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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 女皇たち
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2年目12月「術」


「不知火優希くん」


 学校の玄関を出たすぐのところで3年生の女子に呼び止められたのは、文化祭が終わって数日後、12月に入ってすぐの放課後のことだった。


「少し話があるんだけど」


 足を止めて振り返った俺の前にいたのは、ラブレターをぎゅっとにぎり締めて頬をほんのりと赤らめたかわいらしい女生徒――などではもちろんなく。


 いかにも冷めた表情のおかっぱ頭の少女だった。


 知人というほどではないが見覚えのある顔。

 2ヶ月ほど前、保健室で自分が悪魔であることを俺に明かし、意味深な言葉を残していった先輩だった。


「晴夏先輩だっけ。なんの用だ? 愛の告白なら間に合ってるぞ」


 開口一番で軽口を叩くと、晴夏先輩は露骨に不快そうな顔をした。


「自意識過剰な男は大嫌い。たとえ冗談だとしてもね」

「そうか。そりゃすまんかった」


 俺は素直に謝りながら、そんな先輩の表情をうかがった。


 少なくとも世間話をするために呼び止めたようには見えない。

 彼女が敵か味方かはまだはっきりしていないし、それなりの力を持っていることは間違いないようだから、警戒するに越したことはないだろう。


「警戒する必要はないわ」


 そんな俺の考えを見透かしたかのように、晴夏先輩は少し口もとをゆるめた。


「ここであなたをどうこうしようなんて考えてない。前にも言ったけど敵だとは限らないのだし」

「味方とも言い切れないんだろ?」

「それはあなた次第ね。ただ、少なくとも今は味方でいられるはずよ」


 意味深な言い方だった。


「歩きながら話しましょうか」


 そう言って晴夏先輩は勝手に歩き出してしまった。


 確かに玄関前での立ち話では目立つことこの上ない。

 俺は先輩の言葉に従うことにして彼女を追った。


「……で? さっきのはどういう意味だ?」


 歩きながら改めてそう聞くと、簡単なことよ、と、晴夏先輩は言った。

 雲の隙間からのぞく太陽の光が、先輩の漆黒の髪を艶っぽく輝かせている。


「あなたが一ノ瀬亜矢を助けたいと願っている限り、私たちは手を組めるはず。そういうこと」

「……なんで亜矢のことを?」

「さあ、なぜかしら」


 答えるつもりはなさそうだ。

 いや、それよりも。


「亜矢を助ける、ってのはどういう意味だ?」


 少し慎重に問いかけながら、俺はすぐに数日前の唯依の言葉を思い出していた。


 衝動。

 自分が自分じゃなくなりそうな衝動。


 おそらく晴夏先輩が言っているのはそのことだろう。


「そういう意味よ」


 再び見透かされた。


「私たちも、彼女には彼女のままであって欲しいのよ」

「つまり、あんたは亜矢の身になにが起きてるのか知っているってことか?」


 すると晴夏先輩は笑みを浮かべながらうなずいて、


「少なくともあなた以上には知ってるわね。そしておそらく、あなたが頼ろうとしている人よりも」

「見透かしたようなことばっか言うな。あんま気分のいいもんじゃない」

「見透かしているわけじゃないわ。ただ知ってるだけ」


 晴夏先輩はさらっとそう言った。


 正直気に入らない。が、彼女が俺よりも多くの情報を持っていることは間違いなさそうだ。

 だったら、ここは少しでも多くのことを引き出しておくべきだろう。


「聞いていいか?」


 どうぞ、と、晴夏先輩がうなずく。


「俺はともかく。あんたはどうして亜矢を助けようとするんだ?」


 本当に晴夏先輩が亜矢を助けたいと思っているだけなら、こっちには協力を拒否する理由はない。

 だが、勝手なイメージながら、この人は明確な理由もなしに動くような人間ではない気がしていたのだ。


 そんな俺の問いかけに、晴夏先輩は少し視線を泳がせた。

 正直に答えるべきか迷っているように見えたが、やがて小さくうなずいて、


「……彼女の力は、バランスを崩してしまいかねないのよ」

「バランス? 亜矢の力が、か?」


 出てきた言葉は、俺にとって意外なものだった。

 確かに亜矢は悪魔としての力を持っている。が、晴夏先輩たちのような特別な集団の脅威になるほどのものとは到底思えなかったのだ。


 そんな俺の疑問に晴夏先輩が答える。


「あなたは知らないかもしれないけど、彼女はかなりの力を隠し持っているわ。それを利用しようとしてるヤツらもいる。……いえ、隠し持ってるというのは変かしら。本人には自覚がないのよ」

「かなりの力? 利用しようとしているヤツら?」


 なにやら、きな臭い話になってきた。


「……つまり、あんたはそいつらに亜矢の力を利用させたくない。そういうことか?」

「そうよ。そいつらが力を付けすぎると私たちも色々とやりづらくなるのよ」

「私たち、ね」


 晴夏先輩がなんらかの集団に属しているのは間違いない。

 だから亜矢を助けるというのもその集団の意思なのだろう。


 しかし、そういう風に利害関係がはっきり見えているほうが逆に信用できる。


 俺はさらに問いかけた。


「利用しようとしてるヤツらってのは? それに自覚がないって言ったな。亜矢の身になにが起きてるんだ?」


 しかし、晴夏先輩は小さく首を横に振ると、


「それはこの場では答えられないわ。あなたがこの件で私たちに協力してくれるというのなら、少しだけ教えるけど」


 予想通りの回答だ。

 俺は迷わずに答えた。


「あんたが……いや、あんたらが亜矢を助けようとしているってのが本当なら、俺のほうに協力しない理由はない。それじゃ不足か?」


 そんな俺の返答に、晴夏先輩は視線を落として少し考えた。


「……不足ではないけど、ひとつ条件を出させてもらうわ」

「条件?」


 俺が眉をひそめると、晴夏先輩はピッと人差し指を立てた。


「簡単なことよ。悪魔狩りと、その関係者には私との会話の内容を秘密にしておくこと。もちろん、あなたがこれから頼ろうとしている人にもね」

「理由は?」

「わかるでしょう?」


 そう言って、晴夏先輩は急に真剣な表情になる。


「真実が彼らに知られれば、一ノ瀬亜矢を助けるどころか彼女の命を危険にさらすことになるからよ」

「……」


 表情には出さなかったものの、俺は内心ドキッとしていた。


 その可能性が絶対にないとは言えない。神村さんや伯父さんのことは信用しているが、御門というあの組織の中には実際にそういうことをする連中がいる。

 だからこそ俺は、唯依たちの存在を神村さんに報告するのをためらってきたのだ。


「連中は彼女のような危険分子を放っておいたりしないわ。まず間違いなく殺されるはず」


 たたみかけるように晴夏先輩はそう言った。

 そんな彼女の表情には、前回会ったときに見せた怒りの色もかすかに浮かんでいる。


 俺は神村さんの言葉を思い出していた。


『あなたにとって、私はおそらく憎むべき相手です』


 その懺悔の言葉は、晴夏先輩のこの怒りとも関係があるのだろうか。


「……わかった」


 結局、俺はうなずいていた。


「ひとまず今回はあんたに協力させてもらう」

「それが賢明よ」


 と、晴夏先輩は笑顔になった。


「それじゃあ彼女の身に起きていることを説明するわ。……そうね。どこか落ち着いて話せる場所に移動しましょう」


 そう言って晴夏先輩が向かったのは、駅前通りにあるカラオケボックスだった。

 落ち着いて話せるような場所とは思えないが、防音という意味では適しているともいえる。


 そして、そこで晴夏先輩が俺に語った話は、にわかには信じがたい内容だった。


「……わかりやすく言えば、死んだ人間の力と記憶を他人に移し変える術なの」

「死んだ人間の力と記憶?」


 自分たちの力がファンタジックなものであるという自覚はこれまでもあったが、それではファンタジーというよりSFの世界である。


 だが、それを語る晴夏先輩の表情は真剣だった。


「一ノ瀬亜矢の母親はちょっとした有名人でね。20年ぐらい前、悪魔狩りを滅ぼしかけたほど強力な悪魔で、"雷皇"なんて異名で呼ばれ恐れられていたそうよ」

「雷皇、ねぇ」


 俺の脳裏に夏休みのときの記憶がよみがえる。

 確かに亜矢は雷魔の血族だ。


 そこで俺はふと気づいて、


「……なあ。ついでに聞いておきたいんだが、亜矢と他の3人に血のつながりはないのか?」

「他の3人というのは一緒に暮らしてる3人のことよね? おそらくないわ。少なくとも母親が全員違うのは確定してる」


 母親が違うというのは唯依たち自身も知っていることだ。

 が、晴夏先輩の言葉はおそらくそういう意味ではないだろう。


「つまり、他の3人の母親についてもあんたは知ってる?」

「ええ、知ってるわ。……ともかく一ノ瀬亜矢はかつて雷皇と呼ばれた悪魔の娘で、彼女の中にはその力と人格が潜んでいるのよ」

「じゃあ、自分が自分じゃなくなりそうな衝動ってのは……」

「たとえ話でもなんでもない。実際に乗っ取られそうになっているのよ。10年以上前に死んだ彼女自身の母親にね」


 カラン、と、アイスティーの氷が小さな音を立てた。


「……対策は?」


 ひと呼吸置いてそう尋ねた俺に、晴夏先輩はストローでアイスティーをかき混ぜながら答えた。


「根本的な解決にはならないけど、雷皇が表に出てくるきっかけを阻止することね。眠っている彼女が目覚めるには条件があるはずなのよ」

「力を使うこと、とかか?」

「力を使うたびに衝動が強まっているのなら、それが大事な要素のひとつであることは間違いないでしょうね」


 と、晴夏先輩はうなずいた。


 そしてふと思う。


「……なあ。その術にかかっているのは亜矢だけなのか?」


 俺はそう問いかけた。


 そういえば唯依が言っていたのだ。

 小さいけれど自分にもその衝動がある、と。


 だとすれば、あいつにも同じ術がかけられている可能性があるんじゃないだろうか。


「それは……」


 晴夏先輩は一瞬言葉に詰まって視線を泳がせたが、ふぅ、と、小さく息を吐いて、


「ま、ここまで来て隠してもしょうがないわね。そうよ。香月唯依にも同じ術がかけられているわ。ただ、彼のほうはあまり心配いらないみたい。そもそもこの術はかなりのレア能力でね。まあこんなおかしな術を乱発されたら困るけど……確実なものじゃないの。はっきりわかっている条件もいくつかあるわ」


 言葉を切って、晴夏先輩はコップに半分ぐらい残っていたアイスティーを一気に飲み干した。


「まずは移す側と移される側の濃い血縁関係。これは必須条件。さらに性別が違うと成功率が著しく低下する。香月唯依に移植されたのは母親の力と記憶だから、彼が乗っ取られる可能性は限りなく低いわ」

「父親のほうが移されてるって可能性はないのか?」


 ないわね、と、晴夏先輩は断言した。


「そもそもこの術が施されたのは、たぐいまれな力を持つ4人の女悪魔の力を後世に残すためなのよ。父親の素性は明らかじゃないけど、まず考えられないでしょうね」

「なるほどな」


 俺は納得した。

 晴夏先輩のその推測は、唯依の衝動が亜矢と比べて小さいという証言とも整合性が取れている。


 そしてこの時点で、少なくとも今回の件についてはこの先輩を全面的に信用しても構わないだろう、と思った。


「それで、俺はなにをすればいい?」

「一ノ瀬亜矢にストレートに忠告してくれればいいわ。彼女の身に起きていること。そしてその対処法をね」

「信じるか?」

「信じるでしょうね。今なら」


 と、晴夏先輩は意味ありげな微笑みを浮かべた。


 ……すでになにかあったのだろうか。

 一応質問してみたが、先輩から明確な答えが返ってくることはなく。


 カラオケボックスを出ると、外は霧雨が降っていた。


「じゃあ頼むわね、不知火優希くん」


 そう言って、晴夏先輩は傘も差さずに駅のほうへと去っていく。

 俺はそんな先輩の後ろ姿を見送って歩き出した。


(ともかく、早いうちに今の話をしてやんなきゃな……)


 明日の学校で、いや、晴夏先輩の話が本当ならできる限り早いほうがいい。

 今晩のうちにまずは唯依に電話することにしよう。


 風は冬の気配を含み。

 見上げた空はどす黒く、重苦しい。


(本格的に降ってきそうだな……)


 そうして俺は歩みを速め、濡れたアスファルトの上を自宅へ向かって小走りに駆け出したのだった。


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