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- 6 - 丸亀城

琴平>>善通寺>>多度津>>丸亀【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

8時59分に、四人を乗せた列車はJR予讃線の丸亀駅に到着した。


丸亀駅を出ると、四人は朝の光に包まれた街を歩き始めた。駅舎は白い壁に屋根の飾りを添えたコンパクトな高架駅で、出口からすぐに商店街が連なっている。


桜は黒髪を軽く揺らしながら、遠くの高台にちらりと見える城を目印に歩く。

「あそこまで登るんだね。……意外と大変そう?」

そう言って、楽しそうに笑った。


ひまわりはすでに興奮気味に指をさす。

「うわー、あそこまで見えるって、朝からテンション上がるやん!」


楓花は腕時計を見て、眼鏡を押し上げる。

「寄り道してる余裕はないわ。開城は九時。今行けば、無駄なく入れる」

琥珀色の瞳は淡々としているが、その奥では時間割が正確に組み直されていた。




富屋町の商店街に入ると、空き店舗のシャッターいっぱいに、色鮮やかなアートが描かれていた。

丸亀名物の骨付鳥を抱えたマスコットに、ダイダラボッチの足元で驚く旅人、庭園を歩くキャラクター――どれも、どこかユーモラスで親しみやすい。


「わあ、めっちゃかわいいやん! なんか、絵の中で動いとるみたいやで」

ひまわりの声が、ぱっと弾む。


桜は足を止め、シャッターを見上げて微笑んだ。

「シャッター街って聞くと静かなイメージだけど、こういうのがあると明るく感じるね。街の空気に、ちゃんと溶け込んでる」


カメリアは少しだけ近づき、絵の輪郭を静かに目で追った。

「学生たちのデザインだね」


その後ろで、楓花が「とりあえず先を急ぐよ」と無言の圧を放っている。




商店街を抜けると視界が開け、丸亀城の雄大な石垣が姿を現す。

ひまわりは目を丸くする。

「わぁ、すごい迫力! 石垣めっちゃ高いな!」


桜は息を整え、天守を見上げて穏やかに言った。

「白い天守が、ちょこんと乗ってるんだね。石垣とのギャップが、なんだか可愛いな」


この天守こそ、全国に十二しか残っていない現存天守の一つである。


丸亀城は日本百名城にも選ばれ、標高六十六メートルの亀山山上に築かれた名城である。

山肌に沿って描かれる石垣の曲線はとくに名高く、城の姿そのものがひとつの造形美を成していた。

縄張りはほぼ正方形で、亀山をぐるりと堀が巡る渦郭式の平山城である。


石垣は江戸時代初期、築城技術が最盛期を迎えた頃のものだ。

切込み接ぎや野面積み、高石垣、算木積みといった技法が随所に見られ、とくに北側・瀬戸内海に面した高石垣は、高さ二十メートルを超える。

隅角部に用いられた算木積みが、強度と美しさを両立させていた。


カメリアは肩の力を抜き、静かに石垣の曲線と天守を見上げた。

「扇の勾配……内堀から天守まで、まるで自然に積み上げられたみたいな曲線だね」

その視線は、外観の美しさだけでなく、構造の妙までも捉えていた。


桜は石垣の隙間をのぞき込み、柔らかな笑みを浮かべる。

「こうやって積み上げただけなのに、何百年も残っているだね」


そして、ふと思い出したように言葉を添えた。

「丸亀城の石垣って、山のふもとから天守まで四段に重なっていて、全部合わせると六十メートルにもなるんだって。だから“日本一高い石垣の城”って言われてるらしいよ」

説明はそれだけに留め、桜はもう一度、天守の方を見上げた。

数字よりも、目の前にそびえる石の重なりのほうが、ずっと雄弁だった。


桜は指を一本立てる。

「これは“全部合わせた総高”の話。ひとまとまりの石垣として一番高いのは、実は大坂城なのよ。たしか三十……」


「三十三メートル」

すかさずカメリアが補足する。数字にも強い彼女らしい、ためらいのない口調だった。


そのやりとりを耳にしながら、ひまわりは石段へ足を運び、ぱっと顔を明るくした。

「よーし、ここから本格的に攻城やね! 坂、けっこう急やけど、負けへんでー!」




四人は大手一の門をくぐり、石段を登り始めた。

見返り坂と呼ばれるこの坂は、下は緩やかだが、上へ行くほど角度がきつくなっていく。


桜は少し息を弾ませながら、後ろを気遣うように言う。

「足元、気をつけてね。ここまで来たなら、あと少しだから」


カメリアは歩みを止めず、石垣の積み方を目で追っていた。

「見て。横方向をきれいに揃えて積んでいる。

美しさだけじゃなくて、崩れにくくするための構造だね」


二の丸跡に差し掛かったところで、楓花がふと立ち止まり、遠くを見やる。

「バスの出発は9時20分。これに乗れないと、後の予定がかなり厳しくなる」


我に返ったようにつぶやくと、そのまま歩調を早めた。

ほかの三人も、その声に促されるように、自然と登る速度を上げていく。


ひまわりは景色を見回し、感動を隠さず声を上げる。

「うわー、景色も最高や! 瀬戸内海まで見えるんやな、これ!」


山頂の本丸に到着すると、白亜の天守がすぐ目の前にそびえていた。

桜はひと息ついて、満足そうにうなずいた。

「うん、来た甲斐あったね。天守も景色も、どっちもちゃんと楽しめるよ」


カメリアは少し首を上げ、静かに天守を見つめる。

「木造の三層三階。大きすぎないからこそ、この風格が生きている。威圧する城じゃないのに、長く残ってきた理由がわかるね」


目の前の天守は高さ約十五メートル。現存十二天守のなかでも、最も小規模な部類に入る。

1660年の建築だが、幕府には「天守」ではなく「矢倉」、すなわち櫓として届け出られていた。

それは小ささゆえではなく、一国一城令以降、新たな天守の築造が禁じられていたためである。同様の事情は弘前城にも見られ、建築当時の届け出は「三階櫓」とされていた。


入館料は四百円。

内部には当時の木造建築がそのまま残り、柱や梁に職人の技と工夫が息づいている。


ひまわりは天守からの360度の景色に息を呑む。

「ほら、やっぱりや。瀬戸内海や瀬戸大橋まで見えるで!」

視線を横に流せば、讃岐富士こと飯野山の優美な姿も見える。

丸亀城がこの地に置かれた理由が、景色を見ているだけでわかる。瀬戸内海の交通を見渡すうえで、ここはまさに要衝なのだ。


桜は微笑んで天守を背に写真を撮った。

天守は小さいながら存在感がある。その理由の一つが、三重目の屋根にある。大手門側から仰ぐと、入母屋屋根の妻側が正面に向いており、通常より奥行きがあるように見えるのだ。


「そろそろ城から降りるよ」

楓花が桜を急かす。ゆっくり写真を撮る余裕はなさそうだ。


四人は短いながらも天守からの眺めを堪能し、楓花の「ダッシュでバス停に向かうよ」という号令とともに、急ぎ足で石段を下った。




丸亀城を出ると、市役所の横を通る。

庁舎前には、ちょうど丸亀市コミュニティバスが停まっている。

楓花がその車体を横目で確認しつつ、アーケードの通町商店街へ向かう。そこにバス停「丸亀通町」がある。


「間に合った……」

楓花が胸を撫でおろす。バスは9時20分の発車だ。




バスは出発し、そして、わずか一つの停留所を挟んで丸亀駅前に到着する。

距離は短いが、歩くより確実に時間を稼げる。これが楓花の計算で、その読みは見事に当たった。


「次の列車は9時27分発ね」

「ええ!? あと1分やん!」

ひまわりが驚きの声を上げる。その内心は、このスリルを楽しんでいるようでもあった。


カメリアは、いつもながらの慌ただしい展開に、表情こそ変えないがあきれた気配を漂わせている。


一方の桜は――

城の石垣と天守、そして朝の街並みを胸に刻みながら、そっと息をついた。

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