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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 亡霊の足音
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2年目10月「進路」


「なあ。お前はどうすんだ、由香?」


 月曜日の朝のホームルームが終わった直後、俺は由香の席まで言ってそう問いかけた。


「え?」


 1時間目の授業の準備をしていた由香はその手を止め、一瞬不思議そうな顔をしたものの、


「あ、これのこと?」


 と、机の上にあった1枚の紙切れを手に取る。


 それはつい先ほどのホームルームでクラスの全員に配られた"進路希望調査票"だった。


「優希くんはどうするの?」

「俺か? 俺はまぁ"オンダイ"とでも書いておくかな」


 まったく考えていなかったのでとりあえず適当に答えてみた。


 ちなみに"オンダイ"というのは音楽大学のことではなく、地元唯一の国立大学である御門みかど中央大学の略称である。


 ここはいわゆる総合大学で数多くの学部・学科を抱えており、この辺りではそこそこ名も知られているのだが、学科によっては俺程度の学力でもどうにか勝負になるレベルだ。

 実際に行くかどうかは別として、これを書いておけば少なくとも先生に突っ込まれることはないだろう。


「そうなんだ。じゃあ家から通えるね」

「受かれば、だけどな。で、お前は?」

「私もここに残るつもり。美容師の専門学校に行こうと思って」

「美容師ぃ?」

「う、うん」


 俺が過剰に驚いたせいか、由香は少々不安そうな顔をする。


「……おかしいかな?」

「いや、別におかしかないけど……ってことはなんだ? 将来は床屋か?」

「床屋じゃないよ。美容師」


 そう言って由香は美容師と床屋(理容師)の違いについて解説を始めたが、序盤からよくわからなかったのでとりあえず適当に聞き流した。


「まぁ、要するに、お前はその美容師とやらを目指そうってわけだ」

「うん」


 と、由香はなにやら嬉しそうだった。


「だから、うまくいったら卒業してもまだしばらく一緒だね」

「一緒って、学校違うだろ」

「あ、ううん。地元に残るって意味でね」


 確かに由香の言う美容師の専門学校も、住所を聞く限りじゃ電車で通学可能な距離にある。

 が、俺は首をかしげて、


「学校違うのにわざわざ会ったりするか? 大学っつったら高校と違って授業の始まる時間も違ったりすんだろーし」

「あ、わざわざって、ちょっとひどい……」

「いや。俺がっつーか、お前だって忙しくなったり新しい友だちができたりすんだろ」


 そう言うと、由香は少し不満そうな顔をした。


「うーん。それでも優希くんたちは特別だから、大人になっても仲良くしたいよ」

「ふぅん」


 まあ、悪い気はしないが、俺も同じだなんてことは口が裂けても言えない。


「んなこと言ってんのも今のうちじゃねーの? 大学デビューなんて言葉もあるみたいだしさ」

「大学デビュー? なぁにそれ?」

「ああ、俺もよくわからんけど、お前みたいな地味なのが、大学生になって急に派手な格好して遊びまわることらしいぜ」

「そ、それはないと思うよ……たぶん」


 と、由香は苦笑した。


 まぁいずれにしても。

 高校を卒業しても、こいつとの腐れ縁はしばらく続きそうだ。




 1時間目が終わった後の休み時間。


「おそらく優希と一緒だよ」


 由香への質問と同じことを尋ねると、直斗はいつものように自信満々にそう言い放った。


「一緒ってお前、俺の進路ぜんぜん知らねーだろ」

「オンダイでしょ?」

「……くっ」


 直斗様はどうやらなんでもお見通しのようだ。


 といってもまあ、この風見学園の生徒のうち、明確に就職したいという希望があるわけでなく、かといって極端な落ちこぼれでもない、つまり俺みたいな中途半端な人間は、とりあえずオンダイを希望する傾向にある。

 だから、直斗がそれを言い当てられたのも決して不思議なことではなかった。


「んで? 一緒ってことはお前もか?」

「うん。ウチは僕と母さんだけだからね。できることなら家から通いたいし」

「あー、なるほど」


 言われてみればそのとおりだ。


「あそこなら学科も選べるしね」

「どこを受けるつもりだ?」


 直斗の頭を考えれば、オンダイの中でも偏差値の高いところだろう。

 法学部だろうか。


(弁護士、か……)


 想像すると似合いすぎていてなんか嫌だった。


 ただ、当の本人は少し曖昧な笑みを浮かべて、


「それもたぶん、君と同じ」

「決まってねぇってことか?」

「でしょ?」

「まあ、そうだけど」


 ちょっと意外な気もした。

 が、まだ1年以上あるし、細かいところまで慌てて決める段階でもないのかもしれない。


「なんにしろ選択肢が多いヤツはいいわな。俺なんてほとんど選ぶ余地ねーのに」

「これからでしょ。これから頑張ればまだ……ああ、でも優希はどうせ頑張らないからダメだよね」

「……おい」


 いや、確かにそのとおりなのだが。


「けどま、そうなったらお前との腐れ縁も継続ってことか」

「そうだね。君が同級生から後輩になってる可能性はあるけど」

「……笑えねぇよ、それ」


 浪人、あるいは留年。

 ……充分ありうる。


 しかし直斗も地元に残るとなると、いよいよ今と変わらない状態が続きそうだ。


(……そういや聞いたことねーけど、雪のヤツはどうすんのかな)


 帰ったら聞いてみようと決め、俺は自分の席へと戻った。




 昼休み。


 そういや一番気になるヤツに聞いていなかったことを思い出し、俺は歩の席へ向かった。


 あいつはなにしろ、この学校が始まって以来の天才少女だ。

 将来は冗談抜きで博士か大臣かって御身分である。もちろんオンダイ程度の枠じゃまったく収まらないだろう。


 国内最高峰の大学か、あるいは海外か。


 俺は少しドキドキしながら、直斗たちにぶつけたものと同じ質問を歩にぶつけてみた。


 開口一番、返ってきた答えは――


「学校の先生!」

「……」


 ああ、誰か教えてくれ。

 俺は保護者として、こいつにいったいどんなアドバイスを送ってやればいいんだ。


「ど、どうしたの、優希さん?」


 当の本人は、なぜ俺がこめかみに指を当てて眉間に皺を寄せているのかまったくわかっていない顔だった。


「一応確認するが……」


 俺はひとかけらの希望を抱きながら、そんな歩に尋ねる。


「学校の先生ってつまり、大学の教授とか、そういう研究者的なもののことなんだろ?」


 しかし案の定、歩は満面の笑顔で答えた。


「できれば小学校の先生がいいな。仲良し学級をたくさん作るんだー」

「おぅふ……」


 希望は呆気なく打ち砕かれた。


 いや、別に教師という仕事を馬鹿にしているわけじゃない。

 そうではないのだが、しかし。


(……まあ、高校の先生よりは似合いそうだからいいか)


 結局俺はそれ以上の思考を放棄し、視線を横に動かした。


「ちなみに神村さんは?」


 すぐ後ろの席の神村さんに尋ねると、一言。


「家の手伝いをします」

「……だろうな」


 聞くまでもなかった。

 つまり進学はしないってことだろう。




 放課後。


「おろ? おっすおっすー。不知火ー」


 偶然廊下ではち合わせた藍原にも同じことを質問してみる。

 ちなみに将太にも質問しようと思ったのだが、よく考えるとあまりにも酷な問いかけなのでそれはやめておいた。


「え、卒業後?」


 俺の質問に、藍原はきょとんとした顔をする。


「卒業しないのか?」

「いや、卒業はするに決まってんでしょ」


 藍原は真顔でそう突っ込んで、


「うーん、そうさね。たぶんテキトーな大学とか行くんじゃない?」

「普通だな。つーか本当に適当に生きてんな、お前」


 呆れると、藍原は特に反論することもなく微妙な顔をして、


「ホント、あんま考えてないんだわ。まぁ、どうせあたし跡取りとかじゃないし、姉ちゃんたちがみんな優秀だから、末っ子のあたしはなにやっても文句言われなさそうなんだよね」

「跡取り?」


 いったいなんの話だと思ったのだが、


「ん? ほら、うちのグループの跡継ぎの話」

「……へ?」


 そのときの俺はかなり間抜けな顔をしていたに違いない。

 そんな俺の反応に、藍原は怪訝そうな顔をして、


「あれ、不知火知らなかったっけ? あたしんち、結構お金持ちなんよ?」

「いや、金持ちらしいってのは聞いてたが……」


 夏休みに海外旅行に行ったとか、そういう話はちょこちょこ耳にしていた。

 が、しかし。


「グループってなんだ? お前んち、中小企業の社長とかじゃないのか?」

「いや、だから大金持ちなんだってば。マジもんのお嬢だよ、あたし。藍原財閥って聞いたことない? ……あー、ほら。自動車メーカーとか電機メーカーとか保険会社とかにもあるでしょ。全部うちのグループの系列よ、あれ」

「……」


 確かに聞いたことはあったが、それをこいつを結びつけて考えたことはもちろんなかった。


「……マジか?」

「マジマジ。ビビッた? ねえビビッた?」

「うぜぇ……」


 衝撃の事実が判明しても、そのウザさは健在だった。


 藍原はケラケラと笑って、


「んでも、ま、あたしは一番末っ子だからさ。結構自由にやらせてもらえてんの。正直経営にかかわりたいとも思ってないし。……あ、でもこれでもマルチリンガルよ。海外旅行に連れてくと結構便利なんだから」

「いや、お前を海外旅行に連れてくことは一生ないから心配すんな」

「なんでさ~。新婚旅行とかついてくよ? 写真とったげるよ?」

「なんでお前を新婚旅行に連れてかなきゃならんのだ……」


 藍原は最後までそれが冗談だと口にすることはなく。

 後で由香に聞いたところによると、どうやらマジもんのお嬢様らしい。


 そんな環境の中であんな性格に育った藍原は、もしかすると歩以上に奇跡の存在だったりするのかもしれない。




 そして夜、我が家のリビングにて。


「今のところ第一志望はオンダイだけど……って、なによ珍しいわね。あんたがそんな話題を出してくるなんて」


 部活から戻った瑞希に例の質問をぶつけたところ、やはりその大学の名前が出てきた。


「ってことはなにか? もし受かったらここから通うのか?」

「そうね。そういうあんたは?」

「俺か?」


 素直に答えようかとも思ったが、そうすると学力に対する嫌味を言われそうな気がしたので、


「まぁ未定かな。一応は進学を考えてっけど」

「ふーん」


 瑞希は鼻を鳴らしながら台所に向かい、夕食の支度をしていた雪となにごとか言葉を交わしつつ、牛乳を注いだコップを手に戻ってきた。


「ここには残るつもりなの?」

「いや、だからわかんねぇって」

「そう」

「なんだよ。早く出てけってか?」


 邪推してそう言うと、瑞希はチラッと横目でこっちを見て、


「違うわ、逆よ」

「逆?」

「あんたがいなくなると女ばかりになっちゃうでしょ。あんたみたいのでも虫除けぐらいにはなるわけだし」


 瑞希は平然とそう言ってのけた。

 邪魔者扱いと便利な小道具扱い、果たしてどっちのランクが上なのだろうか。


 と、そこへ。


「あ、そうだ。ちょうどよかった」


 思いついたように雪がこちらへとやってきた。


 キッチンからはコトコトという音とスパイスの香りが漂ってきている。

 どうやら夕食はカレーライスのようだ。


「そのことで、ユウちゃんにちょっと相談しておこうと思って」

「そのことって、進路希望のことか?」

「そうだけど、ちょっと違うかな」


 雪がそう言いながらエプロンを外すと、牛乳を飲み終わった瑞希がソファから立ち上がって、


「鍋、代わりに見てるわ。ゆっくり話してて」

「うん。ありがと、瑞希ちゃん」


 瑞希が座っていたソファに腰を下ろすと、雪はすぐに切り出した。


「実はね。来月からアルバイトをしようと思ってるの」

「バイト?」


 唐突な話だった。

 俺は昔みんなに内緒で短期のアルバイトをしたことがあるが、こいつは家事のこともあって、そういうことはまったく未経験のはずだ。


「なんのバイトだ?」

「喫茶店のね。お手伝い」

「喫茶店?」


 テレビの音がうるさかったので、俺はリモコンを取って少し音量を下げつつ、


「もしかして三毛猫のことか?」


 と、聞いた。


 桜花女子学園からの帰り道の途中にある喫茶店"三毛猫"は、風見学園と桜花女子学園の生徒には結構有名な、70歳近い婆さんがひとりでやっている古い喫茶店である。


 俺もそこには幼いころから何度も行っていて婆さんとは顔見知りだったし、雪は俺以上に通っていて、たまに菓子の作り方やコーヒーの淹れ方なんかを教わっていたようだ。


「うん。実は昨日、唯依くんと一緒に行ってきたの」

「唯依と? って、ああ。例のネコを連れてきたときか」

「うん、そう。それで、そのときにおばあちゃんからやってみないかって話があって」

「へー。別にいいんじゃないか」


 俺は軽くそう答えた。

 あそこなら顔見知りだし、婆さんの人柄も知っているのでなんの心配もない。


「けど、それって進路のこととぜんぜん関係なくねーか?」

「直接はね。ただ」


 と、雪は台所にいる瑞希をチラッと見て、


「これってまだ瑞希ちゃんと"三毛猫"のおばあちゃんにしか話してなかったんだけど、実は私、将来はここで喫茶店を始めたいと思ってるの」

「……へ?」


 まったく予想もしていなかった、というか、あまりにも唐突な発言に、俺の思考は一瞬停止した。


「……はぁ? 喫茶店? ここでか?」


 数秒遅れて、ようやく言葉を返す。


 雪はゆっくりとうなずいて、


「うん。このお家って広すぎるし土地もたくさん余ってるから、1階部分を改装して喫茶店に出来ないかなって」

「……いや、まあ、そりゃできるだろうけど」


 確かにウチは4人で住んでても持て余すぐらいだし、庭だって相当広い。

 正直言って使い切れていないのが現状だ。


「もちろんそれまでにお金を貯めて、ユウちゃんや伯父さんや伯母さんに相談して、だけど」

「あー、待て待て」


 先を続けようとする雪の言葉をいったん止めさせる。


「えっと……なんだ。それはつまり本気の話なんだよな?」

「うん」

「進学はしない、と。一応就職ってことか?」

「飲食店とかで働いて、色々学びながらお金を貯めようと思ってたの。それで"三毛猫"のおばあちゃんに話したら、じゃあうちでバイトしてみないかって話になって」

「なるほど。そうつながるわけか……」


 俺はそこまでの雪の話をようやく頭の中で整理した。


 一呼吸置いて。

 俺はうなずいた。


「ま、お前が本気で考えているなら俺はもちろん反対しないぞ」


 こいつのことだ。俺なんかが忠告しなくとも、それがいかに大変なことであるかはわかっているはずだし、それでもやってみたいと望むのなら、現時点で反対するなにものもなかった。


「ただ、アレだな。できれば改装時には俺の部屋をちゃんと残しといてくれると助かる」

「もちろんだよ」


 雪はクスッと笑って、


「ユウちゃんがいつでも、どんなときでも安心して帰ってこられる場所にするつもり。大学行っても、就職しても、結婚しても、ね」


 と、言った。


 結婚しても帰ってくるってのは、つまり離婚してるってことじゃないのかと思ったが、まあその辺は突っ込まないことにしよう。


「どっかの大学に行ったっきり帰ってこないかもしれんぞ?」

「待ってるよ。いつでも帰ってこられるように」

「50年後でもか?」


 意地悪くそう言うと、


「うーん……」


 雪は少し考えて答えた。


「たった50年でいいの?」

「……何歳まで生きるつもりだよ、お前」


 突っ込むと、雪はおかしそうに笑って、


「待つよ。50年でも100年でも……1000年でも」

「とっくに骨になってるっつーの……」


 しかし、まぁ。

 雪の話には少し驚かされたが、どうやら雪に瑞希、直斗と由香はとりあえずみんな地元に残りそうだ。


(ホント、代わり映えしねぇ集団だなぁ……)


 もしかすると、俺たちの腐れ縁はこんな感じでいつまでも続いていくのかもしれない。


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