- 6 - 淡路交通バス 淡路IC~洲本IC
1日目
高速神戸>>山陽明石>>明石港>>岩屋港>>淡路IC【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
淡路交通の福良行の路線バスは、高速道路沿い、淡路インターチェンジのバス停に静かに停まった。
低く唸るエンジン音が、朝の空気にゆるやかに広がる。
定刻は7時46分だが、やや遅れているらしい。
四人は座席に腰を下ろし、荷物を棚に収める。
通路を挟んだ向かい側には、まだ数名の乗客が静かに座っている。
ひまわりは窓に顔を近づけ、外の景色に目を凝らした。
バスは神戸淡路鳴門自動車道を進み、次の目的地である洲本インターチェンジへ向かっている。
スマホの画面を見つめたまま、ひまわりがぽつりとつぶやく。
「行ってみたかったな」
「また、言っているね」
桜は微かに笑みを浮かべ、視線を窓の外へ戻した。
ひまわりがどこを思い浮かべているのか、桜にはなんとなく分かっているようだった。
緩やかなカーブを描く高速道路は、丘陵を縫うように伸びる。
遠くの緑の稜線は朝の光を受けて淡く輝き、途中で小さな畑や点在する民家がちらりと姿を現す。
淡路の海はほとんど見えず、肩をすくめるひまわり。
「それで、テレビで見たんやけど、この近くに大きなりんごの建物があるらしいで。ハローキティ アップルハウス……。でも、今回は行かれへんやろ」
“HELLO KITTY APPLE HOUSE”。淡路島西海岸エリアにある、2022年にオープンした展望シアター。ハローキティのりんごのおうちとしては世界最大級で、地上から屋上までの高さは十五メートル。
桜は笑いながら窓の外を見た。
「そっか。残念やけど……海にも近いし、きっと景色はええんやろうね」
バスは淡路島東側を進む。HELLO KITTY APPLE HOUSEは西海岸エリアにあって離れている。
姿は見えないが、桜はその光景を思い浮かべて微笑んだ。
カメリアは窓の反射に映る景色を眺め、小声でつぶやいた。
「このあたりの地形はね。一見すると平らだけど……傾きや変化が多い。興味深い場所なんだよ」
ひまわりは窓の外を見やり、ゆるやかに波打つ丘陵や点在する集落に目を向けた。
丘の谷間に広がる畑や民家が、朝の光を受けて少しずつ表情を変えていく。
軽く手を置き、弾むように声を上げる。
「見て見て! あの畑、きれいに並んどるやん。緑が波みたいで、めっちゃええなあ」
桜も窓に顔を近づけ、ひまわりの指さす先をのぞき込む。
どこか楽しそうに、やわらかく相づちを打った。
「ほんとだね。朝の光の当たり方で、ちょっとずつ色が違って見える」
楓花はその様子を横目で確認し、必要な分だけ景色に視線を走らせる。
感想というより、観察結果を置くように、ぽつりと言った。
「光の角度の問題ね。反射と影で、同じ色でも違って見えるだけ」
カメリアが小さく頷く。
ひまわりは満足そうに窓越しの景色を胸に刻み、柔らかい風と光を全身で感じ、小さく笑みを漏らした。
カメリアは窓の外を見つめたまま、口を開いた。
「淡路島はね。もともとは本州と地続きだった。六甲山のふもとを走る断層と、野島断層のずれで地盤が沈み……そこに海が入り込んで、今の島になったんだよ」
「野島断層って、あの震災のときのやつ?」
ひまわりが興味津々に問いかける。
前髪の隙間から、なだらかな山の稜線を覗き込み、目を輝かせた。
野島断層は、淡路島北部を南北に走る活断層だ。
1995年1月17日、この断層を含む断層帯が動いたことで、阪神・淡路大震災が起きた。
とくに野島断層では、地面そのものが裂けるようにずれが現れ、「地表地震断層」として確認されている。
その断層を保存しているのが、野島断層保存館だ。
震災で地表に現れた断層を、そのままの形で残した場所である。
ただ、今回の旅程には含まれていない。
そのことは桜も承知していたし、接続を組んでいる楓花なら、なおさら分かっている。
一方で、カメリアとひまわりは、このことをまだ知らない。
彼女たちはいつも直前で知らされる。それを含めて、旅の楽しみとして受け止めているのだ。
さて、ひまわりとカメリアの話の続き――。
「そうだね。野島断層もあるし、それに淡路島には中央構造線――メディアンラインも通っている。大陸プレートに挟まれていて、断層が複雑なんだ」
カメリアは少し間を置いて、続けた。
「数十万年前までは、本州とつながっていた。
東は大阪湾。西では断層のずれで地盤が沈み、湿地に海水が入り込んで……それで、島になった」
カメリアは静かに言葉を紡ぐ。
そこには、知識への興味と、この土地へのささやかな敬意が混じっていた。
楓花が小さく相槌を打ちながら言った。
「なるほどね、なるほど……魚の多様性も、この地形と関係ありそうだ」
「だから東の海は深くて、西の海は浅いんやね」
ひまわりは、なんとなく知っていたことを口にしながら、見えないはずの海の中を胸のなかに浮かべた。
「そうだね。この複雑な地形のおかげで、淡路島の海は魚の宝庫になった。深い海と浅い海が混じり合って、いろいろな魚が育つ」
カメリアは淡々と続ける。
「だから昔の大和王朝は、淡路、それから若狭と志摩を“御食国”と呼んで、御所へ海の幸を献上させていたんだ」
必要なことだけを、静かに並べる口調だった。
めずらしく、カメリアは少し長く語った。
おそらく最近、日本の古代史の文献に触れたばかりなのだろう。
桜ほど体系的な歴史好きではないはずだが、要点を外さず、余分を削ぎ落とした説明は、専門家めいてさえいる。下手な歴史教師より説得力がある、と感じさせるあたりが厄介だ。
歴史好きの桜にとって“御食国”の話自体は既知の内容だった。それでも、カメリアの語り口には一目置かざるを得なかった。知識を誇示しない者ほど、知識は重い。
一方ひまわりは、“御食国”という言葉の響きに反応し、どこかで見た海鮮料理の写真を思い浮かべたのか、無意識に喉を鳴らす。
楓花はといえば、すでに車窓や歴史談義から意識を離し、次のバスの接続時刻を頭の中で確認しているらしかった。
カメリアはそんな三人の反応を、窓の外を見つめたまま静かに受け止めていた。
「あの鳴門の渦潮もね、こうした複雑な地形が生んだものなんだ」
彼女はそっとつぶやいた。
――淡路島の南方、四国との間にある鳴門海峡の渦潮は、世界でも最大級の潮流を誇る。
大潮の頃には、月と太陽の引力が重なることで潮位差が大きくなり、海水の流れは非常に速くなるのだ。
バスは緩やかなカーブを描き、丘陵を進む。
山深い区間では車内の明るさが変わり、窓の外の緑の稜線も濃い影を帯びていく。
ときおり海が覗くが、防音壁に遮られ、その瞬間は長くは続かない。
ひまわりは窓の外をぼんやり眺めて、ぽつりと言った。
「なあ……あのりんごの建物、このへんにあるんやんな。いつか行ってみたいわぁ」
「出発のときも同じこと言ってたよね」
桜がくすっと笑って、やわらかくからかう。
「ほんと、未練たっぷりだなあ」
ひまわりは肩をすくめて、にやっと笑う。
「えー、だって楽しそうやもん。見えるものは見たいし、行けるところは行きたいんやもん!」
桜は窓の向こうに広がる丘陵を眺め、やわらかく頷いた。
バスは淡々と進み、小さな集落の脇を通過する。瓦屋根や白壁が、緑の丘に点々と浮かんでいた。
朝の低い陽を受けた光が窓に揺れ、四人の表情もそれぞれの興味に彩られていく。
8時23分、洲本インターチェンジが近づき、バスは減速した。到着はほぼ定刻だ。
緑に包まれた丘陵が窓の外を流れ、旅は次の目的地――洲本の市街地へと向かっていった。




