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- 4 - 淡路ジェノバライン 明石港~岩屋港

1日目


高速神戸>>山陽明石>>明石港【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

四人は、6時40分の出港時刻を前に、五分ほど早く桟橋に立っていた。

制服姿の係員が、慣れた手つきで乗客を次々と船へ誘導していく。


淡路ジェノバライン「まりんあわじ」。

対岸の淡路島・岩屋港へ向かう高速船だ。


それにしても、なかなかに賑やかなデザインである。

船体の側面いっぱいに、子供向けのタコや鯛のイラストが描かれている。


「ちょっと恥ずかしいくらい派手やな」

ひまわりが、四人の気持ちを代表するように、あっさりと言った。


「思ったより小さい船だね」

桜は早朝の静けさの中、岸壁に寄せられた白い船体を見つめ、少し目を細める。

声は落ち着いているが、視線は船の輪郭を楽しそうになぞっていた。


「見た目ほど小さくはない」

楓花は眼鏡越しに船体を見る。

「客室は控えめだが、定員は百八十人。アルミ合金製の双胴船で、速度は二十七ノット。短距離航路向けだ」

淡々とした口調のまま、続ける。

「二つの船体をつないだ構造だから、デッキを広く取れるし、横揺れもしにくい。高速でも安定する」


「ふーん」

桜は小さく頷き、横目で楓花を見た。

「相変わらず、説明が正確だよね」


「知っていることを言っただけ」

楓花は肩をすくめ、視線を海面へ落とす。

低くまとめた黒髪のミニボブと、琥珀色の眼は、相変わらず感情を表に出さない。


「揺れが少ないのは助かるね」

カメリアが、手すりに指先を添えたまま静かに言った。

長い銀髪がわずかに揺れ、淡い青の瞳に海が映る。


「双胴船は、もともと古くからある形なんだよ。南太平洋のポリネシアでは、原住民が手漕ぎ舟として使われてた」

さらりと付け加える。

専門というほどではないが、自然と知識が滲み出る話し方だった。


「ただし」

楓花が、間を置かずに続ける。

「一度転覆すると、転覆した状態で”安定”してしまう。救助は、わりと厄介だ」


「ちょっと、縁起でもないこと言わんといて」

ひまわりは笑いながら、潮風に揺れるポニーテールを押さえた。

その空気につられて、三人もそれぞれに小さく笑う。




桟橋には、出港を告げる気配が、静かに満ち始めていた。


「朝いちの船やし、人も少なめでええな」

ひまわりは、離れていく桟橋まで通るような明るい声を出した。


船で対岸に渡ろうとする釣り人以外、乗客はまだ疎らだった。

タラップを渡って船内に入ると、エンジンの低い唸りが足元から伝わる。


出港の汽笛は短く鋭い。

岸壁がゆっくりと後退すると、右手には明石の町並み、左手にはまだ街灯の残る防波堤が流れていく。


船の窓から見る景色は、鉄道の車窓とはまた違う趣があった。

広い海の向こうに見える対岸の建物たちが少しずつ小さくなり、その先に緑の山波が現れる。


「……この波のライン、なんだか線路みたい」

楓花は眼鏡越しに海面を見つめながら、つぶやいた。


「船が作る白い波が、通った進路を示す。鉄道の軌道のように見えるね」

桜はその声に笑みを浮かべ、ひまわりの方をちらりと見て楽しそうに目を細めた。


海上には早朝の貨物船、釣り船、沖を横切るフェリー。

瀬戸内海の要衝、船影は途切れない。


「こんなに船がいるんだ」

ひまわりは窓に顔を近づけ、声を弾ませる。


桜は微笑みながら、その様子を横目で見つめる。

楓花は興味深そうに船影を追い、

カメリアは指先を添えて、静かに海面の光を見つめていた。




「明石海峡って、潮の流れが速いっていうね」

桜が振り返りもせずにカメリアに問う。


「たしか、十ノット前後は出ている。本州と淡路島に挟まれているから、瀬戸内海では流れが速いほうだと思う」

カメリアは外を眺めながら、いつもの落ち着いた声で言った。


地形や地理はカメリアの得意とするところだ。しかし彼女の知識はそれだけにとどまらず、三人は、そうした知識の広さと深さを、何度となく思い知らされている。


「ところで、時速十ノットって……キロだと?」

「だいたい十八キロ」

数字だけを短く返す楓花に続き、桜の視線は、海に浮かぶ白い巨大な橋へと向かう。


「明石海峡大橋」

カメリアの声は低く、わずかに熱を帯びていた。

明石海峡大橋を見つめる横顔は整い、光を受けた銀色の髪が白金色に輝く。




四人を乗せた船は、本州と淡路島を結ぶ長大な吊り橋の真下へ進んでいく。


橋は朝霧に霞んだ輪郭を残しつつ、近づくにつれ鋼鉄の質感を現していった。

二本の主塔は海から空へ伸び、ケーブルは弓の弦のような曲線を描く。


「東京のレインボーブリッジとか横浜ベイブリッジでも、せいぜい一キロくらい? この橋は、主塔の間だけで二キロ近くあるらしいよ」

桜は誇らしげに言った。


まさに桁違いの規模だ。

橋全体では四キロ近い長さに及ぶ。幅およそ四キロの明石海峡を、そのまま跨いでいるのだ。


「……世界一だったんだよ、ここ」

カメリアは青い瞳を橋に向けたまま淡々と問いかける。


「うん、もう過去形。今はトルコの橋に抜かれたらしいね」

桜は肩をすくめ、軽く微笑む。


「チャナッカレっていう名前だったかな。トルコのダーダネルス海峡に架かってる橋」

楓花は黒髪の団子を低めにまとめ、琥珀色の目を橋に向け、淡々と口にする。


「――“チャナッカレ1915橋”。1915年はね、ガリポリの戦いでオスマン帝国が勝利した年なんだよ」

カメリアは、より正確な橋の名前を補足するように言った。


ガリポリの戦いとは、第一次世界大戦で英国をはじめとする連合軍がオスマン帝国の首都占領を狙い、ダーダネルス海峡のガリポリ半島から上陸を試みたが失敗した戦いである。


歴史好きの桜は視線を向けたが、ひまわりと楓花はさらりと聞き流していた。


ちなみに吊り橋の長さは主塔間の距離で決まるが、チャナッカレ1915橋が2023メートル、明石海峡大橋が1991メートルである。





やがて――明石海峡大橋の真下に差しかかる瞬間、四人を含む乗客たちは、まるで息を飲むように無言になった。窓越しに橋を指さす人もいる。

鉄骨の格子が頭上を覆い、巨大な影と機械的な美が視界いっぱいに広がった。


「ふーん……下から見ると、やっぱ迫力あるなあ。写真やと、なかなか伝えるのが難しいな」

桜はカメラを構え、幾何学的な線の塊を切り取る。


「船を見上げる視点は、遠くから見るのとは別物ね。トラス橋の構造を捉えるのに、観察価値は高い」

楓花は淡々と評価する。

トラスは、三角形の集合体のことで、三角形になるように棒材を両端で繋いだ構造を多数組み合わせたものである。明石海峡大橋でも、その手法が使われている。


「すごいな」

ひまわりが両手を広げ、深呼吸した。

カメリアも同感だった。人の手でこういった巨大な物も作れるのだ、と。




橋をくぐると景色は一変する。


船が向かう淡路島北岸は、柔らかな緑の曲線を描きながら近づいてくる。

本州側の都会の港町の雰囲気とは違い、淡路島の緑は濃く、穏やかだ。

それでも、海辺には建物がちらほら見える。

島とはいえ、瀬戸内海最大の島で、約12万人が暮らしているのだ。


岩屋の港町はまだ眠り、屋根は薄い霧に包まれていた。


四人を乗せた船は、桟橋に近づきながら速度を落とした。船員がロープを岸へ投げ、乾いた金属音が響く。

彼女たちは荷物を手に、最後まで甲板から景色を眺めていた。


「さて……ここからが本番」

桜が笑い、カメラを首から下げ直す。


「岩屋から洲本まではバス。バス停まで距離があるから、時間は間違えないように」

楓花は早くも次の行程を確認する。


「ほな、行こか。淡路の旅やで」

ひまわりの言葉に、四人はそろって桟橋に降り立った。

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