- 12 - 高松琴平電鉄 琴平線 一宮駅~栗林公園駅、讃岐うどん
3日目
琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出>>高松>>高松築港>>一宮【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
4人は、田村神社から駆け足で、高松琴平電気鉄道琴平線の一宮駅へと戻っていく。
距離は八百メートルほどだが、次の列車の発車時刻を思えば、決して余裕はなかった。
夏の空気を切り裂くように、桜の長い黒髪が背で揺れ、楓花は低い位置にまとめた団子を崩さぬよう走る。カメリアの銀色の長髪は淡く光り、ひまわりのポニーテールは跳ねるように上下していた。
本当なら、隣接する一宮寺にも立ち寄りたかった。四国八十八ヶ所霊場の札所で、御朱印を集める桜にとっては惜しい場所だ。
だが今回は遍路の旅ではない。その一言で、彼女は胸の引っかかりを振り切った。
もっとも、そんな感傷に浸っている余裕はない。
「急いで。あと二分」
楓花が腕時計に視線を落としながら、残りの三人に告げる。
その声音には焦りよりも、計画通りに物事を進めようとする彼女らしい冷静さがあった。
カメリアは、そこまで分刻みで動かなくても、と思わないでもない。だが、これが楓花の旅のやり方なのだ。
一方のひまわりは、この慌ただしさそのものを楽しんでいるようだった。あるいは、すでに慣れてしまっただけなのかもしれない。
一宮駅の改札を抜けると、10時52分発の列車は、すでにホームに停車していた。
車両を撮影する余裕はない。そう判断した瞬間、四人は迷わず乗り込む。
「ギリギリセーフ!」
ひまわりが、四人を代表するかのように声を上げた。
「駆け込み乗車は、あんまり褒められたものじゃないね」
からかうように言いながら、桜は息を整えた。
列車は間もなく発車する。
四人を乗せた車両は、一宮駅を発ち、高松築港駅へ向かって走り出した。
行きはその高松築港を起点にしていたのだから、言ってみれば折り返しの行程である。
「途中の栗林公園駅で降りるからね」
座席に落ち着いた楓花が、改めて次の降車駅を告げた。
それから、少しだけ声の調子を変える。
「この車両、もともとは大手私鉄で走ってたものなんだって」
1200形と呼ばれる通勤型電車で、現役を退いた車両を改良したものらしい。地方の私鉄が、新造車を次々に投入するのは簡単ではない。そのため、都市部で役目を終えた車両が、こうして第二の人生を送ることになる――少なくとも、楓花はそう理解していた。
使う側にとっては経済的で、車両にとっても解体されずに済む。理屈の上では、双方にとって悪い話ではないはずだ。
加えて、旧型車両が現役で走る姿を見られるという点では、鉄道好きにとっても魅力的だ、ということになっている。
琴電の車両は、空港通り、仏生山、太田、伏石、三条と停車しながら進んでいく。
つまり、もと来た路線をそのまま戻る形になる。
「これって、楓花の考えには合わないんだよね?」
カメリアが尋ねる。同じルートで折り返すのは芸がない。とすれば、路線バスという選択肢もあったのではないか、と。
「バス路線も探したんだけど、思いのほか本数が少なかった」
楓花は少し残念そうに答えた。
一宮駅や田村神社のあたりは、都会ではないにせよ、都市近郊のような位置づけでもある。それなりにバスも通っていそうなものだが、この先へ進むのに都合のいい路線は、どうやら見当たらなかったようだ。
そのやりとりを横目に、「栗林公園の近くでー」
ひまわりはスマホを操作しながら、讃岐うどんの店を探していた。
そして、「そんなに多くないね」とつぶやく。
――もっと所せましと軒を並べているイメージだったのかもしれない。
「瓦町の駅あたりなら、まだ選択肢があったのかな。知ってるところ、とりあえず案内するよ」
桜がなだめるように言う。
「知ってるん?」
「うん。昔、親と栗林公園に行ったときに立ち寄ったところ。さっき調べたけど、お店は開いてそうだった」
「なんや。早う言うてや」
「ここからJR栗林駅まで歩いて乗り換えるけど、方角は合ってる?」
楓花が確認すると、「だいたいね」と、桜が答えた。
「栗林公園」
車両のアナウンスが響く。
11時5分、列車は定刻どおりに到着した。
栗林公園駅で琴電の車両を降りた四人は、そのまま改札を抜ける。
駅舎は、木をあしらった三角形のガラス張りのデザインで、
“KOTODEN-RITSURIN-KOEN-STATION” のロゴが目を引いた。
この駅から西へ徒歩十分ほど行けば、駅名の由来でもある栗林公園に着く。
江戸時代の大名庭園で、広い敷地を持ち、北庭は回遊式の日本庭園、南側は大正期に整えられた近代庭園として知られている。高松市民の憩いの場でもあった。
実のところ、楓花が次に訪れようかと考えていたのが、この栗林公園だった。
だが、移動の途中でひまわりが讃岐うどんの話題を振ってきたことで、今回は見送ることにした。桜は以前に訪れたことがあるというし、無理に組み込む必要も感じなかった。
次の目的地への乗り換え駅――JR高徳線の栗林駅は、栗林公園とは別の方角、北のほうにある。徒歩で十分ほどの距離だ。
11時51分発の徳島行きに間に合うよう、ちょっとした寄り道ということで、“麺匠 くすがみ”といううどん屋に、桜の案内で立ち寄ることにした。
寄り道とはいえ、琴電の駅からもJRの駅からも、微妙に距離がある。
時計を意識しながらの昼食になることは、最初から分かっていた。
住宅街の中にあるその店は、二階は学習塾で、一階だけが飲食店という造りである。
昼時にもかかわらず、店の前に人影はなかった。
「並んでないやん」
ひまわりの声に、誰もが同意する。行列ができていないという事実は、それだけで予定を崩さずに済むという安心感をもたらした。
店内は、飾り気がなく、清潔で、落ち着いている。観光客向けというより、近所の人がふらりと立ち寄る場所、といった印象だ。
四人はテーブル席に案内され、メニューを一通り眺める。
「これにしよ」
桜が指したのは、ホルモンのつけうどんだった。この店の看板メニューらしい。
注文を終え、楓花が念のために所要時間を確認する。
「すぐお持ちできます」と店員が答えると、彼女は小さくうなずいた。
料理が運ばれてくるまでの間、カメリアは卓上の説明書きを眺めていた。
つけ方や、最後の食べ方が簡単に書かれている。
それを読みながら、これは“正解が決まっている料理なのだ”と思う。
ほどなくして、四人分のつけうどんが並んだ。
ざるに整えられた麺は、妙に几帳面な形をしていて、どこか工芸品のようでもある。
まずは説明で書かれていたとおり、麺だけを出汁につけて口に運ぶ。
強い主張はないが、噛むたびに、きちんと作られていることが分かる味だった。次に、出汁の中の卵を崩すと、全体が少しだけまろやかになる。
ホルモンは、見た目よりもずっと柔らかい。噛むと、脂の甘さがじわりと広がり、出汁の味に溶け込んでいく。
派手さはないが、最後まで飽きずに食べられる。カメリアはそう感じた。
食べ終えた後、残った出汁をご飯にかける。これもまた、説明どおりだった。
時計を見ると、長居をする時間はない。思ったより、余裕はなかったのだ。
「そろそろ行こか」
誰かが言い出すまでもなく、四人は席を立った。
次の列車は、待ってはくれない。
JR栗林駅までは徒歩七分。
早足で向かえば間に合うが、食後の体には少々こたえる。
一軒家の並ぶ静かな住宅地を抜けると、風景は一変し、高架の線路が現れた。
高松と徳島、二つの県庁所在地を結ぶJR高徳線だ。
「高架の駅舎なんやん」
ひまわりが、少し意外そうな声を上げた。




