- 7 - JR予讃線 丸亀駅~坂出駅
琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
丸亀駅のホームに立ったとき、まだ脚の奥に、石段を上り下りした感覚が残っていた。
丸亀城の天守から見下ろした讃岐平野の広がりは、あまりに静かで、かえって現実味がなかった。
その静けさを思い出しながら、四人はコンクリートのホームに戻ってきている。
もっとも、帰り道は息を整える余裕もなく、ほとんど駆け足だったのだが。
9時29分発、JR予讃線の高松行き。
列車が、高架のホームに滑り込んでくる。金属が擦れる音と、短いブレーキ音。旅の中では、これから何度も耳にすることになるはずの音だが、今はまだ新鮮だった。
四人は自然と同じドアの前に集まり、そのまま車内へ乗り込む。午前中という時間帯もあって、車内は比較的空いていた。
「カメリアさん、窓のほうがいい?」
桜が軽く身を引いて言う。
カメリアは一拍置き、淡い青の瞳を窓に向けてから、静かに頷いた。
「……ありがとう」
向かい合わせのボックス席に腰を下ろすと、列車はほどなく動き出した。
丸亀駅のホームが、ゆっくりと後方へ流れていく。
「定刻どおり、だね」
桜がそう言って、小さく息を吐いた。白いブラウスの裾が、わずかに揺れる。
「ここは多少遅れても、坂出で取り戻せる余地があったから」
楓花の声は相変わらず平坦だったが、その言い回しには、計算どおりに進んでいる者特有の余裕が混じっていた。
それを聞き取った桜は、わざとらしく首を傾げる。
「へえ……ほんとかな? 坂出の乗り換え時間、讃岐うどん食べる前提で組んでたりして」
「讃岐うどん!?」
横から、ひまわりの声が弾んだ。
「朝から、ほとんど何も食べてへんやん。そろそろお腹、訴えてきとる頃ちゃう?」
朝から金刀比羅宮、善通寺、丸亀城と立て続けに巡り、まともに口にしたのは、前日に買ったおむすび一つきりだった。
不平が出ないほうが、むしろ不自然なくらいである。
「……してない」
楓花は短く答えた。
一拍置いてから、淡々と続ける。
「乗り換え時間は八分。仮に店が開いていても、注文する時間で終わり」
「じゃあ、持ち帰りで――」
「どこで食べるの? こぼれるよ」
新たな提案も即座に遮られ、ひまわりは一瞬だけ口を尖らせた。
その様子を見ていたカメリアが、ゆっくりと言葉を挟む。
「高松に着いてから、探せばいいと思う。駅前なら……朝からやっている店、ある」
「お、希望の光やん」
ひまわりがぱっと笑う。
桜はそのやりとりを楽しそうに眺めながら、楓花へ視線を戻した。
「で、実際のところは? 高松駅で、その時間はあるの」
問いかけの声は軽いが、答えはもう分かっている。
楓花は、眼鏡の奥で一瞬だけ視線を動かし、それ以上は何も言わなかった。
それが、この旅における、十分すぎる返答だった。
というより、これ以上の説明は、最初から必要なかったのかもしれない。
丸亀駅を出発した列車は、ほどなくして、香川県で唯一の一級河川――土器川を渡る。
その名は、かつてこの流域に、土器づくりを生業とする人々が暮らしていたことに由来する。
香川県は、全国でも雨の少ない地域だ。
加えて、山間部から急勾配で流れ下る川が多く、扇状地を形成しやすいため、多くの河川が天井川となって瀬戸内海へ注いでいる。
その結果、水量の豊かな河川はほとんど存在しないと言ってよく、一級河川である土器川でさえ、中流では流れが途切れる「瀬切れ」が起こることがある。
「だからこそ、この土地には、古くから水を確保するためのため池が数多く造られてきたんだよ」
カメリアは、いつもの調子でそう説明した。
――もっとも、他の三人といえば。
さきほど丸亀城を駆け下りたときの疲労と、少々マニアックな地理の話題に、どうやら話を半分ほどしか聞いていなかったようだが。
列車は、昨日の夜に降りた宇多津駅を過ぎ、市街地を抜けていく。
それにともない、低い建物の向こうに、瀬戸内の海の気配が混じり始めた。
左手には、瀬戸大橋が姿を現す。
本州と四国を結ぶ巨大な橋を、四人は昨夜、岡山側から渡ってきたばかりだった。
だからこそ、日中の光の下で、その全体像を間近に眺めるのは、この旅では初めてのことになる。
線路は、そのまま伸びていけば、瀬戸大橋へと向かう。
だが、その直前で、線形は右へ――さらに大きく、右へと弧を描いた。
予讃線の線路は海を渡ることなく、坂出、高松方面へと進路を変えていく。
列車は高架の線路を淡々と走り、やがて坂出の町へと近づいていった。
「次は坂出。ここで快速マリンライナーに乗り換え」
楓花が告げる。
声は、わずかに引き締まっていた。
9時35分、各駅停車は坂出駅に滑り込んだ。
四人は手早くホームに降り、9時43分発、岡山方面から到着する、高松行きの快速マリンライナーを待つことになる。
乗り換え待ちなのだから、そのまま大人しくしているのが無難だ。
もっとも、桜の好奇心は、そういう選択肢をあまり好まない。青春18きっぷを使っているからには、「途中下車」は醍醐味の一つだと思っている。
「いったん、改札出よっか」
「昨日も出たやん?」
ひまわりは、さっき讃岐うどんを断念したばかりということもあって、いまひとつ乗り気ではなさそうだった。
それでも、結局は桜の提案に従う。楓花とカメリアも、その流れに続いた。
ホームの階段を下り、改札を抜け、昨日とは反対の海側へ出る。
目の前に広がっていたのは、はなみずき広場という、塩田の綾模様を思わせる石畳の広場だった。
坂出が、かつて塩田で栄えた町だったことを、思い出させる模様だ。
「なんか、イベントとか、やりそうな場所だね」
桜はそう言って、周囲を軽く見回す。
駅前から海手へ向かって、一本の道がまっすぐに伸びている。名のとおりの駅前通りだ。左右にはアーケードが続き、商店が並んでいる。
朝九時という時間帯のせいか、シャッターの下りた店が多く、通りには地方都市の朝らしい静けさが漂っていた。
とはいえ、さすがに駅前通りを散策するような時間は残されていない。
桜は単焦点のコンデジを手に、遠目に商店街へと焦点を合わせ、写真を一枚だけ撮った。
それだけで、よしとした。
「そろそろ戻るよ」
楓花の声が、背後から飛んできた。
坂出駅構内のキヨスクで、四人は同じサンドイッチをまとめて買い、改札をくぐって高架のホームへと向かった。
ホームに出ると、高松行き快速マリンライナーの到着を告げるアナウンスが流れる。
「あれだね」
カメリアが、線路の向こうを指さした。
本州側から瀬戸大橋を越えてきた、二階建ての車両が、ホームに静かに停まる。
ただし、二階建てなのは一両だけで、側面には〈MARINE LINER〉のロゴが入っていた。他の車両は、ごく普通の通勤電車と変わらない。
昨夜、岡山駅から乗ってきたのと同じ編成だ。
「おお、あれかぁ。やっぱり、なんか速そうやな」
ひまわりが、素直な感想を口にする。
「……実際、速い」
楓花が、短く言った。
JR四国5000系電車。この形式は、最高速度時速130キロでの走行を前提に設計されている。
彼女の声には、ほんのわずかだが、高揚が混じっていた。
二階建ての車両は指定席で、青春18きっぷでは追加料金が必要になる。
四人は迷うことなく、追加料金のいらない普通車両の座席へと向かった。
そこに、今回の楓花の割り切りが感じられた。




