定子1
宮に上がって半月、未だ眩しいすぎる定子の姿に眩暈を起こしながらも、右衛門につつかれて、つっかえつっかえ挨拶の文句を言う。
定子はおや、と言う顔になり、くちびるに扇を当てた。
「もっとじゃ、もっと近う。それにしても浮かない顔ねぇ肥後。宮に来て半月、僅かな時とは申せ、毎日のようにあっているのだからもう少し私にはくだけてくれてもよさそうなのに」
「は…申し訳…」
定子の言葉に全身から冷や汗が吹き出す。ご機嫌を損ねてしまったに違いない。
謝罪もままならず、気の利いた言葉も浮かばずただ頭の中は真白だった。
「宮様、意地悪が過ぎますわ」
目が回りかけた時、落ち着いた声が横からして背中に手が添えられた。
声の主は定子の一番近い下座にいる宰相の君。
背中の手は右衛門である。
「事情は全てお話ししてありますわ。ご存知のはずでしてよ。宮様」
「いくらお気に入りとはいえ、まだ新参の肥後をこのように御贔屓になっては反って風当たりを強くするだけ、肥後にとっては気の毒なことになると再三申し上げましたのに。」
宰相の君が定子に苦言を言うのを初めて聞いた。
いつもは静かに微笑みを浮かべている印象の人であるのに。
定子はくちびるを少し尖らせる
「まあ、宰相も右衛門も私に負けないくらいの贔屓ぶりではないの。」
「宮様」
二人に声を揃えて睨まれて定子は扇をはらりと開いて顔を隠した。
「もう、なぁに二人とも私を悪者にして」
定子は寛いでいた姿勢を正すと扇を閉じ真っ直ぐに目の前で萎縮している肥後をみた。
「肥後」
「はっはい」
「顔をおあげなさい」
「はい」
顔をあげると神妙な顔の定子がこちらを見ている。
「ずいぶん辛い思いをしているようですね」
また顔から血の気が引いた。
「…そんなことは…」
「この宮で起こることはたいてい私の耳にはいります。ただただ毎日、飾られるようにここにいるわけではありません。