- 13 - JR高徳線 栗林駅~八栗口駅
3日目
琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出>>高松>>高松築港>>一宮>>栗林公園>>栗林【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
11時51分発。
列車は、徳島駅に向けて、栗林駅の高架線を静かに離れた。
車両は1000形気動車。全長21メートルのステンレス製で、車体の両端に運転台を備えている。
気動車が走るということは、非電化区間ということだ。香川県の高松と徳島県の徳島――二つの県庁所在地を結ぶ主要路線でありながら、JR高徳線はいまも電化されていない。
「ここから、青春十八きっぷの旅、再開やね」
楓花が、ほんの少し声を弾ませて言った。
琴平から高松まではJRを使っていたが、讃岐一宮・田村神社に立ち寄るため、途中で琴電に乗り換えている。そのぶん、この区間には、ようやく“戻ってきた”という感覚があった。
列車は栗林駅を出ると、ほどなくして地上へ降り、讃岐平野を東へ進んでいく。
そして木太町駅を過ぎる。
このあたりからは、琴電――高松琴平電気鉄道の志度線と、ほぼ並行して走る区間だ。琴電の線路は、こちらより少し海寄りを通っている。
志度線は、高松市の瓦町駅と、香川県さぬき市の琴電志度駅を結ぶ路線だ。
琴電の三路線――琴平線、長尾線、志度線のなかでも、もっとも歴史が古い。
そもそも琴電は、志度線が「讃岐電鉄」、琴平線が「琴平電鉄」、長尾線が「高松電気軌道」と、前身となる会社がそれぞれ異なっている。
志度線が開業したのは1911年。まだ明治の終わりだった。
当初の起点は高松ではなく、東にある志度の町である。瓦町付近まで延びたのは、大正に入ってからのことだ。
一方、JR高徳線の高松―志度間が開業したのは1925年。
この区間に限っていえば、琴電のほうが、ひと足先輩ということになる。
しかも、瓦町から琴電志度まで、琴電の駅は十六。
JR高徳線で高松から志度までが十一駅だから、数のうえでも、琴電のほうが土地に食い込んでいる。
だが――
四人が乗っているのは、JR高徳線だった。
理由は、単純で、そして決定的だ。
青春十八きっぷが、使える。
高松郊外の住宅地が、窓の外を流れていく。
やがて左手に、平らな頂を持つ、小高い山が姿を現した。
「あれも、メサなん?」
ひまわりが、窓に顔を近づけたまま訊く。
地質のことなど、ついさっきまで一切興味がなかった顔である。
「正確には、あれは屋島ね」
答えたのはカメリアだった。
淡々と、だがどこか講義調で続ける。
「約1500万年前の火山活動でできた花崗岩の台地。もともとは瀬戸内海に浮かぶ島だった」
「屋島……」
楓花が、眼鏡の奥で目を細める。
「なんか、聞いたことある。与一の弓とか」
「ふーん。何かのゲームの武器?」
桜が、からかうように笑って、わざと首を傾げた。
「違う違う」
すぐに真顔に戻って続ける。
「屋島は、源平合戦の舞台。平家が一ノ谷で敗れて、次に拠点にした場所ね」
列車の窓の外で、屋島の台地がゆっくりと流れていく。
「源義経が、少数で奇襲をかけて」
桜は、淡々と、しかし要点だけを押さえて語る。
「平家は、大軍が来たと勘違いして、陣を捨てて船に逃げた。戦そのものは、それでほぼ決まったの」
「それで、与一の弓?」
楓花が促す。
「うん。平家物語の名場面の『扇の的』」
桜は少しだけ間を置いた。
「平家方の船から、女官を乗せた小舟が出てきて、竿の先に扇を掲げた。――射てば源氏の武名、外せば笑いもの、っていう話なんだよ」
「性格悪いなぁ」
ひまわりが、思わず素直な感想を漏らす。
「義経は、那須与一に命じた。与一は海に馬を乗り入れて、弓を構えて――」
桜は、そこでわずかに言葉を切った。記憶の中の場面を、もう一度なぞっているようだった。
「『南無八幡大菩薩』と唱えて、一射」
ほんの一拍。
効果を狙ったとも、語り手自身が情景に飲み込まれたとも取れる沈黙のあとで、
「矢は扇の要を射抜いて、扇は空を舞い、そして海に落ちた」
「……それ、外してたら?」
「自害するつもりやったらしい」
「物騒すぎる」
ひまわりは即座に顔をしかめた。
「まあ、物語だからね」
カメリアが補足する。
「でも、その話が千年近く残ってるってことは、それだけ、屋島の戦いが、源平合戦の重要な位置づけだったってこと」
「ところで、屋島って、“島”なのに陸続きなの?」
スマホで地図を追いながら、楓花が言う。
「江戸時代の干拓で」
カメリアは小さく頷いた。
「いまは地続き。でも、当時は瀬戸内海に突き出した天然の要塞だった」
「ここに大和王朝が八嶋城という山城を築いたほど、古くからの軍事拠点だったんだよ」
桜が補足する。
屋島は、現在でも景勝地として知られている。
列車は、その屋島の麓にある屋島駅に停車した。
「ここでは降りないよ」
話が盛り上がっていたので、楓花が念のために釘を刺す。
「“四国村”って博物館もあるらしいけど、観光するなら琴電の駅のほうが近いらしい」
もっとも、観光しているほどの時間は、そもそも残されていなかった。
再び列車は走り出す。
――列車は屋島駅を過ぎ、速度を上げた。
しばらくすると、左の車窓に、奇妙な形の山が現れた。
鋭い岩峰がいくつも連なり、岩肌をむき出しにして、まるで並べられた刃物が天を突いているように見える。
「うわ……なんか、これも変な形やな」
ひまわりが、思わず声を上げた。
「あれが五剣山」
カメリアが、いつもの落ち着いた口調で答える。
「一ノ剣から五ノ剣まで、五つの岩峰が並んでいる。名前の由来は……やっぱり空海だね」
四国では、空海――弘法大師にまつわる話が、地形と信仰の境目に自然と入り込んでくる。
五剣山も例外ではなかった。
空海がここで虚空蔵求聞持法を修めていたとき、天から五本の剣が降り、蔵王権現が現れて、この地が霊地であることを告げた。
空海は、その剣を山中に埋め、岩盤に大日如来を刻み、山の鎮護とした――それが五剣山の名の由来だと伝えられている。
その後、この山に開かれたのが八栗寺。
もちろん、四国八十八箇所霊場のひとつである。
――虚空蔵求聞持法が何なのか、カメリアは仏教講義の専門的なところまでは知らない。
ただ、この修行を会得すると、記憶力が増すらしい、という話だけは強く印象に残っていた。
「つまり、試験勉強には最適ってこと?」
桜が、話を軽くするように言う。
「まあ……結果だけ見れば、そうなるね」
カメリアは否定も肯定もせず、曖昧に答えた。
楓花が、別の角度から話を引き取る。
「ここは、四国で唯一、現役のケーブルカーがある場所なんだ。八栗登山口から八栗山頂まで」
少し間を置いて、付け加える。
「さっきの屋島もね。ひと昔前までは、ケーブルカーが走ってた」
四人は、五剣山の稜線を目で追った。
山腹のどこかに、八栗寺の伽藍があるはずだが、車窓からは見えない。
列車は八栗口駅に停車した。
12時4分である。
八栗口駅は、八栗ケーブルカーの最寄駅ではあるが、徒歩だと三十分ほどかかる。駅名“〇〇口”あるある、というやつだ。
実際には、琴電の八栗駅のほうが、ずっと近い。
三分ほど停車時間があり、四人はホームに降りてみる。
こういうとき、気軽に途中下車できるのが、青春十八きっぷの強みだった。
だが、駅舎はない。
道路に沿って設けられた簡素なホームで、駅前広場らしきものも見当たらない。
「……なんや、さみしい駅やね」
ひまわりが、ぽつりとつぶやいた。
「平成に入ってから、少し駅の位置が移動したらしい」
楓花が、その理由を補足する。
そして12時8分、列車は再び徳島駅へ向けて走り出す。
車窓の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていった。




