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- 11 - 田村神社

3日目


琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出>>高松>>高松築港>>一宮【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

高松築港駅を出発した列車は、終点である一宮駅に、10時36分、定刻どおり到着した。

高松琴平電気鉄道琴平線――文字どおり、高松と琴平を結ぶ路線だが、この列車にとっては、ここが終点である。


「このまま琴平まで進めば、朝出発したばかりの琴平だね」

カメリアが、銀色の長い髪をわずかに揺らしながら、つぶやいた。


桜、楓花、カメリア、ひまわりの四人は、JR琴平駅を出発し、青春十八きっぷを利用してJR線を乗り継ぎ、高松駅へと向かってきたのだ。


一宮駅は、屋根のついた小さな駅舎だった。

改札を出ると、目の前に小さな花壇があり、周囲は静かな住宅地が広がっている。


“駅から歩いて十分”との話であった。

――もはや恒例になりつつあるが、

「時間がないから、急いで田村神社へ行くよ」

楓花が、三人に向かって号令をかけた。


「この旅も三日目。この展開には慣れたわ」

ひまわりが、いかにも無駄口といった調子で応じる。


「讃岐うどん食べたくないなら、ゆっくりでもいいけど」

――つまり、その時間を稼いであげよう、というわけだ。


「ほな、走るで」

楓花がぶら下げた“人参”に、ひまわりが即座に食いついた。

桜は笑いをこらえるような顔をし、カメリアはあきれた表情で、ひまわりの後を追う。


もちろん、競歩の大会というわけではない。

荷物を背負っての移動で、馬のような速さとはいかないが、それでも四人の女子高生が連れ立って急ぐ姿は、人目を引いたことだろう。

とりわけ、カメリアの銀色の髪は目立ち、振り返って二度見した人も少なくなかったはずだ。


田村神社に着いたのは、駅を出てから六分後。

かくして、人参作戦は成功し、四分間を稼ぐことに成功したのだった。




――街の喧騒がふっと途切れる場所に、田村神社はあった。

鳥居の向こうに広がる境内は、想像していたよりも奥行きがあり、どこか静かな緊張感を帯びている。


「ここが讃岐の一宮ね」

桜がぽつりとつぶやいた。

息を整えながらではあるが、境内に足を踏み入れた瞬間の感覚を、素直に受け止めているようだった。


淡路、播磨、美作、備中、備前、そして今回の田村神社で、六か国制覇だ。

「全国一宮と世界遺産をめぐるフィールドワーク」。

脱線だらけで、本来の課題はやや霞みつつあるが、それでも一歩前進したことになる。


「古くから、このあたりは信仰の中心だった場所なんだよ」

カメリアが説明する。英国育ちでありながら、日本の神社にも興味を持っていた。


古くは”定水井(さだみずのい)”という井戸に筏を浮かべ、その上に神を祀っていたという。その後、奈良時代に行基が社殿を築いたのが始まりとされている。


行基が本当に四国へ渡ったのか――などと、わざわざ調べるのは無粋というものだろう。

伝承は伝承として、素直に受け止めておくべきだと、彼女は思った。


四人は、石畳を歩き、社殿へと向かう。


「ちょっと、先に御朱印を頂いてくる」と、桜が言う。

参拝後に御朱印を授かるのは作法らしいが、参拝前に御朱帳を預けて、参拝後に受け取るというのは、桜のスタイルになってしまっている。


桜が戻ってきて、四人はあらためて鳥居をくぐり、本殿の前へと進んだ。


春日造の屋根が穏やかな曲線を描き、その奥には奥殿が続いている。

一見すれば、どこにでもある由緒正しい社殿の構えだが、カメリアの視線は、建物そのものではなく、その「下」に向けられていた。


「床下。ここに、深い淵があるって伝えられている」

静かな声だった。


「定水井……水の集まる場所ね」


「井戸、なん?」

ひまわりが首をかしげると、桜が補足する。

「井戸というより、“水脈”かな。讃岐は昔から水不足になりやすい地域だから、水が湧く場所そのものが、とても重要だったんだよ」


「せやから、水の出る場所は、それだけで神様扱いやったんやろな。ありがたそうだし」

神社の関係者が聞けば眉をひそめそうな言い方だが、ひまわりの言葉には、どこか本質を突く素朴さがあった。


それに、カメリアがうなずく。

「そうだね。龍神信仰って、結局は水を司る存在への敬意だもの。姿が龍になったのは、あとからの象徴にすぎない」


本殿の脇、田村神社の境内に並ぶ末社のひとつが、宇都伎社(うつきしゃ)だった。

ここが、この地に根付く龍神信仰の象徴である。


鳥居の上には、天へ昇るような姿の龍の像が据えられている。


「これは、すごいな」

思わず桜が単焦点カメラを取り出し、構える。

楓花とひまわりも、自然とスマートフォンを向けていた。


そして、その鳥居をくぐった先に、もうひとつの圧巻が待っている。

金色に輝く巨大な龍の像。両手に宝珠を掲げ、高さは五メートルほどはあるだろうか。

その足元には、数えきれないほどの小判が奉納され、静かに光を重ねていた。


「……これが噂の」

楓花が、どこか苦笑混じりにつぶやく。

「小判に願いを書いて、奉納するんだっけ」


「はい」

桜が応じて、不意に、一枚の小判を取り出した。

金色の表面が、朝の光を受けてやわらかく輝く。


裏返すと、そこには四つの名前が並んでいた。


有馬桜(ありまさくら)

真砂楓花(まさごふうか)

葺合(ふきあい)カメリア。

御影塚(みかげづか)ひまわり。


「これが小判か」

「ありがとう」

「いつの間に買ったん?」

三人が口々に言う。


「さっき、授与所でね」

桜は少し照れたように笑い、小判を両手で持ち直した。


四人で龍の前に進み、軽く頭を下げる。

桜が代表して、小判を胸の高さで一度掲げ、願いを言葉にせず心の中で整える。そして、そっと奉納台の上へ置いた。


金属同士が触れ合う、かすかな音。

それだけで、不思議と儀式めいた重みが生まれた。


「これで、この先の旅は、お金に困らないね」

桜が、黒髪のストレートロングを揺らしながら、からかうように言う。


「そんな都合のいい願い、通じないと思うけど」

楓花が、あえて釘を刺す。

小判一枚に四人分の名前を書く願い事は、神を困らせるだけではないか――そんな理屈が、その表情ににじんでいた。


「ええやん。金運の神様なんやし、ちっぽけなお願いやろ」

ひまわりは、あっけらかんとしている。


「うん。日本の神は、基本的におおらかだからね」

カメリアが、穏やかにまとめた。

これがキリスト教であれば、こうした物欲には「回心が必要だ」と、静かに諭されるのだろう。


四人はもう一度、金龍に軽く一礼し、境内の奥へと足を進めた。




田村神社の境内には、多くの末社が祀られている。

素婆倶羅社(そばくら)、天満宮、宮島社、姫の宮社、稲荷社……。


楓花の発する気配から察するに、一つひとつを丁寧に参拝する時間はなさそうだった。

その気配に押されるように、四人は足早に歩きながら、厳かな雰囲気だけを感じ取って回る。


「お、桃太郎や。ここにもおるや」

ひまわりが、境内の一角に立つ像を指さした。岡山でも見た光景だ。

桃太郎が、犬、猿、雉を従えている。その背後には、もう一人、女性の姿があり、桃太郎と並んで同じ方向を指し示していた。


「おばあさん?」


「違うね。倭迹迹日(やまとととび)百襲姫命(ももそひめのみこと)。いうなれば、桃太郎のお姉さん」

カメリアが即座に答える。

吉備津彦命(きびつひこのみこと)を桃太郎の原型とし、彼女をその姉に比定する説がある。これをかたちにしたものだろう。

なお、田村神社の祭神は、この二柱に、さらに三柱を加えた「田村大神」である。


――打ち切るように、楓花が三人に告げた。

「時間だよ。切り上げて、駅へ戻るよ」


慌てるように、しかしどこか楽しそうに、桜が笑みを浮かべて言う。

「うん。じゃあ、御朱印帳、もらってくるね」


預けていた御朱印帳を受け取り、四人は田村神社を後にした。

――駆け足で。

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