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- 5 - JR予讃線 多度津駅~丸亀駅

琴平>>善通寺>>多度津【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

JR多度津駅の、予讃線のホームには、まだ朝の涼しさがわずかに残っていた。


とはいえ、七月後半の陽射しは隠れる気配を見せず、駅舎の木造の影だけが旅人を守っている。

8時54分発の快速サンポート南風リレー号――名称だけはやたら大仰なこの列車が、丸亀へ向かう短い旅の舞台となる。

「サンポート」とは高松港一帯の再開発地区の名で、つまり高松駅と特急「南風」を仲立ちするための接続列車である。


黒髪のストレートを指先で整えながら、桜が微笑んだ。

その声には、いつものように柔らかな響きがあり、朝の空気をわずかに和ませる力があった。


「次の駅まで五分だけど、まあ座れたら儲けものかな」


おっとりした調子は変わらないが、瞳の奥には次の目的地――丸亀城への期待が、ほどよく灯っている。


「儲かるとか損するとか、五分で計算するのは桜くらいのものだと思うけど」


そばで腕時計を確かめながら、楓花が淡々と言った。

銀灰色の細いスクエア眼鏡の奥で、琥珀色の瞳がわずかに細められる。その言い回しは皮肉とも事実確認ともつかない。

時間に厳しいのは本来、楓花のほうのはずだが、その点については触れないことにしているらしい。


ひまわりは、明るい茶髪のポニーテールを揺らしながら、手で顔を仰いだ。


「まあまあ。五分やからって、すぐ終わるんが惜しいって話やん。せっかく快速やし」


関西訛りの柔らかい調子が、場の空気を自然にほぐす。

細かい理屈は分からなくても、旅の楽しみ方だけは誰よりも直感的だった。


最後に、カメリアが静かな青い瞳でホームの先を見つめた。

朝の光を受けた金髪が淡く輝き、その表情は相変わらず感情の起伏を抑えている。


「五分あれば、移動としては十分だよ。旅程の一部としてはね」

抑制された声には、理が通っていた。彼女は英語も自在に操るが、あえて日本語を選び続けている。その選択自体が、彼女の思考の癖を物語っている。


やがて列車が滑り込み、四人は示し合わせたようにボックス席へ身を沈めた。

向かい合う形になるだけで、そこには一瞬、簡易な会議室めいた緊張が生まれる。もっとも、それはすぐに解ける類のものだった。


列車が動き出す。

車窓には、朝の光を受けた讃岐平野が広がっていた。畑とため池が織り交ざる風景は、瀬戸内らしい穏やかさを湛えている。

昨夜、この線路を西へ向かったとき、窓外は闇しか映さなかった。いまはその同じ線路を折り返し、東へ向かいながら、光の中で改めて眺めている。


「あ、見て。右」

桜が指を伸ばす。

「飯野山。讃岐富士って呼ばれてるやつだよ」


ひまわりが身を乗り出し、窓に顔を近づけた。

「ほんまや……きれいな形やなあ。絵に描いたみたいや」


「標高は四百二十一メートル」

楓花がスマホの地図を確認しながら、簡潔に補足する。

「独立峰だから、見た目の印象は実際の高さ以上に強い、とか」


「円錐形の山は、それだけで象徴になるんだよ」

カメリアが続けた。

「イギリスでも、丘ひとつに名前が付くことは珍しくない。人は、形の分かりやすい地形を記憶に残しやすいから」

その静かな語りは、説明というより観察に近かった。


ちなみに、朝に訪れたこんぴらさんからも、この讃岐富士は見えていた。

だが、このときは、乗る列車を急ぐあまり、十分に堪能する余裕はなかったのである。




列車は讃岐平野を横切りながら、次の駅へ向かって進んでいく。

このあたりは高架区間だ。

視界の下をコンクリートに奪われる高架では、どうしても車窓の情報量は少なくなる。たしかに眺望がいい場合もあるが、楓花にとっては、ローカル線のように地形や人の営みが見える車窓のほうが好ましかった。


思い出したかのように、桜が笑った。

「この旅、ガイドさんが二人おって助かるわ。カメリアの解説と、楓花の運行管理で完璧やな」


「その言い方、褒めてるのかどうか微妙ね」

楓花は肩をすくめたが、表情はわずかに緩んでいた。


ひまわりは、「私は?」と言いたげに二人を見比べ、わざとらしく胸に手を当てた。


窓の外には、丸い水面が点々と並び、朝の光を静かに映している。

このあたりは香川県のなかでも人口が集まる地域で、民家も多い。

それだけに、これまで車窓に流れてきた讃岐平野の風景を思い返すと、かえってその水面の存在が目についた。


「あれ……池、だよね?」

楓花が窓外にちらりと視線を投げ、手元のスマホから目を離さないまま首を傾げた。

「同じようなのが、やけに多いけど」


「ため池だよ」

桜が窓に目を向け、少しだけ声を弾ませる。

「このあたりは雨が少ないから、昔から農業用水を確保するために人の手で造ってきたんだって。数も、たしか全国一だったはず」


「ほんまやなあ」

ひまわりが身を乗り出し、窓に顔を近づける。

「池いうより、もう風景の一部やん。最初からそこにあったみたいや」


カメリアは、ゆっくりと頷いた。

「水が乏しい土地は、工夫するしかない。ため池は、その知恵の積み重ねだね。管理の仕組みも、自然と洗練されていった」


「争いも多かったって聞くけどね」

桜は少しだけ声を落とす。

「それでも、ちゃんと残ってる。そういうところが、すごいと思う」


楓花は短く息を吐いた。

「目立たないけど、基盤が強い地域ね」


「うん」

桜は穏やかに微笑んだ。

「そういう場所ほど、最後に残るものなんだと思うよ」


列車は一定の速度を保ったまま、静かな平野の広がりが、次の駅へ向かう時間を、ゆっくりと満たしていた。


車内にはほかにも乗客がいたが、彼ら四人の会話が目立つほど騒がしいわけではない。むしろ穏やかな空気が漂い、旅の連続性をわずか五分のあいだに凝縮していた。

まもなく丸亀駅に到着する。


「でも、丸亀城って、けっこう登るんよね?」

ひまわりが心配そうに言う。


「登りはするけど、構えはしっかりしとるで。あそこは石垣が見ものやから」

桜が得意げに答える。歴史の話になると、彼女は途端に生き生きとしてくる。


「夏の城攻めは熱中症のリスクを考慮しないといけないわね。登坂ルートの勾配は――」

楓花が言いかけたところで、

「楓花さん、その分析は後でええよ。どうせ、急いで歩くんでしょ」

ひまわりが、おっとりと笑って口を挟む。


カメリアは、そのやりとりを聞きながら、静かに一度だけ頷いた。

「城攻め、だよね。……確かに」

その短い肯定に、桜は満足そうに目を細める。


そのまま彼女は、讃岐平野を代表するため池――満濃池の話題へと話を広げようとしたが、今は、あまりにも余裕がなかった。

桜はそれに気づき、そっと言葉を飲み込んだ。


ちなみに満濃池は、空海――弘法大師の名に結びつく、日本最大級のため池である。


列車はやがて減速を始め、車窓の向こうに丸亀の市街が見えた。低い建物の向こう、わずかに盛り上がった地形が、次の目的地を暗示している。


楓花が腕時計を見て、小さく言った。

「そろそろ到着ね。あまり余裕はないから、降りたらすぐ歩くわよ」


「言うと思った」

桜のからかうような声に、ひまわりがくすっと笑う。


そしてカメリアが、静かに告げた。

「さて、次の場所ね。丸亀城は、石垣が語る歴史の書庫なんだよ」


快速は最後のきしみを残し、丸亀駅へ滑り込んだ。

わずか五分の区間であっても、確かに“旅情”――旅のひと幕としての深みを備えていた。

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