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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
第1部 日常と悪魔狩り 編
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プロローグ


 はぁっ、はぁっ、はぁッ――……


 苦しそうな息づかい。


 ――逃げても無駄さ。


 必死の顔。

 絶望に満ちた瞳。

 そして無駄だとも気付かず、どうにかして逃れようとするみじめな背中。


 そのすべてがオレの気持ちを高揚させた。


 はぁっ、はぁっ、はぁッ……!


 呼吸が大きく乱れていた。

 この獲物はまもなく限界を迎えるだろう。


 追いつくのは簡単。しかしすぐにはそうしない。

 こうして逃がしておいて、徐々に追いつめていく。

 それが、オレの心を満足させる一番の方法だった。


 ――無駄だよ、無駄無駄。


 口元が自然と歪んでいく。

 このオレから逃げられるはずがないのだ。


 何故なら――そう。


 オレは、人間を超越した存在だから。


 獲物の足がもつれる。かすれた声で必死に助けを呼んだようだが、無駄だ。

 今は真夜中。そしてここは夜になるとまるで人気のなくなる工業地帯。

 絶望に彩られた弱々しい叫び声など誰の耳にも届きはしない。


 仮に届いたとしても獲物が増えるだけのことだ。


 笑いながら、オレはついに獲物の背中に向かって手を伸ばした。

 まだ10メートル以上の距離があったが、オレにとって問題となるものではない。


 ぐっと力をこめると手の先に炎がともる。

 それはあっという間に膨れ上がってバレーボールほどの大きな塊となった。


 これがオレの力。手に入れた、オレの力。

 この力があれば誰もオレには敵わない。

 相手が学校で威張り散らす不良だろうと、警察であろうと。

 体格差も年齢差も問題ではなくなるのだ。


 異変に気付いた男がこちらを振り返る。

 そしてオレの手にある炎の塊を見て、再び悲鳴を上げた。


 ――死ね。


 そうして炎の塊を放とうとした……そのときだった。


「やめなさい」


 人気のない路地から誰かが飛び出してきて、オレと獲物の間に割り込んできたのだ。


 女だった。

 いや少女というべきか。せいぜいオレと同い年ぐらいだろう。


 なぜこんなところに女が――なんてことを考えている間に、追っていた獲物は悲鳴を上げながら遠くへと走り去ってしまった。


 邪魔をしやがって、と、オレは少女を睨み付ける。


 狩りの邪魔をされたのはこれが初めてだった。

 とほうもない怒りがこみ上げてきたが、すぐに思いなおすことにする。


 代わりにこの少女を獲物にすればいいんだ、と。


 そう決めたオレは少女に手を向けた。

 そこに先ほどと同じように炎が生まれる。


 びびって逃げ出すかと思ったが、少女は特に驚いた様子もなかった。

 それどころか――


「炎魔だね。3人も殺しちゃうなんて……」


 少女の髪が風もないのにふわっと横になびく。

 不思議には思ったが、それで躊躇することはなかった。


 ――死ね。


 オレの手から炎が放たれる。

 遊びの邪魔をした相手だ。手加減などせず、一瞬で焼き殺してやろうと思った。


「……」


 少女は無言のまま、避けることもできずオレの炎に包まれた。

 それで終わり。

 あっけないものだ。


 ――そのはず、だった。


「!?」


 数秒ほどたって、オレはようやく異変に気付く。

 あれだけの炎に焼かれているにも関わらず、炎の向こうにある少女の影は地面に崩れ落ちることもなくその場に立ったままだったのだ。


 炎に包まれたまま。

 炎を全身にまとったまま。

 それは異様な光景だった。


「……許さないよ」

「!」


 炎の中から声がして、少女を包んでいた炎が大きく膨れ上がった。


 いや、炎が膨れ上がったのではない。

 その内側で膨れ上がったなにかが炎を吹き飛ばしたのだ。


「っ……!」


 そのなにかが、オレの周囲を吹き抜けていく。

 身を切るような痛みに辺りを見回すと――


「……!?」


 驚いた。

 道路、塀、電柱――そのすべてが完全に凍りつき、月の光を反射してきらきらと輝いていたのだ。


 オレは驚きのままに少女を見て、そしてさらに驚いた。


「一度、血の衝動に駆られた人間は二度と元には戻らない」


 そこに立っていたのはさっきの少女。

 いや、かろうじてさっきの少女だということがわかった。


 明らかに変化があったのだ。


 夜闇に舞う、白銀の髪。

 長く尖った耳。

 そして――


「普通の人なら抑えられる衝動のはず。でもあなたにはそれができなかった」


 凍えるほどに冷たい瞳。


 ぞく――、と。

 背骨に氷柱を突っ込まれたような悪寒が走った。


 そして直感的に悟る。

 こいつはオレと同じ――いや、オレよりも遥かに格上の存在なのだと。


 オレは確かに超常的な力を手に入れたが、姿形は普通の人間となんら変わるところはない。


 しかし、目の前にいるこの少女は違った。

 人間が持っていてはいけない、そんな異様を身にまとっていて、それは、そう、まるで――


 "悪魔"


「あなたが悪魔の血を引いているのは少しの運のなさ。だけど、抑えられるはずの衝動を抑えられなかったのはあなたの罪。だから――」


 少女がなにを言っているのか、もうオレには理解できなかった。

 体はヘビに睨まれたカエルのように動かなくなっている。


「……ごめんね」


 オレがこの世で最後に聞いた言葉はなぜだか少し悲しげで。


 そして次の瞬間。

 痛みも感じないほどの冷気が全身を包み込んだかと思うと、オレの意識はそこで途切れた。


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