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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 女皇たち
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2年目11月「15年前の戦い」

 11月も中日を過ぎ、文化祭を数日後に控えたとある温かい日の夜。

 ひどいできになることが目に見えている演劇を遅くまで真面目に練習し、俺たちが揃って帰宅したのは午後7時過ぎのこと。


 誰もいないはずの我が家には、なぜか明かりが煌々と灯っていた。


 一瞬、泥棒でも入ったのかと思ったが、まさか家の明かりを灯したまま物色をしているわけもないだろう。


 となると、我が家に自由に出入りできる人間は限られている。

 その中で事前になんの断りもなく訪れる人間といえばさらに限られていて。


「演劇か。なかなか興味深いな」

「なにが興味深いってんだよ」


 台所からは包丁の音。

 俺が座っているソファからは仲良く晩メシを作っている3人の姿が見えていて、テレビの歌番組からは名前の知らないアイドルの歌が聞こえていた。


 そしてガラステーブルを挟んで向かい合った正面には、どうやら持参してきたらしい缶ビールを手にした薄汚い中年オヤジがいる。


 瑞希の父、雅司伯父さんだ。


「お待ちどうさまですー」


 と、歩が酒のつまみらしきものを乗せた小皿を持ってきた。


「おお、すまないなぁ、歩ちゃん」

「いえいえー」


 妙に愛想のいい伯父さんと、満面の笑顔の歩。

 前に来たときも思ったが、このふたりは妙に相性がよさそうだ。


 それはまあ別に悪いことではないのだが、その理由が少し気に入らなかった。


 歩いわく、


『おじさんって優希お兄ちゃんと似た雰囲気があるからー』


 というものだ。


 そういえば雪にも同じことを言われていたなと思い出し、思わず落胆してしまった。


「ではごゆっくりー」


 そんな歩が台所に戻っていくのを見送って俺を声をひそめると、


「……まあ、ちょうどよかった。あんたには色々聞きたいことがあったんでな」


 と、切り出した。


 聞きたいことというのは、もちろん神村さんとの関係についてである。

 瑞希に聞かれるとまずい話だが、台所には料理の音が充満しているし、テレビもかかっているから小声で話せば聞かれる心配はない。


 どうやら伯父さんも俺がその話を切り出すことは予想していたようで、


「そうさなぁ。ま、お前が聞いたって話はだいたいホントだ。沙夜のやつがそんなつまらん嘘をつく性格じゃないのはお前もわかってるだろ?」

「つまり神村さんと瑞希は本当に……」

「従姉妹ってことになるな」


 伯父さんはあっさりと白状した。


「……なんで隠してた?」


 俺が詰問すると、伯父さんはとぼけて、


「別に隠してたわけじゃないさ。聞かれなかったから答えなかっただけだぞ? 察しないお前が悪い」

「無茶言うな!」

「どうしたの?」


 思わず大きくなった俺の声に台所の3人が不思議そうな視線を向けてくる。

 しまったと思ったが、俺が伯父さんにこうして怒鳴るのは別に珍しいことでもないので、なんでもないというジェスチャーを送るとそれ以上追及されることはなかった。


 伯父さんは缶ビールを片手に、そんな俺を楽しそうに眺めながら、


「何度も言うが隠していたわけではないぞ。その証拠に、今こうしてきちんと答えてやっているではないか」

「ちっ……」


 なんとも腹立たしいが、それについてはこれ以上突っ込まないことにした。

 俺は小さく息を吐いて仕切りなおす。


「じゃあもうひとつ質問するぞ」

「和風美人が好みだ」

「あんたの女性の好みなんてこれっぽっちも興味ねえ」


 確かに宮乃伯母さんは和服の似合う美人だが、そんなことはどうでもいいのだ。


「ふむ」


 台所からは炒め物の音が聞こえてくる。

 伯父さんは仲良く料理する雪たちの様子を横目で見ながら、空になった缶ビールをガラステーブルの上に置いた。


「質問は、あんた一体何者なんだ、か?」

「そうだ」


 そうさなぁ、とつぶやきながら伯父さんは視線を宙に泳がせた。

 またはぐらかす言葉を考えているのかと少し身構えたが、どうやらそうではなかったらしい。


「……ここまで踏み込んでしまった以上、隠しすぎるのもよくはないか」


 ちょっと庭に出るか、という伯父さんの提案に従い、俺たちはリビングからガラス戸を開けて庭へ出た。


 空には月が出ていて風もほとんどなかったが、それでもやはり肌寒い。

 伯父さんは持ってきた新しい缶ビールのプルタブを開け、それをひと口飲むと話の続きを切り出した。


「私はお前が言うところの組織、つまりは悪魔狩りの一員だ。それなりに長いし、それなりの立場でもある」

「……やっぱりか」


 ついに伯父さんの口から出た言葉に、俺は極めて冷静に言葉を返した。

 が、内心はそれなりにショックを受けてもいた。


 そんな俺の心境を察したのか、伯父さんはすぐに申し訳なさそうな顔をすると、


「雪の件は事前に止めることができなくて本当にすまなかったな」

「それはもういい。伯父さんのせいじゃないらしいのはわかってるしな。それより……」


 俺はチラッと家の中に視線を送る。


「瑞希のやつは?」

「もちろんなにも知らない」


 予想通りだった。

 つまり伯父さんは俺たちと同じく、瑞希もそっちの世界に関わらせるつもりはなかったのだ。だから瑞希本人はもちろんのこと、神村さんにさえあいつが自分の娘であることを言っていなかったのだろう。


「じゃあ瑞希のやつに格闘技を仕込んだのは?」


 そう尋ねると、伯父さんは苦笑した。


「万が一のことを考えなかったといえば嘘だが、半分以上はあいつ自身の趣味だ。血は争えないということかもしれんがな」


 その後も、何度か脱線しそうになったものの、今日の伯父さんは先ほど自分で言ったとおり、基本的にどんな質問にも答えてくれた。


 瑞希には普通の生活を送らせるつもりだったこと。

 そのために悪魔狩りの仕事と私生活は徹底的に切り離していたこと。

 自分に娘がいることすら、悪魔狩りの中でもほんの一部の人間にしか教えていなかったこと。


 もちろん、俺が戸籍上の甥であることも誰にも言ってなかったらしい。


「私の所属する悪魔狩り"御門"は、本来は古くから悪魔の存在を受け入れてきた組織だ。組織の一員にはそういった血筋の一族もいる。が、やはりそういった存在を組織やこの近辺から排除したがる連中が時代によって現れるのだ」

「それが派閥、ってやつか」


 悪魔を徹底的に排除しようというグループと、共生を主張するグループがあるというのは俺も何度か聞いている話だ。

 そして今、"御門"で実権を握っているのは残念ながら前者のグループらしい。


「けど、トップの神村さんも悪魔を認めるほうのグループなんだろ? それでもやっぱ少数派なのか?」

「沙夜はまだ若い。名目上はトップでも実際に組織を動かしているのはあいつの叔父に当たる紫喉しこうという男だ」

「ああ、そういやそうだったな。……って、神村さんの叔父さん? ってことは……」

「紫喉は先代の実弟だ。宮乃にとっては実の兄だし、私にとっても義理の兄に当たる」

「……」


 俺は複雑な気持ちになった。


 紫喉。

 昨年、雪を危険な目に合わせた張本人。


 名前は何度か聞いているが実際に会ったことはないし、どこか遠くにいる、よくわからないが警戒すべき相手というのが今までの認識だった。

 だが、それが神村さんの叔父で宮乃伯母さんの実兄ということなら、瑞希にとっても血の繋がった伯父ということになる。


 得体の知れないその相手は意外にも身近にいたというわけだ。


 伯父さんは付け加えた。


「ただ、その風潮は紫喉が悪魔を嫌っているからというだけでもなくてな。15~25年ぐらい前にかけて、悪魔との大きな戦いがあった。その戦いで親を亡くした連中が今、ちょうど御門の戦力の中心を占めるようになっていることも大きい。もちろんその連中が全員あっち側の派閥というわけでもないが……お前は美琴と顔見知りだったか?」

「美琴? 誰だ?」


 聞いたことがあるような気もしたが思い出せない。


「緑刃といったほうがいいか」

「ああ、緑刃さんね」


 いかにも男勝りな女性の姿を思い出す。

 美琴という名前は誰かが口走っていたような気もしたが、あまり覚えてはいなかった。


「美琴の母は絢女あやめさんといってな。やはりそのころの戦いで命を落としたが、それでも美琴は、お前も知ってのとおりどちらかといえばこっち側の考えを持っている」

「その大きな戦いってのは、あんたも戦ったのか?」


 なにげなくそう尋ねると、伯父さんは一瞬だけ遠い目をした。


「それが私がそっちの世界に首を突っ込むきっかけだったし、お前の両親や宮乃と出会うきっかけでもあった。お前も首を突っ込むのならいずれ耳にするだろうが、“4人の女皇”と呼ばれる強力な悪魔たちとの戦いでな。大勢が命を落とした」


 ま、昔の話だ、と最後に付け加えて、伯父さんはきびすを返した。


 まだもう少し聞きたいことがあったが、家の中を見るとガラス戸の向こうで歩が手招きしている。

 どうやら晩メシが出来上がったようだ。


(“4人の女皇”ねぇ……)


 家の中へ戻りながら、俺は今の伯父さんの話を頭の中で整理していた。


 どのぐらい強かったのか。

 どんな戦いだったのか。


 もちろん俺たちが生まれるか生まれないかというころの話だから、今の俺たちにはあまり関係のないことではある。


 ……と、そう思っていたのだが。


 悪魔を毛嫌いする紫喉という男が案外近しい存在だったのと同じように。


 “4人の女皇”というその悪魔たちの存在もまた、気づかないうちに俺の身近にあったのだ、と、俺がそう気づかされたのは、それから半月も経たないうちのことであった。


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