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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 女皇たち
109/239

2年目11月「唯依の相談」


 文化祭。

 演劇。


 ……省略。


 結果は予想通りというかなんというか。

 超展開が続出する将太のオリジナル脚本に集まった観客は失笑の連続だった。


 ただ、最終的には幸いにもコメディとして認識してくれたらしく(作った本人は感動巨編のつもりだったらしいが)最後には一応拍手をもらうことができて、まあ万々歳といったところか。


 さて、トップバッターだった俺たちの演劇が終わったのは午前11時前。

 今日はこれから夕方まで完全フリーの時間だった。


「どうする、優希?」


 と、制服の上着に腕を通しながら直斗がやってくる。

 去年は確かこいつと適当にブラブラした後、最後には藍原の余興に付き合わされてしまったのだった。


 そうだなぁ、と、俺は少し考える。


「せっかくだし、唯依のクラスでものぞきに行くか」

「あ、いいね」


 適当に口にした提案だったが、思いのほか建設的だったらしく直斗は即座に賛同してくれた。


 じゃあ行くか、と、揃って教室を出る。


 1年生の出し物は去年俺たちがやったのと同じ仮装による軽食喫茶である。

 最近は奇抜なテーマを選択する風潮が強く、その辺りのネタを見たさにたいした用もなく訪れる客も多いとか。


 3階から2階に降り、1年生の教室がある並びへと進む。

 そして1年3組の教室まであと数メートルというところで、いきなり背後にふたつの気配が現れた。


「いらっしゃいませー」


 ぐいっと背中を押される。


「お……っと?」


 後ろを見ると、にこやかな笑顔の真柚と目が合った。

 隣では舞以が同じように直斗の背中を押している。


 どうやら俺たちを無理矢理連行するつもりらしい。


「おいコラ。なんの真似だ」


 一応抗議の声を上げたが、真柚はまったく悪びれた様子もなく答えた。


「客引きは戦争だからね! モタモタしてる暇なんてないんだよ! 亜矢ちゃーん! 2名様、ごあんなーい!」

「……客引きっつーか、拉致とか誘拐の類だろ、これは」


 なんて憎まれ口を叩いてはみたものの、もともと来る予定だったので抵抗する理由はない。


 そうしてふたりに背中を押されながら教室に入ると、ちょうど亜矢がサンドイッチの乗ったトレイを片手に目の前を通り過ぎるところだった。


「あら、先輩。進んで来てくれるなんて義理堅いですね」

「この状況を見てさらりとそう言えるお前の図太さがうらやましいわ」


 たっぷり皮肉を込めてそう返すと、亜矢はおかしそうに笑い、じゃあ適当にどうぞ、と、とてもウェイトレスとは思えないおざなりな態度で目の前を通り過ぎていった。


 中に入ってからは真柚が普通に丁寧に案内してくれて、俺は直斗とともにテーブルに着き、改めて教室を見回した。


 亜矢たちが着ているのはイブニングドレス風の衣装だ。

 ドレスといってもシャツと制服のスカートにそれっぽい布を巻いたり飾り付けたりしているだけの、かなり手抜き感ただよう代物だが、それはともかく。


 教室内の雰囲気と合わせて考えると、仮装のテーマは"舞踏会"といったところか。


 そんなことを考えていると、真柚と入れ替わるように、えんび服風の衣装に身を包んだ唯依がやってきた。


「なんかすいません。ふたりが無理やり引っ張ってきたみたいで……」


 そう言って申し訳なさそうに頭を下げる唯依のえんび服姿は、いかにも"着せられている"感が漂っている。大人しいイメージの唯依にこういうビシッとした服装はあまり似合わないようだ。


「いいよいいよ。僕も優希も、もともと来る予定だったから」

「大変だな、お前も」


 直斗に続いて俺がそう言うと、唯依は苦笑しながら注文を聞いてきた。

 少し腹が減っていたので、俺も直斗も軽食を注文し、それをメモした唯依がテーブルを離れると、再び聞き覚えのある元気な声が聞こえてくる。


「4名様、ごあんなーい!」


 どうやら悪質な客引きの次なる犠牲者が出てしまったらしい。


「別に混んでるわけではありませんが、相席でお願いしまーす!」

「……相席?」


 まだ昼前ということもあって比較的空いている教室内を見回しながら俺は怪訝に思ったが、真柚と舞以に引っ張られて入ってきた4人組を見て、すぐにその言葉の真意を悟った。


「あっ、優希さんがいるよー」

「本当だ。ナオちゃんもいるね」


 そう言いながら顔をのぞかせたのは歩と雪。

 そのすぐ後ろからは瑞希と神村さんも現れた。


 直斗が笑って言う。


「考えることはみんな一緒みたいだね」

「らしいな」


 やれやれとため息をつきつつ、結局教室が混み始めるまでの1時間ほどをそこで過ごすことになったのだった。






「優希先輩!」


 そして午後。

 図書室の古本チャリティバザーをのぞきに行くという直斗と別れ、ひとりで適当に校内をぶらついていると、どうやらウェイター業務から解放されたらしい唯依に呼び止められた。


「よぅ。珍しいな、お前のほうから声をかけてくるなんて」

「そ、そうですか?」


 唯依は困惑顔だったが、こいつは廊下で見かけても軽く頭を下げる程度で終わることが多い。

 話題がないのだからと言ってしまえばそれまでだが、これは性格的なものでもあると思う。


「姉貴たちはどうした?」

「あ、別行動です。一緒に歩くと目立つので」


 言われてみれば確かに、学校で姉妹と一緒にブラブラする男のほうが珍しい。

 ただ、こいつはいつでもあの3姉妹の誰かと一緒にいるイメージがあった。


「それに今日はちょっと……先輩に相談したいこともあって」


 と、唯依は急に表情をくもらせた。

 それを見て、俺は即座に察する。


「亜矢のことか? ……ああ、いや」


 周りを見る。

 彼女の話題となれば生徒でにぎわうこの廊下はふさわしくないだろう。


「屋上でも行くか」


 普段の昼休みなどは非常に混雑する屋上だが、文化祭のときにはほとんど人が訪れない。

 それに入り口がひとつしかないから人が来てもすぐにわかるし、他人に聞かれたくない話をするには最適の条件だった。


 唯依も異論はなさそうだったので、そのままふたりで屋上へ移動した。


 やや重い扉を開けると黒に近い灰色の空が目に入る。今日は雨になりそうだ。


 奥にあるベンチに腰を下ろす。

 幸い屋上は無人だった。


「で、相談ってのは? あいつがまたややこしいことに手を出したりしたのか?」


 唯依は黙ったまま首を横に振り、改まった様子で尋ねてきた。


「先輩。……優希先輩には"衝動"ってありますか?」

「……衝動? なんのだ? お前のことだからエロい話じゃないとは思うが」

「い、いえ。その、力を使っているときの、です」


 俺はベンチの背もたれに両腕をかけ、少し楽な体勢になって答えた。


「普段より好戦的になるとか、そういうことか?」

「それもあるんですけど……なんていうか。自分が自分じゃなくなりそうな感じというか」

「……」


 その唯依の言葉に、俺は即座に嫌な感じを受けた。


 自分が自分じゃなくなりそうな衝動――


 確かに悪魔の力を使えば普段よりも気分が高揚し、戦うことが楽しく感じるようにはなる。

 ただ、それはあくまで高揚感というか興奮状態というか、そういった類のものだ。


 自分が自分じゃなくなりそうなんて感覚には、少なくとも俺は陥ったことがない。


「唯依。お前らって混血だったっけ?」

「いえ、わかりません」


 確か――と、俺は夏休みのことを思い出す。


 唯依と亜矢が力を解放したとき、ふたりともちゃんと悪魔の姿になっていた。


 伯父さんが言うには、悪魔の姿になるには少なくとも半分以上、普通であれば4分の3ほど悪魔の血が混ざっていなければ難しいらしい。

 確率の問題なので例外も多々あるそうだが、基本的には純血でないとしても、唯依たちには半分以上悪魔の血が流れていると考えていいだろう。


 俺が血の濃さについて考えたのは、自分が自分じゃなくなるという唯依の言葉から真っ先に"血の暴走"を連想したからだった。


 ただ、"血の暴走"は普段悪魔の力を行使できないような薄い混血が起こすものだ。

 これも確率の問題なので絶対にありえないということではないが、やはり基本的に唯依たちには当てはまらないだろうと考えられる。


 とすると。

 唯依の言う"衝動"とはいったいなんだろうか。


 しばし考えをめぐらせてはみたものの、俺の持っている知識では思い当たるものがなかった。


 そうして黙り込んだ俺に、唯依が少し不安そうな顔で続ける。


「あの、僕は大丈夫なんです。ただ、なんだか亜矢が……」

「あいつにもそういう衝動があるのか?」


 俺はすぐに、9月末のできごとを思い出した。

 唯依と亜矢、俺の3人で遊んだ帰り道、3人組のチンピラと相対したときの彼女の様子だ。


 確かにあのときの亜矢の剣幕は異常だった。

 そのときは、きっと彼女の強すぎる正義感が表に出すぎたのだろうと解釈していたのだが、あれがもしも、その"衝動"に流された結果だったのだとしたら。


 とてつもなく嫌な感じがした。


「直接聞いたわけじゃないんです。ただ、亜矢の様子を見ていると、僕と同じ――いえ、僕よりもっと強い衝動があるんじゃないかと思うようになって。最近うわの空になってることが多いし、この前なんて雨の中をボーっと濡れながら帰ってきて……これってなにかおかしなことの前兆なんじゃないかって、不安になって、それで」

「あー、わりぃ、ちょっと待ってくれ」


 俺はそんな唯依の言葉を途中でさえぎった。


 状況はなんとなくわかった。

 だが、これ以上は俺の知識だと結論が出せそうにない。伯父さんに相談する必要があるだろう。


「今の話、とりあえずそっち方面に詳しいヤツに聞いてみる。様子がおかしいったって、今すぐどうこうって話じゃないんだよな?」

「あ、はい。様子がおかしいといっても本当にときどきですし……」


 まあそうだろう。

 さっきウェイトレスをやっていたときもいつもどおりの亜矢だった。


 よし、と、俺はうなずいてベンチから立ち上がる。


「とにかく急いで聞いてみるから、原因がわかるまではなるべくあいつに力を使わせるなよ」

「……言ってみます」


 自信なさそうだった。

 確かにあの亜矢がすんなりと聞き入れるとも思えない。


 唯依は申し訳なさそうな顔をした。


「すみません。先輩には夏休みからずっとお世話になりっぱなしで」

「気にすんな。なんてったって、数少ない後輩の頼みだからな」

「……ありがとうございます」


 ホッと、唯依はようやく安心したような笑顔をみせた。


 そうしてこの日の夜、俺はさっそく伯父さんの家に電話をしてみたのだが、残念ながら連絡が取れず。

 タイミングが悪いなと思いつつも、数日中には戻るとのことだったので、結局伯母さんに伝言を頼むことにしたのだった。


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