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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 女皇たち
111/239

2年目12月「終わりの始まり」


-----


 優希が晴夏と協力の約束して帰路についた、ちょうどそのころ。


「それにしてもタイミング悪いなぁ」

「仕方ないわよ。仕事のついでなんだから」


 唯依のボヤきに、亜矢は台所でリズミカルに包丁の音を立てながらそう答えた。


 遠くに住んでいる亜矢の養父から『明日近くまで行くから会いたい』という電話がかかってきたのは昨晩のことだった。

 出張の予定が突然変更となり、急にこちらに来ることになったそうだ。


 近々来るという話は以前に聞いていたので、唯依もそれについての戸惑いはあまりなかった。

 ただ、


「それにしても期末テストの直前ってのは、なんか落ち着かないね」


 まさにタイミングが悪かったのである。


「いまさら悪あがきをしてもそんなに変わらないわよ。いさぎよく諦めなさい」

「いや、テストの自信がないわけじゃないよ。ほら、真柚と舞以だってまだ帰ってきていないしさ」


 と、唯依はふたりしかいない部屋の中を見回した。


 真柚と舞以はそれぞれ部活の友人たちと期末テストに向けた勉強会の約束を交わしてしまっていて、今日は帰りが遅くなりそうなのである。


「あの子らだってそんな遅くまで勉強しないでしょ。案外、義父さんの到着と同じぐらいの時間に帰ってくるんじゃない?」

「だといいけど。……ところでおじさん、今日はここに泊まってくってことでいいのかな?」

「どうかしら? こっちがなにも言わなければ普通に帰ると思うけど」

「せっかくなんだし泊まってもらおうよ。でも、ウチって来客用の布団がなかったなと思って」

「毛布1枚で大丈夫だって言うわよ、きっと」


 亜矢はこともなげにそう言ったが、もちろんそういうわけにはいかない。


「僕の布団を使ってもらうしかないかな。ひと晩ぐらいなら毛布だけでも大丈夫だろうし」

「あら。だったら舞以か真柚と一緒に寝たら?」

「……冗談やめてよ」

「だったら私のところにする?」

「あ、あのねぇ……」


 からかわれているとわかっていながら、ついどもって汗をかいてしまった。

 いくら家族として馴染んできたといっても、この手の冗談をさらっと流すのはまだ難しかったのだ。


 亜矢は笑いながら、


「義父さんには私の布団を貸すわ。私は真柚か舞以のところに行けばいいから」

「そっか。じゃあそれで」


 それでひとまず布団の心配はなくなった。


(……にしても、今日は一段と機嫌がよさそうだなぁ)


 と、そんな亜矢の様子を見ながら唯依は思った。

 直接聞けば彼女は否定するだろうが、おそらく養父と久々に会えることになって浮かれているのだろう。


 ちらっと時計を見ると、時間は午後6時近くになっていた。

 外もかなり暗くなっている。


 そして窓の外を見た唯依は驚きの声を上げた。


「あれ。雨が降ってきてる」

「あら、ホント」


 亜矢も台所の窓から外をのぞいたようだ。


「結構強く降ってるわね。あのふたり、ちゃんと傘持っていったのかしら。傘が無いとこれじゃ大変だわ」

「どうだったかな……」


 唯依が小さく首をかしげた直後、プルルル、と、電話の着信音が鳴った。


「あ、僕が出るよ」

「言ったそばから、かしらね」


 そんな亜矢の楽しそうな声を聞きながら、唯依は電話を取った。


「もしもし、白河です」

「あ、唯依くん?」


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、案の定真柚の声だった。その向こうではパラパラという雨の弾ける音が鳴っている。

 どうやら電話ボックスの中からかけてきているらしい。


「真柚、今帰り? 舞以は?」


 聞きながら唯依は窓の外に視線をやる。

 雨はますます強さを増していた。


「舞以ちゃんも一緒だよ。でね、実は……」


 真柚の声がもったいぶった調子になって、


「亜矢ちゃんのお義父さんも今一緒にいるの」

「……え? どういうこと?」


 思わぬ言葉に驚きの声をあげる。

 それを聞いた台所の亜矢が手を止めて唯依のほうに注目した。


 真柚が続ける。


「ビックリした? 舞以ちゃんと帰ってくる途中で道を聞かれたんだけど、私もビックリしたよ。聞かれた先が私たちのアパートだったんだもん」

「そ、それはすごい偶然だなぁ……」


 そんなことがあるんだな、と、唯依は感心してしまった。


「それでね。それとは別の話なんだけど……」


 真柚の声に照れ笑いが混じる。


「みんな傘持ってないの。お願い、亜矢ちゃんと迎えに来て!」

「……だろうと思った」


 それについてはまったく予想通りだったようだ。


「ごめんね。えっと、場所は……」


 真柚が少し早口で自分たちの居場所を説明する。

 そこは駅を挟んだ向かいの住宅地で、どうやら一緒に勉強した友人宅のそばらしい。


「じゃあお願いね。急いで来てくれたらご褒美のキスをあげるからねっ」

「い、いらないよ……」


 再び顔を赤くして汗をかく唯依。

 今日はどうやら彼にとって厄日らしい。


「……ったく」


 ため息とともに受話器を置くと、亜矢がすぐに聞いてくる。


「真柚? なんて?」

「傘忘れたから迎えに来てくれって。それと、なんか亜矢のお義父さんと会って今一緒にいるらしいよ」

「え? 義父さんと?」

「たまたま道を聞かれたんだって」


 これにはさすがの亜矢も信じられないような顔をしたが、真柚がそんな嘘をつく理由もない。

 ものすごい偶然ね、と、感心したようにつぶやきながらエプロンを外した。


「じゃあ迎えに行ってくるわ。舞以も一緒なのよね?」

「うん。あ、僕も行くよ。真柚も一緒に迎えに来てって言ってたし」

「そう。じゃあ行きましょうか」


 少し弾んだような声で亜矢がうなずいて。

 そうしてふたりは自分たちを含めた5人分の傘を手に、雨の煙る夜の町へ出かけていったのだった。


 ……その直後、優希からの電話が鳴ったことには、もちろん気づくこともなく。




-----




「あっめあっめふっれふっれ、かっあさっんが~」


 我が家でもっとも高いソプラノの歌声がリビングの中に響いている。


「じゃのめでおっむかえ、うっれしっいな~」


 歌詞が途切れるところで、パラパラパラとガラス戸に雨の当たる音が聞こえた。


「……っていうかお前、もしかしてケンカ売ってんのか?」


 楽しそうに歌う歩を恨みがましく見つめつつ、俺はぐしょぬれの頭をタオルで拭っていた。


 シャワーを浴びたわけではない。

 カラオケボックスで晴夏先輩と別れた後、急に強くなった雨に降られてしまったのである。


「え? あ……」


 歩はそんな俺の状況に気づき、あはは、と笑ってごまかした。


「でも、電話くれればちゃんとお迎えに行ったのにー」

「家に着くまでなら大丈夫だろうと思ったんだよ」


 結局のところ考えが甘かったわけだ。


「ところでお前、その"じゃのめ"ってなんなんだ?」

「じゃのめ? 蛇の目傘のことだよー。和傘の一種だね」

「ふーん」


 聞いといてこう言うのもなんだが、相変わらずどうでもいいことに詳しいやつである。


「あ、歩ちゃーん。ごめん、ちょっと手伝ってもらえるー?」

「はーい」


 台所から聞こえた雪の声に、歩が足取り軽く飛んでいく。

 俺はその後ろ姿を見送りながら、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。


 そのまま壁時計を見る。

 時間は午後6時ちょうど。この時間はニュース番組ばかりだ。


 適当にチャンネルを回してみたがやはり見たい番組はなく、とりあえずニュースを流しておくことにしてリビングを出た。


「あら、部屋に戻るの? すぐご飯だから下りてきなさいよ」

「へーい」


 そんな瑞希の言葉に曖昧な返事をしつつ、階段を上がって廊下にあった電話の子機を手に取った。


 電話のアドレス帳を開き、"カツキユイ"の名前を見つけると、ダイヤルボタンを押す。

 用件はもちろん、唯依たちにかけられた"術"についてである。


 が、しかし。


「……いないのか」


 15回目のコールで諦めて電話を切った。

 この時間にまだ誰も帰宅していないということはないはずだし、外食にでも行っているのかもしれない。


 いずれにしろ不在ではどうしようもないので、夕食後にまたかけなおすことにして自室に入った。


 そして部屋の電気をつけようとすると、


「……うおっ」


 ピカッと。

 部屋の中が真っ白になった。


 雷だ。

 しかも結構近い。


「……どっかに落ちたか?」


 ゴロゴロという大きな音を聞きながら部屋の電気をつける。

 カーテンを閉めるついでに外を見ると、窓を叩く雨はさらに勢いを増していた。


(こりゃ明日も雨だな……)


 少し憂鬱になりながらベッドに腰を下ろし、昨晩読んでいたマンガの単行本を手に取る。

 雨の音が気になったので、音楽をかけることにした。


 15分ほどもそうしていただろうか。


「ちょっと! すぐ下りてきなさいって言ったでしょ!」


 まるで母親のような態度で瑞希が部屋にやってくる。

 首根っこをつかまれ、怒られながら1階に下りていくと、ちょうどリビングに置いてある親機が呼び出し音を鳴らし始めた。


「あー、俺が出る」


 唯依が着信履歴を見てかけてきたのかもしれないと思い、出ようとした瑞希を制止して電話台へ向かった。


 ……その直後。


「ッ……!?」


 パチ、という"耳鳴り"。


 不安になるタイミングだった。


 鳴り続ける電話。

 まるで、その電話が不幸の予兆であるかのように思えてしまったのだ。


「……ユウちゃん?」


 そんな俺の態度になにかを察したのか、テーブルに着いていた雪が心配そうな声を上げる。


 俺はそれには答えず、無言のまま受話器を取った。


「はい。不知火です」


 受話器の向こうから最初に飛び込んできたのは、パラパラという雨の弾ける音だった。

 家の中にしては雨の音がうるさい。どうやら電話ボックスのようだ。


 続いて聞こえてきたのは、少しよそ行きの声。


「あ、私、綾小路と申しますけど、優希さんはご在宅でしょうか?」


 それは1時間ほど前に別れたばかりの晴夏先輩の声だった。


「ああ、俺だ。晴夏先輩か?」

「優希くん? ああ、そっか。あなたの家、男はひとりだけだったわね」


 晴夏先輩はひとり言のようにそうつぶやいた。

 彼女がウチの家族構成を知っている理由については特に聞き返す必要もないだろう。調べようと思えばすぐにでも調べられることだ。


「どうしたんだ? なにか話し忘れたことでもあったのか?」

「そんなおっちょこちょいなことはしないわ。今、ちょっと外に出てこられる?」

「いま? なんだ?」


 一応聞いてはみたものの、このタイミングでの晴夏先輩の用事といえばひとつしかないだろう。


 彼女は言った。


「ちょっとまずいことになるかもしれない。さっき香月唯依と一ノ瀬亜矢がどこかに出かけて行ったわ。確信ではないけど、嫌な予感がするの」

「……すぐ出る。どこに行けばいい?」


 俺は即答した。

 状況はよくわからないが、晴夏先輩の性格からしてわざわざ冗談を言うために電話をしてくることはないだろうし、声は冷静だったが夕方に話したときよりもかなり早口だ。本当に一刻を争う状況なのだろう。


「お願いね。場所は……」


 晴夏先輩が口にしたのは、唯依たちの住むアパートに近い電話ボックスだった。


「そこで合流しましょう。一ノ瀬亜矢はいま仲間が尾行してる」

「わかった」


 俺は受話器を置こうとして、思い直し、


「先輩。……ひとつだけ教えてくれ」

「なに?」

「相手は、相当ヤバいヤツらか?」

「……」


 晴夏先輩が言葉に詰まった。

 それだけで充分だった。


 受話器を置いて振り返ると、異常を察したのか雪と瑞希、それに歩の3人が心配そうにこっちを見ていた。


 俺はチラッと雪を見て、


「ちょっと来てくれ」


 そう言ってリビングを出る。

 雪はなにも言わずについてきた。


 瑞希たちに聞かれないよう階段の途中まで上がり、そこで簡単に事情を説明する。


 雪は表情をくもらせた。


「私も一緒に行っちゃダメ?」

「ダメだ。誰が敵で誰が味方かまだはっきりしない。お前はここで念のため瑞希や歩を守っててくれ」


 その理由はこじつけに近いものだったが、この呼び出しが晴夏先輩の仕掛けた罠という可能性もまったくのゼロではなかった。

 瑞希も歩も悪魔狩りと無関係ではないのだ。

 こういう状況ではなにが起きるかわからない。


「……わかった」


 雪は残念そうだったが、それ以上食い下がることはなかった。


「行ってらっしゃい、ユウちゃん。傘、持ってかなきゃダメだよ」


 場違いにも思える、いつもどおりの調子で雪は微笑んだ。


「わかってる。……じゃ、ちょっと行ってくるわ。瑞希と歩には適当に説明しておいてくれ」


 そんな雪に俺もいつもの軽いトーンで返し、大雨の中に出て行った。


 その間も鳴り止むことのなかった耳鳴りに、不安をいっそう募らせながら。




-----




 ガチャン……と、公衆電話の受話器が無機質な音を立てる。

 雨はさらに強さを増し、電話ボックスの外側を滝のように流れていた。


 ふぅ、と、ため息。

 頭の後ろに大きなお団子を結った少女は、受話器を置いたままでその動きを止めていた。


「唯依くん。亜矢ちゃん。か……」


 そっとつぶやく。


「きっとこれが最後だね。君らのことをその名前で呼ぶのは……」


 追い立てるような雨の音。

 受話器から手が離れない。


 いつもと変わらなかった電話の向こうの声。

 からかいの言葉に顔を赤くする様が、電話を介しててもまぶたの裏に見えてくる。


 そんないつもと変わらない会話に耐えられなくて、急いで電話を切ったはずなのに。


 今はそのことを後悔してしまっている。


 もう少しだけ。

 あと少しだけ話しておけばよかった、と。


「……悲しむのはこれで最後だよ、私」


 そんな彼女のつぶやきと同時に、ギィ……と、電話ボックスの扉が外から開かれた。


「上手くいったみたいだな、ミレーユさん」


 電話ボックスの外にいたのは、燃えるような赤い髪の大男。


「……ブラスト」


 少女――ミレーユは不機嫌そうに男を見上げた。


「……私、こんなやり方は納得してない。クロウはなにを焦っているの? こんなことをして、もし失敗でもしたら」


 詰問するようなミレーユの言葉に、ブラストはうるさそうに鼻を鳴らす。


「俺に言われても困るがね。ま、クロウが言うには大丈夫らしいぜ。そもそもあんな小娘ひとりに、雷皇の力をいつまでも抑えておけるはずがないとさ」

「……」

「不満そうじゃないか」


 どこか楽しそうにブラストは口元を歪めた。


「まさかとは思うが、あんたこそ娘のほうに引きずられてるんじゃないだろうな?」

「バカ言わないで。そんなことあるわけない。……そうだったら手伝えないよ、こんなひどいこと」


 否定して視線をそらす。


「この子なら。こんなこと許すはずがない」

「……ふん」


 面倒くさそうに眉をひそめ、ブラストはミレーユから視線を外した。


「まあいいさ。あとは俺の仕事だ。あんたはアジトに戻ってクロウの介護でもしてりゃいい」

「そういう冗談、今は許せる気分じゃないよ、ブラスト」


 暗闇の中。

 真紅の瞳がブラストを見据えていた。


「っ……!」


 ブラストのこめかみから、ひと筋の冷や汗が落ちる。


 ふたりの周囲では異変が起きていた。


「私の中には狩部真柚の意識もまだ少し残ってる。そのことは忘れないほうがいい」

「……なるほど」


 周囲のすべての動きが止まっていた。

 ふたりを包む雨も、地面で小さくはねる水滴も、電話ボックスの外側を流れる雨の滝も。


 そのすべてが、まるでカメラで切り取った写真のように静止していたのだ。


 そんなとまった時の中、ミレーユの薄い唇だけが動く。


「私の中の一部は、いまこの瞬間も間違いなくキミたちを憎んでいるんだから」


 そして再び、周囲の時間が動き出した。


 ミレーユはそのまま、ブラストと視線を合わせずにその脇を抜け雨の中に出る。


「……そう。きっと私自身をも、ね」


 最後につぶやいた言葉は哀しい響きで、雨音の中へと吸い込まれていった。


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