第一章 白色の世界3
走る、走る、走る。地面と靴が擦れる事によって生じる音が喧騒の無い閑静な世界で響く。
どこでもいい、あの化け物から逃れられるような場所はないのか?
あいつが追ってきているかなんてのは知らない。怖くて後ろを振り返れないからだ。I wanna see youは聞こえない。自分の足元から発している音によって掻き消されているかもしれないが。あいつの声は音源が一つでも聞き取りにくい位小さいからな。
耳が痛い。下半身が痛い。腕が痛い。肺が痛い。心臓が痛い。目が痛い。
「ゼーゼー、ハァハァ……」
クソっ、もう息切れか。こんなに全速力で走っているのは人生で一度もないだろう。陸上部のやつに言ったら鼻で笑われそうだが。
どんどん重くなっていく顔を上げて走るのが限界に達しそうになった時、視線の先に小さな明かりが点っているのが見えた。
「光!?」
重くなって下がっていた顔を上げ、目を凝らす。
白一色の森林の奥に西洋風の館、つまり洋館のような建物から光が出ているのが視認できた。
その洋館は他にも一際異彩を放つ要素を持っていた。それは、白色じゃないこと。俺がここに来てから一時間以上経つが白色以外の色を見たのは斉ケ原関連だけだ。つまり、白色しかないこの世界に黒色をしているこの洋館は異常なのだ。
罠の可能性が高いだろう……だが、俺は止まらない。チョウチンアンコウの光におびき寄せられた小魚になってもいい。俺は一時の安らぎが欲しいんだ。
全身が崩壊しそうなくらいの激痛に堪えながら走り続きけている俺は洋館まであと数十メートルになった。
あと少しだ。少しもてば俺は一時の安らぎを得られる。そう、あと少しだ。
俺が一縷の希望を手に入れるまであと少しとなった瞬間、
「GO!GO!GO!」
おぞましい叫び声が俺の耳をつんざく。
だが俺の思考が変動することは無かった。新手の怪物だろうが関係ない。洋館のドアノブまであと約三馬身差だからな。ここにさえ入れば俺の勝ちなんだ。鍵がかかってたらお終いだが。
「GO!GO!GO!」
後方から咆哮と ダダダダ っという足音が聞こえる。
洋館入口の数段しかない階段をジャンプで飛び越え、汗やよだれでだくだくになっている両手で勢い良くドアを開き、中に入るやいなや扉を閉じた。
安堵の溜息をつく暇がない俺はなるべく奥へ進もうと正面を見た瞬間衝撃を受ける。
だだっ広い赤色の絨毯が床に敷かれている玄関ホールに十人以上の人間がいたからだ。
玄関ホールの天井にある馬鹿でかいシャンデリアが明かりを灯している。
「また来た」
小柄で黒髪ストレートロングヘアの高校生らしき女子が俺の前へと歩み、俺の正面に辿り着いた。
二重でパッチリとした目が上目遣いで俺をじっと見る。
可愛い……じゃなくって。
「あっ!皆さん、早くここから逃げてください!化け物がここに入ってきます!早く逃げて!」
俺は叫んだ。俺がここに化け物を寄せちまったんだ。俺のせいでここにいる人全員が死ぬなんて言う展開は絶対にだめだ。大声を出した俺だけが喰われている間にみんなが逃げ切れれば俺は良い。一時の安らぎはもう手に入った。死ぬ前に白以外を見れたからな。
俺の大声が聞こえなかったのか、みんなが呆けた表情をしている。
聞こえていないならもう一度だ。
「皆――!?」
口を手で押さえられた。
さっきの女子生徒の手だ。
その子は頭の悪い生徒に優しく教える教師の様な表情で、
「大丈夫だよ。あの化け物はここに入ってこないから」 と、言った。
え?




