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- 8 - JR土讃線 坂出駅~高松駅

3日目


琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀>>坂出【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

9時43分。ドアが閉まり、快速マリンライナーは坂出駅を出発し、すぐに加速に入った。

JR瀬戸大橋線から予讃線へと乗り入れた車両は、高松の方角へ向かい、坂出の市街地を抜けながら、高架の線路からゆるやかに高度を下げ、地表と同じ高さへと降りていく。


列車は、いったんは綾川という、香川県で最も長い川に沿って走り、やがて内陸へと入り込んでいく。


それでも瀬戸内海は、すぐ近くにあるはずだった。

だが、海と線路のあいだには、五色台という台地が静かに横たわっている。

高松市と坂出市にまたがり、瀬戸内海へと張り出す山々だ。

そのため、車窓に海の気配はまったくなく、山あいの民家と田畑、そして台地の斜面だけが、淡々と流れていった。


ちなみに五色台は、金刀比羅宮がある象頭山と同じく、複数の頂に平坦面が連なるメサ状の地形とされている。香川県には、こうした台地が多いのも魅力のひとつだ。




そして、讃岐府中駅、国分駅といった、かつてこの地が讃岐国の中心であったことを思わせる駅名が、次々と現れる。

「府中」とは、古代において国府、つまり地方政治の中心が置かれた場所のことを指し、「国分」――すなわち国分寺とは、聖武天皇の勅願によって、各地の国に設けられた寺院である。


「讃岐の国分寺か」

カメリアが、窓の外を見ながらつぶやいた。

「ここは、四国八十八ヶ所の札所にもなっているんだよね」


「お遍路さんの?」

ひまわりが問いかけると、カメリアは短く頷く。

「そう」


カメリアは、淡々と説明を始める。

――讃岐国分寺は、奈良時代に全国の国ごとに建てられた国分寺のひとつ。

律令政治の衰退とともに一度は荒廃したが、鎌倉時代に再興され、現在は真言宗の寺として続いている。

本堂は鎌倉時代の建築がそのまま残され、木造の仏堂としては四国最大級の規模を誇るという。

また、創建当時の国分寺跡としての保存状態も良好で、四国で唯一、国の特別史跡に指定されている。


もし、今回の旅が全国一宮を巡るものではなく、全国の国分寺を辿る旅であったなら――。

この国分駅で降りるべきだったのかもしれない。


だが、今回はそこまでの時間はなかった。

列車は速度を落とすことなく、国分駅を静かに通過していく。


「……また来る理由ができたね」

桜が、窓に映る景色を眺めながら、軽い調子で言った。


「理由は、作ろうと思えばいくらでも作れる」

楓花が即座に返す。

「ただし、次は時間配分を見直す必要がある」


「せやなぁ……今回は欲張りすぎや」

ひまわりが苦笑する。




列車はそのまま、讃岐平野の内陸を抜け、四国の海の玄関口――高松へ向かって走り続けていた。


鬼無(きなし)駅という、なんとも字面でみると桃太郎を連想させる駅も、当然のように通過する。

この駅に停車する快速マリンライナーもあるようだが、今回乗っている列車は停まらない。


「鬼無駅って、鬼がいないってことなの?」

桜が、思いついたままの疑問を口にした。


「この駅は、“鬼無桃太郎の駅”とも呼ばれている」

そう答えたのは、鉄道に詳しい楓花だった。

ホームには、ゲームソフト会社のハドソンから寄贈された『桃太郎電鉄』の石像が設置されているという。

楓花は、通過する列車の車窓越しに、その石像を捉えようとスマホを構えたが――

シャッターは間に合わなかったらしい。

少しだけ、機嫌が悪そうになる。


「“鬼無”っていう名前の由来だけどね」

今度はカメリアが、落ち着いた声で補足する。

「桃太郎が鬼ヶ島へ鬼退治に行ったあと、逃げ延びた鬼をこの地で討った、という伝承がある。そこから“鬼がいなくなった場所”――鬼無、になったと言われているんだ」


「へえ……」

ひまわりが、感心したように声を漏らす。

昨日、岡山県で吉備津神社や吉備津彦神社――鬼退治にまつわる神社を巡ったばかりだった。だからこそ、こうした伝承にも、不思議と現実味が帯びて感じられるのだった。


「もっとも、もともとの地名は“木無”だったらしいけど」

カメリアは続ける。

「文字どおり、木のない土地という意味。でも今では、ここは盆栽の一大産地になっている」


「……ほんと、よく知ってるね」

桜は、どこか楽しそうに笑った。

「そこまで来ると、もう反則だよ」

楓花も、ひまわりも、ほぼ同時に頷いた。

カメリアの知識量には、ただただ脱帽するしかなかった。




JR予讃線を走る快速マリンライナーは、高松貨物ターミナルを越えたあたりから、海に沿うように――すなわち東側へと進路を変える。

車窓の雰囲気も、開けた平野部へと移り、商業ビルや工場の姿が目立ち始めた。それとなく、田舎から都会へと近づいてきたことが伝わってくる。


「この辺から、高松の市街地」

楓花が、窓の外を見たまま言った。

手元では地図アプリを開き、現在地を確かめているらしい。


右手には、線路が幾重にも分かれ、停車中の車両がいくつも並んでいる。

「車両基地?」

桜が訊ねると、楓花は小さく頷いた。

「うん。JR四国の高松運転所。だいたい、ここが見えたら、もうすぐ終点」


桜にとっての城壁や石垣がそうであるように、楓花にとっては線路や車両には目がない。

この線路はどこから来て、どこへ伸びているのか。そこに停まっている車両は何の運用なのか。そうしたことを、一つひとつ確かめるように視線を走らせている。


一方のカメリアは、やはり車窓そのものを楽しんでいるようだった。

讃岐平野の広がりなのか、瀬戸内海に近づく気配なのか、それとも鉄道施設なのか。どこを見ているのかは分からないが、すべてを同時に観察していると言われても、不思議ではない。


ひまわりはというと、高松に着いたら讃岐うどんを食べられるのか、それだけを気にしているように見えた。


ほどなくして、徳島駅と高松駅を結ぶJR高徳線の線路が、寄り添うように合流する。

「高徳線と合流。いよいよ高松駅に到着」

楓花の声は、少しだけ引き締まっていた。


列車は速度を落とし、静かに高松駅のホームへと滑りこんでいく。

その様子を眺めながら、楓花が続けた。


「高松駅って、実は線路が全部ここで終わってる。終着駅構造なの。昔はここが、宇高連絡船の接続駅だったから」


「宇高連絡船……聞いたことはあるね」

桜が言う。

「宇野と高松を結んでたから、“宇高”なんだよね。瀬戸大橋ができて、役目を終えた」


「そう」

楓花は肯定したうえで、少しだけ補足する。

「もともとは、岡山側の宇野駅と高松駅を結ぶ鉄道連絡船。主に貨車を、そのまま船に載せて運んでた。一時期だけど、客車や気動車を含めた車両航送も行われていた」


ちなみに、車両航送とは、鉄道車両を連絡船でそのまま運搬する方式のことだ。

専門用語ではあるが、桜には、いまの説明だけで十分に伝わっていた。


そのため、高松駅の線路は港のほうへ突き出すような配置になっていた。

列車を降りて、そのまま船に乗り継ぐ――そんな時代の名残である。


「いまはその線路もなくなって、跡地は再開発されたけどね。サンポートって呼ばれてるエリア。朝、乗ってきた快速“サンポート”の名前も、そこから来てる」


「連絡船かあ……」

ひまわりが感心したように言う。

「なんか、津軽海峡とかにもなかった?」


「青函連絡船ね。それと同じ」

楓花は即座に答えた。

「向こうも青函トンネルができて、役割を終えたけど」


会話が途切れないまま、気づけば9時58分。

快速マリンライナーは、高松駅に到着した。

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