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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 妹と悪魔狩り
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1年目5月「違和感」

 カチ、カチ、カチ……

 壁掛け時計の秒針の音が聞こえてくる。


(そろそろ日が沈むな……)


 テーブルの上には勉強道具が放り出されたまま。

 ついさっきまで直斗と藍原がいたので、誰もいなくなった部屋はことさら静かに感じた。


 時計を見ると時間は18時40分。

 外はかなり薄暗くなっていて、日が完全に沈むまであと10分弱といったところだろうか。


 思い立ってドアに鍵をかけ、カーテンを閉めた。

 姿見の前に移動する。


『……お前はどうやら突然変異種イレギュラーのようだな』


 両親は俺たちが2歳ぐらいのときに事故で命を落としたから、そういう知識はすべて伯父さんから聞かされたものだ。


 悪魔ってのは"炎魔"や"水魔"というように何種類かの種族に分かれているらしい。

 俺たちの両親はどちらも"氷魔"、その名のとおり氷の力を操る悪魔だったらしく、その子供である俺や雪ももちろん氷魔だ。


 が、しかし。

 雪はその氷の力をそのまま受け継ぎ操ることができるのだが、双子の兄である俺が使うのは本来とはまったく別の性質を持つ炎の力である。


 それに対する伯父さんの回答が先ほどのセリフだ。


 伯父さんいわく、原因やメカニズムははっきりしていないながらも俺のような悪魔は稀に存在するようで、そういう悪魔を一般的に突然変異種イレギュラーと呼ぶらしいのである。


 つまりレアモノというわけだ、と、本来だったら胸を張りたいところなのだが、残念ながら突然変異種イレギュラーとして生まれた悪魔は、普通の悪魔より力が弱いってのが常識のようで、実際のところ俺も悪魔としての力は基本的に雪よりかなり下だ。


 その上、普通の悪魔とは違う特徴を持つ者が多いらしく――


(今日も"ご機嫌"を確認しておくか)


 目を閉じて全身に軽く力を込めると、腹の中心辺りから熱が全身に広がっていく。


 ゆっくりと目を開くと、姿身に映る俺の姿は変貌していた。

 尖った耳。真紅の髪。

 悪魔としての俺の本当の姿だ。


 ひとつ深呼吸して、右手にゆっくりと力を込めた。

 ぼうっ、と、そこに炎が灯る。


(……1~2割ってとこか。まあまあだな)


 チラッと横目で窓のほうを見る。

 カーテンの隙間から差し込む太陽の光は、今まさに消えようとしていた。


 再び右腕に軽く力を込める。

 目を閉じる。

 感覚を研ぎ澄ます。


 そうして2分、3分――5分を越えた辺りだろうか。


 急に、ふ、と全身の力が抜けたような感覚があった。

 目を開ける。


(今日はダメか。1割未満だな)


 右手を見ると、そこに灯った炎はさっきまでよりも明らかに弱くなっていた。


 これが俺の突然変異種イレギュラーとしての特徴のひとつ、日替わり魔力である。

 つまり日によって悪魔としての強さが上下するのだ。

 俺の意思とはまったく無関係に。


 日替わりの基準は午前0時ではなく日没。

 要するに今さっき切り替わったばかりである。


 感覚的には1、2割でほぼ通常運転。

 3割なら調子がいい方。

 5割を超えるのは月に1回あるかないかってところだ。

 

 また、切り替わった後の強さは前日の強さとまったく関係がない。

 5割の次の日が1割以下だったり、その逆もあったり、同じ程度の日が1週間以上続いたかと思えば乱高下してみたりといまいち掴みどころがない。


 しかも平均するとだいたい2割そこそこで、5割でも雪の力には到底及ばないレベルだから、まあ厄介というかあまりありがたくない特長である。


 ちなみに突然変異種イレギュラーとしての特徴は他にふたつほどあるが、どちらも戦闘には役に立たないものだ。


「ユウちゃーん」


 階下から雪の声が聞こえた。


「ごはんだよー」

「おーぅ」


 力を抜く。

 と、同時に髪の色が元に戻った。


 今日の状態だと暴走した悪魔を相手にするのは危険だろう。

 もしなにかあれば雪に頼らざるを得なくなるし、それは兄としてどうなんだって気もするので、今夜から明日にかけてはなにも起こらないことを祈っていたほうがよさそうだ。


「ねえ、ユウちゃん」


 部屋を出て階段をおりていくと、下で雪が待っていた。


「ん? なんだ、どうした?」

「ユウちゃん、最近は由香ちゃんにお弁当作ってもらってるの?」

「ああ」


 そういや言ってなかったかもしれない。


「誰から聞いたんだ? 梓さんか?」


 梓さんというのは由香の母親のことである。


「さっきナオちゃんが帰り際に言ってたから」

「ああ、そっか」

「由香ちゃん、無理してないのかな? 私、また作ろうか?」


 雪は少し心配そうな顔だった。

 俺は軽く手を振って、


「いや、ひとつでもふたつでも手間はたいして変わらないって言ってたぞ。この前なんか直斗の弁当も作ってくるなんて言い出したぐらいだし。直斗のやつは遠慮してたけどな」

「由香ちゃんらしいね。じゃあ私が作らなくても大丈夫かな?」

「まー、お前がどうしてもって言うんなら作らせてやってもいいぞ」

「え?」

「早弁用と昼飯用」


 すると雪は真顔で、


「じゃあ作るかな」

「……わりぃ。やっぱいいわ」


 実際に弁当をふたつ平らげることを想像して、俺は少し顔をしかめながら前言を撤回した。


「そう?」


 俺の表情を見て雪はおかしそうに笑う。

 冗談だったのか本気だったのか、区別がつかない。


「あ……それと、ね」


 階段の途中で止まっていた足を一歩下ろしたところで、再び雪がそう切り出した。


「あ? なんだ?」

「……ごめん。やっぱいい」

「あのな……って、どうした? 何かあったのか?」


 雪の表情がいつもと違うのに気づく。

 どことなく不安そうに見えた。


「あ、うん。そんな大げさなことじゃないんだけどね……」


 雪はそう前置きしてから、


「最近ね。誰かに後をつけられてるような感じがするの」

「は? 誰にだ?」

「それがわからないの」


 雪は本当に困ったような顔をしている。

 どうやら冗談ではないらしい。


「ふうん。気のせいとかじゃないのか?」

「わからない。そうかもしれない」


 雪は自信なさげだ。


「お前みたいなちんちくりんをつけ回す物好きがいるとは思えないがなぁ」

「うん。私もそう思うんだけど……」

「……あっさり肯定すな」


 俺が呆れ顔をすると、雪は頭にハテナマークを浮かべて不思議そうに首を傾けた。


 ここがこいつの悪いところだ。

 自分が将太が言うような特別なルックスだとはまったく思っていないのである。


 身だしなみには人一倍気を遣っているようだし、風呂上がりには必ず体重計とにらめっこしているらしいから、そういうことに興味がないわけではない。

 にもかかわらず、自分が可愛いとはまったく思っていないようなのだ。


 これを意識してやっているのなら単なる嫌味になりそうだが、長い付き合いだからわかる。

 こいつのはただの天然だ。

 他人のいいところは見えても、自分の長所には気づけない。そういうタイプなのである。


 ……いや、もしかすると一番近くにいる俺がことあるごとに"ちんちくりん"だの"幼児体型"だのと口にしているのが最大の原因なのかもしれないが――まあ、それはさておき。


「まあ、はっきりしないんじゃしょうがない。でも、一応気をつけるようにしろよ」

「うん」

「何か困ったことがあったら言え。俺が何とかしてやるから」

「わかった。ありがとね、ユウちゃん」


 雪は素直にうなずいてにっこりと笑った。


 と、そこへ玄関のドアが開いて、


「ただいま」


 瑞希が帰ってきた。

 ずいぶんと遅い。


「お帰りなさい、瑞希ちゃん」

「なんだ、お前。テスト期間中じゃなかったのか?」


 瑞希は靴を脱ぎながらちらっと雪のほうを見て、


「友だちの家で勉強会よ。本当は雪ちゃんも来るはずだったんだけど、あんたのことが心配だからって先に帰っちゃってね」


 なぜか責めるような口調だった。

 俺は別に悪くない。


「それよりあんたこそ、そんなところでなにをしてるの?」


 と、瑞希は階段の途中で止まっている俺と、階段の下で俺を見上げる雪を交互に見比べた。


「……のぞき?」

「この体勢から誰のなにをのぞけってんだ」


 逆の位置ならまだしも。

 いや、逆でものぞかんけども。


「床に鏡を仕込んでいるとか」

「ねぇよ! ガチの変態じゃねぇか!」

「あらそう? 幼なじみの女の子にはよく下ネタを言って困らせてたって聞いたけど?」

「ぅぐ……小学生のころの話だっての! とっくに時効だ!」


 今はぜんぜん、いやあんまり、というかたまにやってるぐらいで。

 ……いや、違うんだ。

 由香の場合は反応が面白いからついというか、決してイヤらしい意味でやっているわけではなくて。


「ってか……なんでお前、そんなことまで知って――」

「あ。私、お夕飯の支度してくるね」


 すっ、と、雪がリビングのほうへ逃げていく。

 ……告げ口犯はあいつのようだ。


「なんにしてもやめたほうがいいわよ、そういうこと。あんた、ただでさえそれっぽい顔してるんだから」

「ああ、はいはい。すんませんっしたー」


 テストのこともあって今日は疲れた。

 もう好きに言わせておくことにしよう。


 ……ああ、いや。


「なあ瑞希。最近、雪の周りでなにか変なことないか?」

「変? なんのこと?」


 瑞希はきょとんとしている。


「いや――」


 この反応。

 どうやら雪はさっきのことを俺にしか話していないようだ。


 気のせいなら別に構わない。

 が、万が一ということもある。


(……万が一、か)


 正直、俺以上の魔力を持つあいつの身が危険になる事態なんてまず起こらないと思う。

 となると――


「……」

「な、なに?」


 じっと見つめると瑞希が困惑の表情を見せた。


「……いや、なんでもない」


 話そうかどうか迷って、結局やめておくことにした。

 今の時点では雪の気のせいという可能性もあるし、そうでなかったとしても瑞希を巻き込むとかえって危険な可能性もある。


「……ちょっと。どうしたの?」

「なんでもねーって。ほら、行くぞ」


 怪訝そうな瑞希を置いて俺はリビングへと入っていた。


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