- 9 - 高松城
3日目
琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出>>高松【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
9時58分。
桜、楓花、カメリア、ひまわり――女子高生四人を乗せた快速マリンライナーは、静かに速度を落とし、高松駅の頭端式ホームへ滑り込んだ。
列車は行き止まりに吸い込まれるように止まり、ここが終点であり、四国の玄関口であることを、身体で実感させられる。
「……終点、って感じするね」
桜が素直な感想をこぼす。
黒髪ロングをナチュラルにまとめたポニーテール、大きな黒い瞳を持つ彼女は、他の三人も同じ感想を抱いていることを、聞かずとも理解していた。
四面九線の頭端式ホームを持つ駅は、日本でも指折りの規模だ。
腰まで届く銀色の長い髪をわずかに揺らしながら、カメリアは無言でホームの先端を見つめる。
表情に大きな変化はないが、淡い青の瞳は、駅構内の構造や人の流れを静かに追っていた。
高松駅は、かつて四国と本州を結ぶ鉄道連絡船――宇高連絡船の接続駅だった。そのため線路は港側へと突き出す形で敷設され、すべてがこの駅で終わる構造になっている。ホームも例外ではなく、すべてが頭端式。駅前広場からホームまで、段差のない設計が採られているのも、その名残だ。
「次はどこに行くの」
カメリアが楓花に問いかける。
「高松築港駅」
相変わらず、楓花の答えは簡潔だった。
「10時15分発の琴電の一宮行に乗る。終点まで」
つまり、高松琴平電気鉄道への乗り換えである。
黒髪ストレートのミニボブを低めの団子にまとめ、眼鏡の奥の琥珀色の瞳で、楓花は自然と線路配置へ視線を向けていた。
“ヨ”の字を描くように並ぶ頭端式ホームは、終着駅ならではの構図だ。同じような構図は、大阪の梅田や難波といった巨大ターミナルにも見られる。しかし、この駅は港とも直結している点で違いがあり、そのことが楓花の興味を引いていた。
「乗り換えまで、あんまり時間ないよね」
ひまわりが軽く肩をすくめる。
「十五分くらいかな」
楓花は淡々と答えた。
「……やっぱりかあ」
ひまわりは大げさに肩を落とした。
高松に来たからには、讃岐うどん――その期待が、早くも打ち砕かれた形である。もっとも、その表情に悲壮感はない。むしろ、次の楽しみを探す余裕すら感じさせた。
明るい茶髪をポニーテールにまとめ、黄色みを帯びた黒い瞳をくるりと動かす。
「で、次はどこ行くん?」
そう言って顔を上げるまでに、彼女はもう気持ちを切り替えていた。ひまわりとは、そういう女の子だった。
「琴電に乗って、讃岐の一宮まで行くの」
桜が言葉をつなげる。
「――その前に、高松城にも寄っていくけど」
「やっぱり、そうきたね」
楓花があきれたようにつぶやいた。
JR高松駅の駅舎は、瀬戸内海の玄関口としての風格を備えたガラス張りの近代的なデザイン。
宇高連絡船の接続駅でもあり、ホームはすべて頭端式で、駅前広場から段差なく続いている。連絡船廃止後も四国最大のターミナル駅としての地位は変わらない。
一方、高松琴平電気鉄道の高松築港駅は、石畳の駅前広場を挟んで徒歩三分ほど。鉄道会社は異なるが、両駅はひとつのターミナルのように結びつく。
この一帯は再開発地区「サンポート」で、港北側にはオフィスや合同庁舎、高層マンションが立ち並ぶ。駅前広場の目の前には、JR高松駅の駅舎や四国最大級のホテル、地上151メートルのシンボルタワー、本州や瀬戸内海の島々を結ぶ港旅客ターミナルビル、そして琴電の高松築港駅が集まり、これらが港町・高松の現在を象徴していた。
駅前広場の石畳の一角には「海水池」と呼ばれる円形の水面がある。隣には高松駅前花時計があり、そこへ引き込まれているのは瀬戸内海の海水だという。
開放的な石畳の広がりといい、この海水池といい、周囲の建物との調和といい、駅前空間としては驚くほど完成度が高い。
カメリアは歩きながら、これはなかなか面白い試みだ、と内心で感心していた。
駅前広場を横切るときだった。
「――錨!」
唐突に楓花が指を差す。
円形の白いビル――ホテルクレメント高松の脇に据えられているのは、かつて瀬戸内海を就航していた宇高連絡船「讃岐丸」の錨である。
「青函連絡船みたいに、船そのものが保存されてたら、もっとよかったんだけどね」
そう呟きながらも、この錨を実際に目にできただけで、楓花はどこか満足そうだった。
やがて、四人は琴電の高松築港駅へと到着する。
JR高松駅の大きな駅舎と比べると、こちらは都市部にある小さな終着駅といった風情だ。だが、その背後には高松城の石垣が控え、この土地の歴史を否応なく意識させられる。
駅舎前には、エナメル塗装で点と線だけで表現された人物像が四つ、間隔をあけて道沿いに並んでいた。むしろ駅舎や背後の城よりも、このシンプルな現代アートの方が異彩を放ち、目を引いていた。
「”銀行家、看護師、探偵、弁護士”――ジュリアン・オピーの作品ね」
カメリアが落ち着いた声で言った。
現代アートに疎い三人は首をかしげる。あとで知ったことだが、オピーはイギリスの現代美術家であり、イギリス育ちのカメリアが知っていても不思議ではない。
改札前で発車案内を確認する。10時15分発、一宮行き。出発までまだ十分ほどの余裕がある。
それを見届けてから、桜が言った。
「じゃあ、先に切符を買ってくるね」
券売機で四人分をまとめて購入する桜の動きには迷いがない。
切符を受け取ると、桜は振り返った。
「――それじゃ、高松城に寄っていこうか」
高松築港駅に隣接する高松城は、この一帯の海域がかつて「玉藻の浦」と呼ばれたことから、別名”玉藻城”ともいう。
近世城郭における海城としては日本最初かつ最大級で、瀬戸内海に面し、外濠・中濠・内濠すべてに海水が引き込まれ、城内に軍船が直接出入りできる構造だった。
三層五階の天守もあり、明治の廃城令では一度破却を免れたが、老朽化のため最終的に取り壊されている。
空襲で一部を失い、都市の拡張で縄張りも壊されたが、北の丸や東の丸には櫓や門が現存し、その保存状態の良さと歴史的意義から、日本百名城にも選ばれている。
限られた時間で城のすべてを巡ることは不可能だった。
四人は北の丸の月見櫓、水手御門、渡櫓を見て回り、三の丸の披雲閣、そして二の丸から鞘橋を渡って本丸跡、天守台へ向かう。どうしても足は速くなる。
「水手御門は、参勤交代の藩主が小舟で沖の船に移るときに使った門だよ」
桜は濠の方向を示しながら、かつて海と直結していた姿を思い描くように解説した。
「この屋根付きの橋が鞘橋。本丸と二の丸をつなぐ唯一の連絡路。戦になったら真っ先に落とされたはずだね」
桜は立ち止まるたび解説を加える。
カメリアは興味深く耳を傾け、小さく頷く。
一方で楓花は時計と線路を気にし、ひまわりは丸亀城を見たばかりで少し食傷気味だった。
桜にとって、高松城は初めてではない。それでも、城を前にすると胸がわずかに高鳴る。
城好きの彼女は、どんな城でも訪れるたび新しい感動を覚える。
そして何より――今回はこの三人と一緒だった。だから、いつものからかう口調は出なかった。
「そろそろ駅に戻るよ」
楓花の号令で、石垣だけが残る西門を抜け、四人は琴電・高松築港駅へ戻った。
文字通り、高松城と駅は隣接している。その理由は、この駅が城の堀を埋め立てて作られたためで、駅舎が小さいのも用地の制約によるものだ。
駅の改札をくぐると、10時15分発、一宮行きの列車が待っていた。




