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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 亡霊の足音
103/239

2年目10月「御門の矛と盾」


-----


「……思ったより時間がかかるものだな」


 その和室には盲目の男が座っていた。部屋には照明が灯っておらず薄暗闇の中にあったが、盲目の男にとってはそれはなんの不便もなかった。


「クロウ」


 すっとふすまが開き、部屋の明かりが灯る。

 盲目の男――クロウは、その声から入ってきた人物の正体をすぐに察した。


「ブラストか。どうした」


 部屋に入ってきたのは赤髪の大柄な男だった。


 見た目は20代半ばといったところか。獣のような鋭い目をしていて、服の上からでもわかる頑強そうな体格。決して上品とはいえない容貌をしている。


 そしてブラストはその見た目のとおり、ふすまを開け放ったまま粗雑な態度で入室すると、


「いつまで黙ってるつもりだ」


 開口一番、不満を口にした。


「俺たちの戦力はとっくにヤツらを越えている。これ以上待ってなにかいいことがあるってのか?」


 前のめりなブラストの言葉に対し、クロウはあくまで冷静に答える。


「焦るなブラスト。せめてアイラが戻ってくるまでは」

「そんな悠長なこと言ってていいのか? ヤツらだって不穏な気配には気づいてる。なけなしの戦力をかき集める程度ならまだしも、よその悪魔狩りに助けを求められたらまた厄介なことになるんだぜ?」


 ブラストは強い口調でクロウに詰めよった。


「チャンスは今しかねえ。あそこの"ゲート"さえ押さえれば、あとは向こうからいくらでも戦力を連れてこられる。今すぐミレーユとメリエルを呼んで、一気に攻め込むべきだ」

「落ち着け。お前の危惧していることは私もわかっている」


 クロウは光の灯らない瞳を閉じて一呼吸置くと、


「ユミナに関してはまるで応答がない。が、アイラはすでに何度か反応している。目を覚ますのもそう遠い話ではない」

「そう言い続けてもう半年だぜ? あんたの兄貴の術が失敗した可能性はないのか?」


 ブラストがそう言うと、それまで冷静だったクロウの顔に若干のいら立ちが浮かんだ。


「それはない。想定していたよりも抵抗が強いだけだ。彼女が戻ってくる日は近い。間違いなくな」

「そんなのに頼らなくとも、俺たちだけで充分だと思うがな」

「もう一度言うぞ、ブラスト。……焦るな。我々はすでに15年待ったのだ。あと1~2ヶ月待つことになんの苦労がある。それにお前が知らぬところでもすでに色々と動いているのだ。あと少し待て」

「……けっ」


 ブラストは再び悪態をつくと、


「まあ、いいさ。今のところはあんたに従ってやる。……ただし、いつまで我慢できるかはわからんからな」


 そう言い捨てると、入ってきたときと同じ乱雑な態度で部屋を出て行った。


「……浅はかなやつだ」

「クロウ」


 声とともに電灯の明かりが落ち、部屋に別の影が現れた。


「む……メリエルか?」

「ええ。今の話、こちらで聞かせていただいてました」


 気配なく、薄闇の中には長い銀色の髪がキラキラと輝いている。


「ブラスト、といいましたか。どうやら私たちが留守にしている間に、部下たちの質もだいぶ下がってしまったようですね」


 そんなメリエルの指摘に、クロウは少し自虐的な笑みを浮かべた。


「仕方あるまい。優秀な部下たちはあの戦いでほとんどが命を落としてしまった。生き残った者もヤツらの残党狩りで、な」

「だからといって、あのような品のない……」

「まあそう言うな。ブラストはあれでも上級炎魔だ。血の気は多いが力はある。それなりの働きは期待できるだろう」

「なんなら私が少しお灸を据えましょうか。それがあの男のためにもなると思いますけれど」


 メリエルがのんびりとした口調でそう言うと、クロウはのどの奥で笑って、


「放っておけ。勝手に暴走して命を落とすのであれば、それはそれでいい。今の敵の力を測るのにちょうどいい物差しになるかもしれんしな」

「……」


 一瞬の沈黙。


「……あなたも少し変わったようですね、クロウ」

「それはお互い様ではないのか、メリエル」


 暗闇の中、クロウはその盲目の瞳でメリエルを見つめ返すと、


「いや、お前の場合は変わって当然か。……ふっ、そういう意味でいえばやはり私が一番変わったのかもしれんな」


 メリエルはなにも答えずに窓際まで歩いていくと、そこから闇に包まれた町並みを眺めた。


 平屋であるこの家から見える景色はそれほど広くはない。

 月と街灯のわずかな光と、そして静まり返った家々。


「アイラとユミナはどうです?」

「多少手こずってはいるが、アイラに関しては大丈夫だろう。ユミナは……無理かもしれんな。あるいは兄と彼女の遺志なのかもしれん」

「反応なしですか。……仕方ないかもしれませんね」


 メリエルは窓の手すりに片手をかけたまま、ゆっくりと部屋の中央に座るクロウを振り返った。


「彼女はもともと、この術を施すことには反対していましたから」

「……」


 クロウは黙って目を閉じた。


「ではクロウ。私はそろそろ戻ります」


 メリエルが窓際を離れる。

 長い銀髪が揺れ、月の光の中でかすかにきらめいた。


「……きっかけがあればな」

「なんです?」


 クロウのつぶやきに、メリエルが足を止める。


「アイラのことですか?」

「そうだ。お膳立ては整っているのだが、最後の押しが足りない。……なにかひとつ、大きなショックが必要かもしれんな」

「クロウ。……あまり無茶なことは」


 メリエルはほんの少しだけ不安げな言葉を向けたが、クロウはなにも答えなかった。


「クロウ――」


 もう一度声をかけ、それでも返事がないことを確認すると、メリエルは小さなため息をひとつ吐く。


「……では、クロウ。また」


 軽く頭を下げ、そして彼に背を向けたのだった。






 場面は変わり、同時刻、ひと気のない公園。


「お前、見覚えのない顔だな」


 楓はそこでひとりの人物と対峙していた。

 その視線は明確な敵意に満ちた鋭い視線だ。


 そして、


「そりゃーね」


 その視線の先にいる人物。

 一見すると、どうして楓からそんな敵意の視線を向けられなければならないのかと首をかしげてしまうような出で立ちの人物だった。


「会ったことないし、私だってあんたのこと写真でしか知らないもん」


 まるで緊張感のない声でそう答えたのは幼い少女だ。


 年齢は多く見積もっても10代半ば、公平に見れば10歳そこそこといったところだろう。

 身長がそれほど大きいほうではない楓と比べても明らかに小さく、おそらく150センチもないだろう。


「それで?」


 楓は腕を組んだまま目を細めた。

 表情にはいつもの余裕が浮かんでいたが、刺すような視線は相変わらずの敵意に満ちている。


「悪魔の姿をさらして俺の前に立つってのがどういうことなのか、わかっているんだな?」

「わかってるよ」


 少女はそんな視線にさらされているとは思えないほど無邪気な笑みを浮かべて、


「あんたが邪魔なの。理由はわかるよね?」

「思い当たる理由が多すぎてわからんな」

「へぇ、カッコいいじゃん。ま、ブルーのほうが数倍カッコイイけど」


 そう言って少女はトン、トンとつま先で地面を蹴った。

 地表にかすかな空気の流れが生まれる。


「ま、どうでもいいや。あ、私は――えっと、確かレッドだ。赤のレッド。死ぬまでの短い間、一応覚えておくといいよ」

「……面白いやつだ」

「じゃあ行くね。本気でやると1回で終わっちゃうかもしれないし、ちょっと手加減するよ」


 トン、と、少女――レッドの足が地面を蹴る。


 と、同時に姿が消えた。


「!」


 薄暗闇と、超スピード。

 その両方の相乗効果によって、少女の姿はまるでその場から消失したように映った。


 楓の視線が鋭さを増す。


 空を裂き、右側面から"なにか"が飛んできた。


「風魔か……」


 楓は上体を軽くそらし、それを避ける。

 その視線は、彼に向かって鋭い蹴りを放つレッドの姿をしっかりと捉えていた。


 レッドの手足が目にも止まらぬ速さで楓に打ち込まれる。


 しかし、楓はその攻撃もすべて見切っていた。

 ガードさえすることなく、すべてを体の動きだけで避けていく。


 そうしながら楓は薄笑いを浮かべた。


「自信満々だった割にはお粗末だな」

「楓、だったよね」


 しばらく攻撃を続けていたレッドが大きく地面を蹴って後方に跳んだ。


 無駄だと悟った――わけではない。


「相手が子供だからって油断するのは、スマートじゃないな」

「ッ!?」


 レッドの言葉と同時に、右ひじ付近の皮が裂けそこから血が噴き出した。

 鋭い痛みが走り、楓は顔をしかめる。


「……なんだ、と?」


 相手の攻撃はすべて避けたつもりだった。


「だから言ったでしょ? 本気でやったら1回で終わっちゃうって」

「……上級風魔か」


 楓は右ひじの傷を見下ろしながらそうつぶやいた。


 その傷の形状は、風魔得意のかまいたちによるものに間違いない。

 が、そもそも下級や中級風魔程度では、楓が身にまとう闇の魔力を越えてその体に傷をつけることはまず考えられなかった。


「魔力を身にまとうタイプだな。……優希のヤツも確かそんな技を使ってやがったか」

「余裕ぶってカッコつけてる暇はないよ、兄ちゃん」


 レッドがつま先で地面を蹴ると、強い風圧が地面の砂埃を巻き上げて彼女の体を包み込んだ。


「ブルーが言ってた。私は上級風魔の中でも力の強いほうなんだって」

「……だろうな」

「こうも言ってた。楓の存在は一番厄介だって。あいつがいる限りうかつなことはできないって。……本当は様子見のつもりだったんだけど、楽にやれちゃいそうだし、ここで片づけちゃってもいいよね?」


 風が、レッドの周りでさらに渦を巻いた。


「後悔するといいよ。あんな人でなしの集団に協力しちゃったことをね」

「……なるほどな」


 ふっ、と、楓は小バカにしたように鼻を鳴らした。


「つまり貴様は、"残党狩り"で巻き添えになった連中の生き残りか」

「っ!」


 その瞬間。

 明らかにレッドの顔色が変わった。


「……へぇぇ。あんた、そのこと知ってて、それでもあいつらに協力してたんだ」


 それまでの余裕が消え、代わりに怒りの表情が浮かぶ。


 逆に、劣勢のはずの楓の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。


「知らんな。大昔にくたばった連中のことなんぞ、俺にとってはどうでもいいことだ」

「こいつ……ッ!」


 レッドの顔が一瞬大きく歪んだ。

 ……が、すぐに考え直したように大きく深呼吸する。


「ふぅ……無駄だよ。私を怒らせて逃げ出す隙を作ろうって魂胆なんでしょ。そうはいかない」

「ほぅ」


 楓はその反応を少し意外に思っていた。

 彼女は子供であるにも関わらず、戦場で感情をコントロールする術をある程度身につけているようだ。


 が、しかし。


「隙、か」


 目を細め、目の前で徐々に大きくなっていく風の渦を見つめながら、楓は右ひじの傷口をぺロッと舐めた。


「隙など作ってもらうまでもない」

「……?」


 楓が、ポケットに入れたままだった左手をレッドへ向ける。

 レッドが怪訝な顔をした。


 直後。


「えっ……?」


 レッドの表情が強張った。


「レッドといったな。上級風魔の女」


 楓が残酷な笑みをその口もとにたたえる。

 その周囲に闇の力が収束し始めていた。


「遊んでいたのはこっちだ。精神的優位など考慮する必要もない、歴然とした力の差を見せてやる」


 そこに集まったのは、夜の暗闇さえたやすく飲み込んでしまうほどの暗黒の魔力。


 "虚空の闇(アカシック)"。


 力が収束する。


 急速に。

 そして強大に。


「な、なに……そのおかしな力――!」

「感じるか。選ばれた妖魔族だけが使うことを許された、すべてを無に返すこの"虚空の闇(アカシック)"の力を。……子供とはいえ、たいしたものだな」

「ッ……!」


 危険を察知したのだろう。

 レッドの周りに渦巻いていた風が無数のかまいたちとなり、楓を目掛けて飛んでいった。


「ふん……」


 楓が左手を軽く握った。

 それをパッと開くと、そこから無数の闇色の粒がばら撒かれ、飛んできたかまいたちを相殺していく。


 そして、


「おっと……」

「ッ……外したッ!?」


 相殺されることをすでに見越していたのだろう。

 かまいたちの陰に隠れて接近し、楓の側頭部を目掛けて放たれたレッドの蹴りは、しかしあっさりと楓に避けられていた。


 逆に楓は、無造作に伸ばした左手でレッドののどを捉える。


「ぐぇ……ッ!」


 蛙が潰れたときのような音が、彼女の口からもれた。

 そのまま、楓は左手だけでその体を持ち上げる。


「ッ……うぐぐ……ッ!」

「俺を襲ったのはお前の独断か?」


 苦しがる彼女の顔を無表情に見上げながら、楓はつぶやくようにそう言った。


「俺も舐められたものだな」

「ッ……! ……!!」


 完全に息ができなくなったのだろう。

 レッドは両手で懸命に楓の手を振り払おうともがき、真っ赤な顔で両足をバタバタと暴れさせたが、力の差は歴然としていて、彼女がそこから抜け出すことは不可能だった。


 そうしてしばらく。

 あるいは彼女が息絶えるまでそうしているつもりのようにも見えたが、楓は急にその手を離した。


「……選ばせてやる。生きるか死ぬか」


 力の抜けたレッドの体が地面に落ち、彼女は嘔吐するように何度もせき込んだ。

 顔は真っ赤で充血した目には涙が浮かんでいる。のどには楓の手の跡が残っていた。


 そんな少女を楓は冷たい目で見下ろして、


「ブルーとか言ってたな。お前たちのリーダらしき人物。そいつの居場所と素性を教えろ。そうすれば殺さずにおいてやる」

「……ッ! ゲホゲホッ!」


 なにごとか言おうとして、レッドが再びせき込む。

 楓は彼女が話せるようになるまで待った。


 やがて――


「ゲホ……ゲホッ……」


 レッドはようやく顔を上げ、涙の浮かんだ目で楓をキッとにらみつける。

 そこに戦意は残っていなかったが、しっかりとした意思が宿っていた。


「……教えるわけないじゃん。ばーか」

「そうか」


 楓はそんな彼女の返答を予測していたようだ。

 眉ひとつ動かすことなく、冷静に宣告する。


「短い人生だったな。最期に見せてやる。この"虚空の闇(アカシック)"の破壊力を」


 そして左手を彼女に向けた。

 魔力が収束を始める。


「おそらく、死体を処理する手間も必要ない」

「ッ……!」


 レッドが目を閉じた。

 死を確信したのだろう。それでも取り乱さないのは、この年齢にもかかわらず、普段から死に対する覚悟ができていたからだろうか。


「……ふん」


 楓の左手には、すでに彼女の命を奪うのに充分な魔力が集まっていた。


「終わりだ」


 楓が言葉を発し。

 レッドがギュッと身を硬くする。


 ……そのときだ。


「ッ……!?」


 楓が小さなうめき声を上げ、同時に彼の左手に集まっていた闇の魔力が四散した。


 レッドが怪訝そうに顔を上げる。

 ……が、楓はすでに彼女を見ていなかった。


 彼女に向けられていた視線は、驚きの色を込めて正面へ向けられている。


 そして、


紅葉くれは

「えっ……」


 レッドが驚きの声を上げた。

 それは彼女の名前だった。


 楓は無言で眉間に皺を寄せる。


 レッド――紅葉の後方にいつの間にか少年が立っていた。

 短いお下げをぶら下げ、若干大きめの瞳。しかしどこか鋭さを感じさせる眼差し。


 その視線は射るようにして楓に向けられている。


 紅葉が声を発した。


氷騎ひょうき兄ちゃん!?」

「下がれ、紅葉」


 まっすぐに楓を見据えたまま、少年は紅葉にそう指示した。


「で、でも――」

「下がれ」

「……うん。わかった」


 緊迫した表情の少年に、紅葉はしぶしぶといった様子で従った。

 楓の眼前でゆっくりと立ち上がり、ズボンについたほこりを軽く払ってから少し離れた場所まで移動する。


「……」


 楓はそんな彼女の行動を阻止するでもなく、無言のまま黙って見つめていた。


 ……いや。


「……なるほど」


 少し目を細めると、その少年――氷騎を見る。


「確かに。俺にこんなことができるのはお前ぐらいか。久しぶりだな、氷騎」


 右手を動かそうとして、すぐに諦めた。


 楓は別に紅葉の行動を許容していたわけではない。

 阻止できなかったのだ。


 楓の全身は、見えないなんらかの力によって完全に拘束されていたのである。


「今はお前と争う気はない」


 氷騎はまっすぐに楓を見据えたまま、その口を開いた。


「今日は紅葉を止めにきた。それだけだ」

「虫のいい話だ。……と言いたいところだが、この状況ではな」


 楓はそう言って自虐的な笑みを浮かべる。


 体は指先すら動かせないほどに縛られていた。

 氷騎の力は、楓を完全に押さえ込んでいたのである。


 楓はそれでも余裕の薄笑いを浮かべた。


「それより、これは俺を片づけるチャンスじゃないのか? こんなチャンス、次があるとは限らないぜ」

「いや」


 そんな楓の挑発に、氷騎は表情すら崩すこともなく、


「お前が玉砕覚悟でその"虚空の闇(アカシック)"を解き放ったときにどの程度の被害が出るのか、まだ予測がつかないからな」

「慎重だな、氷騎」

「相手がお前だからこそだよ、楓」


 氷騎は事も無げにそう答えると、


「紅葉、戻るぞ。……あいつと戦うべきときは今じゃない。二度と勝手なマネはするな」

「う、うん……ごめんなさい」


 そうしてふたりは楓に背を向け、その公園を去っていった。




「……ふん」


 一陣の風が公園の中を吹き抜ける。


 楓は氷騎と紅葉の去っていく姿をしばらく目で追っていたが、視界から消えるなりいつものように小さく鼻を鳴らした。


 そして、右腕の傷に視線を落とす。


「油断か、それとも」


 楓はひとり、自問する。


「……いや、違うな」


 氷騎が背を向けた瞬間から、楓の体は自由を取り戻していた。

 が、それでも楓は改めて彼らふたりと戦う気にはなれなかったのだ。


 戦う気が削がれていたということもあるにはある。が、それ以上に、彼らを相手にして確実に勝てるという自信がなかったのだ。


 命を懸けた勝負となったときに、果たしてあの力を打ち破れるのか。


「……ちっ」


 すべての悪魔たちの頂点に立つほどの実力を持ち、そのことを自負している楓ですら戦うことをためらわずにはいられなかった。


 しかしそれも当然だろう。


 彼らの力は互角なのだ。

 時代が時代なら、ともに"御門"の両翼となっていたはずのふたりなのだから。


「……あれが神崎の力、か」


 忌々しそうにそうつぶやくと、楓はその公園に背を向けた。

 彼らとはいつか再び一戦交えることになるだろうという、確信にも似た予感を覚えながら。


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