- 1- 霊山寺
3日目
琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出>>高松>>高松築港>>一宮>>栗林公園>>栗林>>板東【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
13時46分、徳島行きの各駅停車が板東駅に到着した。
有馬桜、真砂楓花、葺合カメリア、御影塚ひまわり――四人の女子高生がホームに降り立つ。
単線の軌道に、控えめな佇まいの駅舎。
待合室には、色とりどりの座布団が、きちんと並べられていた。
四国八十八ヶ所の第1番・霊山寺と、第2番・極楽寺の最寄り駅。
そのせいか、駅舎の外観も、どこか寺院を思わせる落ち着いたつくりだ。
「ここから徒歩で、大麻比古神社かな」
銀色の長い髪を揺らしながら、カメリアが確認する。
阿波国一宮として知られる神社だ。
「そういえば、ホームに赤い鳥居があったけど、あれって、その神社なん?」
ひまわりが首をかしげる。
「そうらしいね」
楓花がうなずいた。
「まあ……それも、あるかな」
桜が、少しからかうような口調で言った。
「せっかくだし。ついでに、霊山寺も行ってみたい」
――やっぱり、そう来たか。
楓花は内心で、そう思う。
板東駅から大麻比古神社までは、徒歩で二十分以上かかる。その途中に、霊山寺がある。
四国八十八ヶ所の「第1番」と聞いて、桜が素通りするはずがない。
「それと、ドイツ館ね」
「え。ドイツ館!?」
楓花にとっては、完全に想定外だった。
慌てて眼鏡越しにスマホで地図を確認すると、「鳴門市ドイツ館」の表示がある。ただし、進路からは少し外れている。
徒歩何分か、頭の中で計算しながら――
「とりあえず、急ごう。たぶん、あんまり時間がない」
「やっぱり、こうなるんや」
ひまわりが、半ばあきれたように言った。
まずは霊山寺へ向けて歩き出す。
進行方向は、吉野川とは反対側だ。
阿波国――現在の徳島県は、まとまった平野部が少ない。
吉野川の流域だけが東西に細長い平野を形づくり、ほかは、徳島市南方を流れる阿賀川の下流域に、わずかな平地が見られる程度である。
途中、撫養街道へと入る。
吉野川の北岸に沿って、鳴門の撫養から池田へと延びていた、かつての阿波国の主要街道だ。
もっとも、この辺りの道幅は狭く、江戸時代の建物は残っていない。
それでも、昭和の匂いを残す商店がぽつぽつと並んでいる。
「……静かだね」
ひまわりがぽつりと言った。
地方都市の商店街に共通する、あの物寂しさが、ここにもあった。
しばらく撫養街道を歩いていると、右手の古い民家の傍らに、一本の石柱が立っているのが見えた。
「大麻比古神社」
楓花が、刻まれた文字をそのまま読み上げる。
「ここを右ね」
言われるままに角を曲がると、今度は道路の両脇に、対になるように石柱が立っていた。
右の石柱には「四國第一番」、左の石柱には「霊場霊山寺」と彫られている。
「どっちも、同じ方向やね」
ひまわりが頷いた。
まずは霊山寺へ向かうことになった。
この道が、霊山寺の門前通り――「一番門前通り」だという。
だが、名前とは裏腹に、通り沿いに並んでいるのは、ごく普通の住宅ばかりで、いかにも門前町といった雰囲気はない。
しばらく歩くと、東西に走る車道に突き当たる。
その真正面に、霊山寺の山門が、唐突なほどはっきりと姿を現した。
霊山寺に到着する。
まず、入母屋造の山門が、四人を迎えた。
山門をくぐると、多宝塔と大師堂。
石段を上った先に、本堂がある。
霊山寺の境内は、想像していたよりも広く、そして静かだった。
六百年近い歴史を持つ多宝塔は、山門をくぐって少し奥にあり、派手さはないが、時間の重みだけが確かにそこに残っている。
「でも、最初に見るべきは、こっちかもね」
カメリアが指さしたのは、山門を入ってすぐ左手だった。
手水舎のすぐ脇に、ひっそりと石の観音像が立っている。
「これが“縁結び観音”」
言われなければ、通り過ぎてしまいそうな場所だ。
実際、参拝客の多くが見落としてしまうらしい。
この観音像は、いわゆる男女の縁だけでなく、健康や仕事、幸せなど、あらゆる「縁」を結ぶ観音として知られているという。
水をかけて祈る“水かけ観音”でもあり、石肌には、長い年月をかけてかけられた水の跡が残っていた。
「縁って、そんなに都合よく結べるもんなん?」
ひまわりが、半信半疑といった口調で言う。
「都合よく、というより……願いを整理する場所なんじゃないかな」
桜が、珍しく穏やかな声で答えた。
そして、本堂へ向かう。
その途中、左手には、等身大の十三仏の石像が並んでいた。
「この十三仏って……」
ひまわりが、カメリアを見る。
「うん……」
少し戸惑いながらも、記憶を掘り起こし、指を折って数え始める。
「不動、釈迦、文殊、普賢、地蔵、弥勒、薬師、観音、勢至、阿弥陀、阿門……あと、二つ」
一瞬詰まってから、
「大日と、虚空蔵だね」
「すご……」
ひまわりと楓花が、ほぼ同時に言った。
カメリアの暗記力は、相変わらずである。
十三仏とは、初七日から三十三回忌まで、追善供養に割り当てられた仏たちのことである。
その頃、桜はというと――
「先に、御朱印もらってくるね」
と、すでに前へ進んでいた。
そして本堂へ。
本堂は、拝殿と奥殿が一体となった構造をしている。
中央の天井には龍が描かれ、その下には、いくつもの吊り灯籠が連なって下がっていた。
「幻想的やね」
カメリアが、思わずといった調子で感想を漏らす。
「今にも動き出しそうな龍やん」
ひまわりは、天井を見上げたまま言った。
読経の声と、線香の匂い。
それらに包まれているうちに、自然と気持ちが静まっていく。
本堂の一角には、火災除けとして知られる「火伏のお札」が置かれていた。
火事が多い時期になると、これを求めて訪れる人も多いのだという。
「昔は、火事って、今よりずっと身近だったというからね」
楓花が、少し抑えた声で言う。
信仰というものは、こうした切実な不安と隣り合わせに生まれてきたのだ――
桜は、そんなことを考えていた。
「ここが、第1番なんだね」
御朱印を受け取った桜が言う。
寺伝では、空海が四国霊場を開き、札所と札所番号を定めたことになっている。
だが、これは史実とは言いがたい。
空海が八十八の札所を定めた記録はない。
四国遍路は、後世の人々が空海ゆかりの寺々を結び、霊場として形づくったものと考えられている。
江戸時代、巡礼が広まると、真念が『四國邊路道指南』を著し、巡礼路は一定の姿を得た。
こうして「四国八十八ヶ所」は定着していく。
大坂から淡路島を経て鳴門に入る当時の交通事情から、港に近い霊山寺が第1番札所となったのだろう。
四国八十八ヶ所の第1番札所。
――すべての遍路の、出発点である。
「八十八ヶ所を、全部歩いて回ると、四十日くらいかかるらしいよ」
桜が言う。
「四十日……」
ひまわりが顔をしかめる。
「それだけで、夏休み終わってしまうやん」
「団体バスなら、十日くらいかな」
楓花が言った。
「もう、それ巡礼なのか観光なのか、分からんね」
ひまわりが苦笑する。
「でも、ここがスタートなんだね」
ひまわりが周囲を見渡す。
「たしかに、それっぽい人、いるね」
白装束に菅笠、金剛杖。
伝統的な遍路装束の人々が、何人か歩いていた。
「遍路は、必ずしも順番どおりじゃなくてもいいんだよ」
カメリアが言う。
「住んでる場所とか、都合に合わせて、どこから始めてもいい」
「へえ……」
ひまわりは、感心したようにうなずいた。
「そろそろ、行くよ」
楓花が時計を見る。
正直なところ、これ以上“遍路談義”に時間を割く余裕はない。
「次は、ドイツ館ね」
桜が、楽しそうに言う。
「とにかく、急ぎ足で」
楓花が念を押すと、残りの三人も、それに続いた。




