五話 ダレ場と最低利用者が決まったあと
斉藤さんはおめかししていた。
生息域図書館の、ガチ系根暗ガールのはずだったが、札幌らなどで見かける女子高生とそん色ない女子力感。髪の毛も手入れしている。毛先にウェーブがかかっているような気がする。全体的におしゃれだ。口元を真っ白な羽毛マフラーで隠しているのはマスク効果だろうか。
そしてそんな装いの斉藤さんは腕を組み、神山に気付いたあとも瞳を閉じている。
明らかに怒っている。控えめにいって激怒している。
待ち合わせの一時間前に東光ストアに着いたのに、だ。斉藤さんはもともと目つきが、怖い以外は基本的に可愛い顔立ちをしている。年齢相応とはいわないが、化粧気のない顔はとても丸っこくてかわいげがある。
そんな可愛い顔をした斉藤さんがおめかしして、怒っている。謎だ。
斉藤さんの真横の席ではいつも通りのギャル風体の早見がインスタ映えしそうなドリンクを、ぶっといストローで飲んでいる。二人のあいだに会話はない。
神山は考える。
客観的に見る限りは、この状況に対してのお怒りなのだろう。
「どうしてあなたの命を狙った尻軽をここに呼んでいるんですか?」
「どうしてこんないじめられっ子がいるの? ほんと趣味悪い。帰ってもらえば?」
どうやら水と油の対立関係のようだ。
今日はフリマアプリの最低利用者の決定日だった。
神山にしても早見にしても、利用者履歴からみてほとんど最高利用者かそれに準ずる利用率だった。いきなり数百万の魔法が出品され、いきなり落札されない限りは大丈夫だろう。
今日は何かしらの動きがあるはずだ、と神山は確信していた。
なので自分の優秀な手駒である斉藤さんと、先日の強襲戦から仲間に引き込んだ早見を改めて顔合わせになった。
クラスメイトではあるから、あの日以降も顔を合わせる機会はあったわけだが、教室内の立ち位置、生きているカーストが違いすぎたため、交流などは皆無だった。
斉藤さんのこれまでの立ち位置や、早見の暴力的な志向からして、あまり仲良くなることはないと思っていたが、想像以上にいがみ合っていた。
ただ共通の話題、共通の認識さえあれば、多少の歩み寄りは可能だろう。
魔女専用フリマアプリの利用者という共通項がある。
日曜日ということもあり、お互いの家からほど近い豊平の東光ストアで合流することになった。暇を持て余した高齢者や、お金のなさそうな中高年が座していることの多いフードコートだ。平岸高校の生徒があまり積極的に利用することはないので、選ばれた。
今後のことを考えてのチーム神山での交流会兼親睦会を兼ねている。
ということを斉藤さんには伝え済みだったはずだが、
「前提条件についての理解がまだ薄いです。この女狐を殺害しないで、自由にして、しかも一緒に行動を共にしようだなんて。神山様はドМなのですか? そうであるなら我慢します」
斉藤さんは本気のようだった。
目の前というか、数センチ隣の距離にその女狐が座っているまったく遠慮なく言い切っている。もともといじめっ子集団相手にも一歩も引かずに立ち向かうのが斉藤さんだ。
数センチ隣でそんな暴言を吐かれている早見はまったくどこ吹く風で、自分の分だけ購入した自販機で買った某チョコミントアイスを口に含んでいる。
相手にしていないといわんばかりだ。さしずめいじめっ子らの言動に対して何もいうことなく睨み返し続けた斉藤さんのようだ。
それからも二、三言同じような罵声を斉藤さんは浴びせたが、早見は全く反応なくスマホをいじっていた。相手にしていないよ、と伝えているようだった。
利発な斉藤さんはそんな様子に自分が相手にされていないことをすぐに察したらしく、顔を赤くする。
「少しは何か喋ったらどうですか? 社会性がなさ過ぎて居心地悪いです」
早見はスマホから視線を外さない。
「幼稚園児と本気でやりあう必要ある? なくない? それに決めるのは神山。無理に幼稚園児の年少さんと仲良くする必要ないでしょ。ところで駄菓子いる? 奢ってあげるけど」
気にしていないような振りしてきちんと言葉の暴力で煽っているあたり、多少は斉藤さんの暴言にダメージは受けているようだ。ただきちんとそれを耐え抜いたうえで、それ以上の球を投げることを忘れない。こわ。
「お昼にしよう。高校生にしては色気はないが、好きなものを頼んで構わない」
早見はそんな言葉に素直に席を立つ。「ちょうどお昼抜いていたから」タピオカドリンクとアイスを食べ終えたばかりであるが、女子高生の食欲をなめてはいけないようだ。
斉藤さんは非難がましく、説明を求めるように睨んでくる。神山は根負けして財布を取り出して席を立つ。
「アイスでもいる?」
「説明の方が必要ですね」
「アイス食べながら話すよ」
「では苺練乳バーでお願いします」
神山は言われた通りのアイスを購入し、自分用にブラックチョコを買った。
斉藤さんは苺練乳バーを頬張りながら、ジト目をやめてくれない。
「どうして、早見さんを拘束しない、スマホを奪わなかったなどの理由だけどね」
「どうしてあの陽キャを殺害して死体を処理しなかったのか、聞きたいですね」
「それはさすがに高校生には無理ではないかな」
「pay子アプリに、そういうことを頼む魔法をオーダーすればいいと思います。多少の金銭はつかいますが。なぜ殺さなかったんですか? 陽キャの行動はまぎれもなくあなたの命を狙ったものでした。殺害するべきです。現在もその想いは変わりません」
殺害願いをだされている陽ギャルは、讃岐そば屋の前にいた。イメージだが、トッピングを大量にされたそばを持ってきそうだ。
「pay子アプリに関しての詳細は覚えている?」
「丸暗記しております」
斉藤さんは【譲渡】を経由しないと魔法を使えない。ただアプリの子細については、神山よりも深く理解しているだろう。
苺練乳バーをくわえながら、斉藤さんが説明を待っている。神山はとつとつと、早見を制圧してからの顛末を説明した。
・
斉藤さんには先に帰宅してもらった。あまり人にはいえないことをするから、自宅待機していて、と伝えた。その言葉を聞くと、神妙な顔を赤くさせて「そいつは神山様に牙をむきました。そうなることも致し方ないしだと思います。わ、わからせてやってくださいぁっ!! ざ、罪悪感などはもたずに思う存分ヤッてしまっていいと思います!」
などと頬をさらに桃色に染め上げながら、走っていってしまった。なにを想像もとい妄想しているのか、は深堀しないことにした。
早見のスマホからpay子アプリをひらいて、魔法の詳細を調べた。
魔法効果の無い人物の意識停滞魔法、の効果はまだ十分ほど残っていた。
軽くお話して説得するには十分な時間だ。
早見は教室の椅子に座ってもらっている。両腕を背もたれのほうへ回してもらって両手首はガムテープで縛ってある。両腕と背もたれの部分はゴムで締めてある。神山は金属バットしかないが、肉体強化などの魔法がすでに切れているのでこれで十分だった。
早見はこれからなにをされるのか想像しているのか、少し顔色が悪い。まるで神山が性的な犯罪者のような絵面だった。心外だ。
シンプルに逃走されないような措置をとっているに過ぎない。それに性的なことに関しては美容室「えでん」のバイトちゃんである美海(22歳)や自宅近くのコンビニバイトちゃん佐緒里(19歳)がいるので、別に困っていない。
ただ知りたいことがある、頼みたいことがある。そのための交渉を有利に進めるために、拘束し、金属バットを構えているだけだ。
「少しはお話してくれる気分になったかな」
「ヤるんだったら、早くすませて。だるいから」
「女子高生に興味はないよ。あと処女を受け持つほど度量はない」
「男が好きなのね?」「この話はデリケートだからもっと仲良くなってからしよう」
話を進めることにする。
「どうして僕を襲うことにしたんだい?」
椅子に縛られたままの女子高生がにっこり笑う。
「もう少し仲良くなったら教えてあげるよ」
「好感度が足りないということか。わかった」
神山は背もたれの裏に手を回すと、ゴムの結びをゆるめた。
ガムテープもゆっくり剥がす。
「は?」
「把握した。これも返すよ」
世界随一著名なネズミのキャラクターがモデルになっているスマホカバーをつけているスマホを、スカートの上に置いた。
「できれば命を狙うことはやめてほしい。二度目はさすがにもう加減できる気がしない」
「見た目よりも、あんた、馬鹿なの」
早見は拘束を解かれたのに、椅子に座ったままだった。
「まだなにもわかってないでしょ? 襲われて撃退してなにもわからず解放するの?」
「早見がアプリ利用者と分かった。これだけ魔法も購入していれば、最低利用者になることもないだろう。今度は僕から連絡する。たぶん、一緒にいたほうがよいと思うから」
「なんで」
「もしもルールが牙を向いてきたとき、魔女専用のフリマアプリについて相談できる相手がいた方が安心できるだろ? いざとなったとき、誰が味方で誰が敵かわからなかったら、ほんと怖いと思う」
「まるで自分はわたしの味方だよって言いたげね。今さっきわたしに命を狙われていたことを忘れたの? 健忘症?」
「肉体強化をつかって机椅子をぶん投げまくっていたことは覚えている」
「なら、ドを越したマゾ体質ね」
「利用者同士で争う必要が本当にあるのか、僕は見極め中だ。早見はなにからしらの理由をもって僕を襲ってきた」
「お金のためかもね」
「だとしても悪意はない。推測だが、君は仕事として行動したと思っている。個人的な恨みや、人間性的に悪意をもって攻撃しにきたわけではない、と感じている」
「仮にそうだとしても、暴力的な力をもって、あんたを襲いにきたという事実は変わらない。なのにあんたはなにもしないでこれでおしまいにするんだ。脳天気だね。平和ボケが過ぎない?」
「かもしれない。実は早見がどんなに本気で襲ってきても、どうにでもなるって見くびっているかもしれない」
「それ本音でしょ。あんた性格悪いね、やっぱ」
「かもしれない。でも出きれば早見を攻撃はしたくない、これはガチ」
「なんで」
「顔がタイプだから」
「顔が、ね」
「顔だけね」
神山は自分の連絡先を書いておいたノートの切れ端を、スマホ上に置いた。
「気が向いたら、LINEでも送ってほしい。利用者同士は争うではなく、共生するべきと思っているのも、ガチだから」
神山は返事を聞かずに、椅子に座りっぱなしの早見を残して、教室を出た。
今度あの根暗も一緒に話してもいいよ、と返事が着たのは、それから数分後のことだった。少しは認められたかな、と神山は思った。
・
「ということがあり、今日がその少しお話をする日になったんだ」
説明を終えるまでに、斉藤さんは新しい苺練乳バーをくわえていた。少し長くなったので、早見もトッピングが二郎系のマシマシ状態になっている讃岐うどんをすすっている。特につっこみや補足もなく話が進んだので、先日の会話をそのまま伝えていた。
「つまりこの女狐が襲ってきてから今日まで、特にこれといってアプリに関しても、女狐が襲ってきた目的についても進展していないということですね」
今日の斉藤さんは辛辣だった。無能がっ! と言外に込めている。
「今日進展するよ。最低利用者が発表される」
「それはそうです。でもやはり拷問でもおこなって、多少の情報を引き出すべきだと思います。この女狐はそれだけのことをしました。神山様が一人のときを狙って、校内を無力化したうえで、フリマアプリにもろくな魔法がないことを把握したうえで攻撃してきた。威力偵察とは呼べません。本気の攻撃意志があります。偶然の事故ではないんですよ? 殺意があったと考えるべきです」
そんなことを真横で言われ続けても、早見は額に汗をかきながらうどんを食べることに集中している。神山は気付いた。板挟みという状況かもしれない。
「校内でやりあっている最中も確認したけど、本気で殺害が目的であるなら、不意をついて背後から刃物で攻撃してきたはず。声をかけることなどはしない。彼女は自らの肉体強化からの正面から攻撃してきた。攻撃意図はあったが、殺意以外の意図があった、と考えることが妥当ではないかな」
「机椅子を投げ飛ばして壁を突き破っています。それが人体、たとえば頸椎など当たりどころが悪ければ、十分死傷していたと考えられます。神山様の認識は優しすぎます」
「文句あるならさ、自分で排除すればいいんじゃない? 実力で。力はあるんでしょ。シュウジくんに魔法もらえば」
早見はごちそうさまでした、と手を合わせながら、スープまで飲み干して箸を置いた。
斉藤さんの額にぴくぴくと苛立ちマークが浮かんでいる。安い挑発だった。そして斉藤さんはきちんとそれに乗るようだ。
「神山様に対してずいぶん軽薄な言いようですね。あなたは実質的に捕虜のようなものなんですよ。少しは遠慮を覚えた方がいいと思います」
どこからもってきたのかつまようじで歯のあいだのカスをとりながら、早見が半笑い。
「なんだよ捕虜って。こんなに自由に行動できる捕虜がある? 少しは歴史を勉強しなよ根暗。あとシュウジくんって呼ぶ方がむかつくなら、素直にそういえば」
シンプルなパッと見だけで判断するなら、あまり学業を修めていなさそうな早見の物言いに、斉藤さんの苛立ちマークが増える。でも仕方がない。いかにも遊んでいそうな、数学なんて将来役に立たない等うそぶいていそうな容姿をしている早見だが、学力テストでは常に一桁上位に食い込んでいたと思う。神山も同じような順位にいたので覚えている。斉藤さんは少なくとも上位組ではない。
「軽薄そうな身なりしていて、実際は将来のことが不安でしょうがないんですね。チキン娘ですね」
「大丈夫だよ根暗。日本って世界は馬鹿でも生きていける程度に許容されている。年収二百万以下の生活なら誰でもおくれるんだ。そんなに生きることを怖がらないでいいよ」
かわいい女子高生がとんでもない顔でにらみ合っている。これは客観的にみる限りは修羅場なのだろうか。こわいこわい。
「怖がっていません。あなたが臆病者ですね、と指摘しているだけです」
「生きていくために必要最低限の行動すら出来ない根暗に指摘されるようなことはないねー」
もうハッキリと睨みあっていた。仲良くなることは不可能なのだろうか。
食事も終えたので、解散することにした。
今日の結論は、現状維持、停滞続行。
案の定、斉藤さんは不愉快そうに独りで歩いて帰っていき、早見はニコニコしながら「苦労するねー」とママチャリを漕いでいった。
言葉の上では、殴りあっているが、お互い本音の本音を言葉にしあえる関係というのは、かなり希少だと思う。
見た目的にもカースト的にも最上位の早見と仲良くやりあっている光景が広まれば、斉藤さんに手を出してくるいじめっ子も自然といなくなるだろう。
あとは最低利用者がどういうふうな扱いになるか、次第だった。
神山の想像通りであるなら。
最低利用者が決まったあとは、こんなほのぼのした日々は、終わりを迎えるはずだ。
だから今日という一日は希少だったと思う。
なにも考えず、ただ気持ちよく感情をさらけ出して楽しくやりあえる、萌え四コマ漫画みたいな日常。
それは奇跡みたいな平和の上に成り立っているのだから。
そしてフリマアプリ利用者の元に、最低利用者決定のメッセージが届き。
日常が終了した。




