- 17 - 徳島バス 霊山寺前~池谷駅前
3日前
琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出>>高松>>高松築港>>一宮>>栗林公園>>栗林>>板東【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
女子高生の四人は、阿波国一宮・大麻比古神社を後にした。
少し勾配のある参道を下りながら、足取りは自然と速くなる。目的地は、列車を降りたJR板東駅――の、はずだった。
「列車、何時やったっけ?」
ひまわりが、息を整えながら聞く。明るい茶髪のポニーテールが、歩調に合わせて左右に揺れていた。
「15時20分、だったかな」
桜が、わざと少し曖昧に答える。
腰まで届く黒髪のストレートが、背中でさらりと揺れた。歴史好きだが、首から下げた黒ボディの高級コンデジが、彼女のもう一つの顔でもある。
ひまわりは半信半疑のまま、スマホで時刻を確認した。
「あと三十分弱やね。ちょっとはゆっくり歩こうや。朝からこのペースやと、身体もたんわ」
それももっともだった。
鉄道旅とはいえ、今日は朝から金刀比羅宮に始まり、丸亀城、高松城、田村神社と歩き――いや、ほとんど走り続けている。足の裏が、そろそろ抗議を始めていた。
「桜は知ってるくせに」
楓花が、歩きながら言った。
「帰りは板東駅じゃない。池谷駅よ」
黒髪のミニボブを低くまとめ、銀灰色のスクエア眼鏡の奥で、琥珀色の瞳が淡々と前を見ている。地図も時刻表も、すでに頭の中だ。
「池谷駅?」
ひまわりが聞き返す。
「板東駅の隣だね」
今度はカメリアが応じた。
「鳴門線から来る列車で、徳島に向かうんでしょう?」
母が英国人で、幼少期を海外で過ごした彼女は、腰まである銀色の髪と淡い青の瞳を持つ。静かな口調だが、理解は早い。
「正解」
桜が軽く頷く。
「高徳線の板東駅で徳島行きを待つと、次が遅すぎるの」
楓花が補足する。
「だから池谷まで出て、鳴門線からの列車に乗る。効率優先」
板東駅に停まる列車は少ない。
一駅先の池谷駅は、高徳線と鳴門線が合流する結節点であり、そこまで出れば選択肢が増える――それが楓花の計算だった。
「つまり、一駅分歩くってことだね」
カメリアが、さらりと言う。
「……また走りやん」
ひまわりがぼやいた。今日、何度目か分からない。
普通ならタクシーという選択肢もある。
だが楓花にとって、それは最後の手段だった。青春18きっぷの旅なのだから、鉄道で補えない部分は路線バス――それが彼女のルールだ。
「とりあえず、足止めないで」
楓花が言う。
「急ぐよ」
四人は駆け足で参道を下る。
行きはドイツ館経由だったため、まともに通らなかった八百メートルの参道が、今は真正面から姿を現す。石灯籠が並び、緑の並木が夏の日差しをやわらかく遮っていた。
その先に、朱色の大鳥居が立っている。
「こんな立派な鳥居、あったんやなあ」
ひまわりが、振り返って言う。
順序は逆になったが、長い参道を抜けて、ようやく神社の入口を実感した形だった。
高速道路の高架を越えた先に、霊山寺の前へ出た。
行きにも通ったはずの場所だが、そのときは気づかなかったものが、今ははっきりと見える。
「……バス停、あるやん」
ひまわりが足を止めた。
徳島バスの標識が、何食わぬ顔で立っている。
カメリアが一歩近づき、時刻表を確かめる。
指先が、迷いなく一行を追った。
「ポートレース鳴門行き。池谷経由……これ、使えるね」
そして時刻は、"15時8分"。
「ギリギリ間に合うやん」
ひまわりは、桜と楓花を交互に見た。
言外に含まれた非難を、二人とも理解している。
「桜が悪いんだよ」
楓花が、少しだけ視線を逸らして言った。
この路線バスの存在を、知らなかったわけではない。
むしろ、当初から利用するつもりでいたのだ。
「話の流れで、言い出しにくくて」
桜は悪びれず、むしろ楽しそうですらある。
歩く案が出た以上、それを崩す理由をあえて示す必要はない。そのほうが、旅としては面白い――そう判断したのだろう。
カメリアは、池谷駅までの距離こそ把握していたが、路線バスの経路や時刻まで知っていたわけではない。
表情には出さなかったが、内心では「してやられた」と思っていたに違いない。
ほどなくして、徳島バスの車両が霊山寺前に滑り込んできた。
到着は15時10分。定刻よりわずかに遅れている。
淡い白色の車体に、赤と青のライン。
地方路線としては、ごく標準的な姿だった。
「乗るよ」
楓花が先に乗り込み、三人がそれに続いた。
バスは県道を外れ、途中から旧の撫養街道へと入っていく。
鳴門の撫養から阿波国西部の池田へと続く古道で、吉野川の北側を走ることから、かつては川北街道とも呼ばれていた。
現在、その名で呼ばれるのは、整備された県道のほうだろう。
旧街道は、すでに歴史の中へ半分ほど身を隠している。
JR高徳線の踏切を越えると、左手に寺が見えた。
「……十輪寺」
カメリアが、思い出すようにつぶやく。
「たしか、四国八十八箇所の一番前札所だったね」
「前札所?」
ひまわりが聞き返す。
鳴門の撫養港から霊山寺へ向かうお遍路たちは、その道すがら、この寺に立ち寄ったと伝えられている。
空海がここで僧を集め、霊場開創について語った――という話もあるが、それが史実かどうかは別問題だ。
「巡礼が体系化されたのは江戸時代。話としては、後から整えられたものだろうね」
それでも、この場所が「始まりの前の一歩」として意識され続けてきた事実は、否定しようがない。
「四国の空海人気は、なかなか根が深いね」
楓花が、少しだけ皮肉を込めて言った。
車窓から見える本堂は新しい。
飛鳥時代創建とされる古刹だが、戦後に建て替えられたものらしい。
旧街道沿いとはいえ、景色はごく普通の住宅地だった。
ときおり、格式を感じさせる屋敷が現れる以外は、どこにでもある地方の町並みだ。
やがて家並みが途切れ、田畑が広がる。
道幅は狭く、路線バスが通るには心許ないが、地域の生活路線としては、これが最適解なのだろう。
再び踏切を越え、道はさらに曲がり、池谷駅前のバス停に到着した。
時刻は15時15分。
徳島行き15時20分発の列車には、間に合う。
「間に合ったね」
桜が言った。
「バスは遅れることもあるから」
楓花はそう言いながらも、計画が崩れなかったことに、内心では満足しているようだった。
バス停から駅までは、ほんの少し歩く。
通りと呼ぶには控えめな道の先に、茶色い屋根の木造駅舎が現れた。
駅前には、個人経営らしい食堂と喫茶店が一軒ずつ。
多くはないが、何もないよりはずっといい。
池谷駅は、高松と徳島を結ぶ高徳線と、鳴門へ向かう鳴門線の接続駅だ。
V字形に分かれる線路の配置は、機能としては合理的だが、どこか落ち着かない印象も与える。
改札を抜け、青春十八きっぷの効力を、ここでも改めて実感する。
そして鳴門線ホームへ向かう階段を上る。
屋根のない吹きさらしの階段の手前、V字の線路の奥に小さな空間があった。
鳴門名産の大谷焼の睡蓮鉢や壷が並ぶ、即席の庭園のような場所だ。
その奥に祠があり、狸の焼き物が鎮座している。
「段四郎大明神?」
説明書きによれば、この地に棲んでいた総領狸が、駅の開業で住処を失い、祟りをなしたという。
そこで祀ったところ、災いは収まり、代わりに交通安全や商売繁盛の利益をもたらした――とある。
「……おそるべき狸やな」
ひまわりが、素直に感想を漏らした。
「行くよ」
楓花の声に促され、四人はホームへ向かう。
鳴門行きと徳島行きの列車が、並んで停車していた。いずれも15時20分発だ。
どちらもディーゼルカーで、電化とは無縁である。
「こっちの徳島行きに乗る」
楓花が指さした。
列車はやがて静かに発車し、四人は徳島駅へと向かった。




