 我々の役目は光刃様の命をお守りすることだぞッ! そのお前が光刃様の御身をおとりにしようなどと、寝ぼけたことを言うのも大概にしておけッ!」

「ちぇっ……だから言いたくなかったんだ」


 やれやれ、というように、青刃が肩をすくめてみせる。


 そんな青刃の態度に紫喉をはじめとする幹部たちが再び眉をひそめたが、彼の相方である緑刃が真っ先に叱責したためか、それ以上責めようとする者はいなかった。


「……光刃様。こうなれば多少の犠牲はやむを得ません」


 と、紫喉が再び沙夜のほうを向いて言う。


「ひとまずはここの"ゲート"の守りを最優先に、"見崎"は影刃と最低限の戦力を残した上で、それ以外をこちらに移動させましょう。中規模以上の"ゲート"を守る他所の悪魔狩りたちには注意を喚起し、小規模な"ゲート"はこの際諦めるしかありません。その上で、彼らが動きを見せ次第、全力で殲滅するための体勢を整えておく。……ということでよろしいか?」


 そんな紫喉の言葉に、周囲から賛成の声が上がった。


 この場の名目上のトップは沙夜であっても、事実上の決定者は紫喉だ。

 その紫喉が最終結論を口にした以上、あとは沙夜がうなずくだけで会議は終わる。

 それがいつもの流れであり、沙夜がこの場で口を開くのは、その肯定と、ちょっとした意見を求めるときぐらいなのである。


 しかし、この日は違っていた。


「青刃さん」


 ずっと考えるような表情を見せていた沙夜が、紫喉の言葉にすぐには賛同せず、脇に控えていた青刃へ視線を移動させたのである。


「先ほどのお話、もっと具体的に聞かせてもらえませんか?」

「……光刃様?」


 その言葉に、紫喉とその他の幹部たちが驚きの声を上げた。

 緑刃は小さく頭を下げたままピクリともせず、青刃はその反応を予測していたかのような顔をしている。


 沙夜はそんな一同を小さな動作で見回して、


「私は、先ほど青刃さんがおっしゃっていたことに間違いはないと思っています。それが一番良い方法である可能性もあるでしょう。ですから、もう少し具体的なお話をうかがいたいのです」


 きっぱりとそう言った。


 一瞬、全員が言葉を失う。

 紫喉が決定しようとしたことを沙夜が覆したことなど、これまでに一度もなかったからである。


「……青刃。説明しろ」


 だが、一同が唖然とする中でも紫喉は真っ先に我を取り戻し、小さくうなずきながら青刃を促した。

 それを受けて青刃が答える。


「まあ、俺のほうもまだ細部まで計画を立てたわけじゃないです。ただ、とりあえず現状のままであれば、やつらは必ずここを狙ってくるでしょう。さっきも言ったとおり、やつらにとってはここの"ゲート"を押さえるのがベストで、今のここの戦力なら、やつらは間違いなく勝算ありと見るはずです。なにしろ以前戦ったときと違って、我々は空刃、海刃という両翼を欠いた状態ですからね」

「だから、その戦力不足をどうするのかと聞いているのだ。万が一にでもここの"ゲート"が奪われれば、ことはこの地域一帯だけの話ではなくなるぞ」


 そう言って紫喉が目を細めると、青刃は再びチラッと沙夜の顔をうかがって言葉を続けた。


「やつらは今ごろ、我々がどういう動きをするか必死に探っているところでしょう。ここの戦力はどうなっているのか。どこを攻めるべきなのか。もちろん我々が"見崎"や他所の悪魔狩りの協力を得ようとすれば、その動きはすぐに察知されてしまうでしょう。ですが」


 そこでいったん言葉を切り、一同を見回す。


「逆に言えば、他の悪魔狩りをいっさい動かさずに戦力を集めることができれば、ここでやつらを叩くことができる、というわけです」


 そこで青刃の言いたいことを悟ったらしく、紫喉が嫌悪の表情を浮かべた。


「つまり悪魔狩りに属さない者――楓に協力を求めるということか?」


 そんな紫喉に対し、青刃は意地の悪い笑みを返しながら、


「少なくともあいつの力は最低現必要でしょう。今のところ"雷皇"に対抗できそうな戦力はあいつぐらいしか思い浮かびません。……ただ、それでも不足です。いくら楓でも女皇全員は相手にできない」

「……」


 苦虫をかみ潰したような顔をしている紫喉に代わり、幹部のひとりが質問する。


「青刃。たとえばそうするとして、楓以外に協力者に心当たりはあるのか?」

「もちろんありますよ。たとえば1年ほど前、"我々の不手際"で迷惑をかけた上級氷魔の少女。半年ほど前、暴走妖魔を光刃様とともに退治した少年。……彼らの協力を得られれば、いずれも貴重な戦力となってくれるでしょう」

「……冗談ではない!」


 ついに紫喉が声を荒らげた。


「青刃! 貴様はそんな得体の知れないやつらに光刃様の命を預けろというのかッ!?」

「それは心外です。俺は俺なりに最善と思える策を述べただけです。それに少なくとも少年のほうは、妖魔の事件での功績によって光刃様自ら謝意を表した相手です。得体が知れないということはないかと」

「それは、私が知らぬ間に貴様らが勝手に!」


 青刃は極めて冷静に返す。


「紫喉様。その貴様らという言葉には、もしかすると光刃様も入っておられるのでしょうか」

「貴様……!」


 言葉の端々に見える当てつけに紫喉は怒りをあらわにし、場の空気が張り詰めた。

 幹部たちは口を挟むタイミングを見失ったまま動けず、緑刃は顔を伏せたまま無言。


 そして、


「紫喉様。どうか落ち着いてください」


 結局、その空気を破ったのは沙夜だった。


「しかし、光刃様……」


 紫喉が眉をひそめて彼女を見る。

 だが、沙夜は小さく首を振って、


「青刃さんに意見を求めたのは私です。それに……」


 沙夜はきっぱりと言った。


「私は青刃さんの意見に賛成です」

「光刃様!?」


 ざわつく。


「まさか、本気でそのようなことを……!」

「はい。もちろん楓さんをはじめとする協力者の方々の同意を得られれば、ですが」

「……」


 いつもと変わらぬ落ち着いた口調で、しかし今までにない強い意志のこもったその言葉に、紫喉でさえすぐに異論を挟むことはできず。

 結局、紫喉の権限によってその場はいったん解散となり、会議は時間を改めて再度行われることとなった。




「……冷や汗ものだったぞ、青刃」


 会議が一時解散となった直後。


 神社の賽銭箱の前にある階段に座り、冬空を眺めていた青刃の前に、少し苦い表情の緑刃がじゃりを踏み鳴らしながら現れた。


 青刃は視線だけでそんな緑刃を見やって、


「なかなかいい演技だったぞ、美琴。生真面目なお前にゃ少し荷が重いかと思っていたんだがな」

「ふっ……お前を怒鳴りつけるのは慣れているからな。半分は演技でもなかった」


 そう答えた緑刃に、青刃は苦笑する。

 木枯らしがふたりの間を吹きぬけた。


「寒くなったもんだ。今晩辺りは冷え込みそうだな」

「それで?」


 青刃が振った世間話には乗らず、緑刃はチラリと彼を一瞥して、


「次はどうするつもりだ? 紫喉様があのまま納得なさるとはとても思えないが」

「いや、さっきの続きをやるだけさ。お前はあくまで中立のフリを続けてくれ。紫喉のおっさんとその取り巻きのヒステリーは全部俺が受ける」

「それでいいのか?」

「むしろそうじゃなきゃ困るのさ。お前まで敵対視されると、後でいろいろ動きにくくなる」


 緑刃は階段の脇に立って腕を組みながら、少し心配そうに言った。


「うまくいくだろうか? ……私は沙夜本人の意思を可能な限りくんでやりたいだけだ。ただ、紫喉様があのまま引き下がるとも思えない」


 だが、青刃の回答は楽観的だった。


「大丈夫さ。いくら結論を先に延ばしたところで沙夜の意思はすでに幹部全員に伝わった。今ごろはおっさんたちが必死になって沙夜を説得してるだろうが、今回ばかりはひっくり返すのは無理だろう。不知火優希は公式に我々に協力しているという事実があるし、そのつながりで妹のほうも引き込むのは問題ない。あとは香月唯依の存在をどう認めさせるかだが……」

「なにか考えがあるのか?」

「一応な。というより」


 ふぅ、と、息を吐く。


「幽霊を追い出すというあの少年の力がないと、難しい戦いになる」

「女皇の力は、やはりそれほどのものか。楓はもちろん、あの兄妹もなかなかの力を持っているし、私やお前、沙夜の力を合わせても――」

「力だけじゃなく感情的な部分も含めて難しいのさ。彼らが家族や友人の姿をしている女皇たちに迷わずトドメを刺せるとは思えない。だから、倒さずに無力化できる方法があるなら使うに越したことはない」

「……問題は、その力がどういうものかまだわからないということか」

「ま、だいたい想像はつくが」


 青刃は最初と同じようにうす曇りの冬空を見上げてつぶやいた。


「問題は、決戦前に使いこなせるようになるかどうか、だろうな」


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