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- 3 - 善通寺

琴平>>善通寺【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

朝、7時43分、善通寺駅の小さなホームに降り立った四人は、まだ朝の光が淡く降り注ぐ通りに足を踏み入れた。


善通寺駅の駅舎は、1889年の開業当時から残る木造建築である。

明治二十年代の駅舎が、いまなお現役で使用されている例はきわめて少ない。


日本最古の現役駅舎とされるのは、JR関西線の亀崎駅で、建築は1886年とされている。ただし、一度焼失し再建されたという説もあり、その記録には曖昧な部分が残る。

そう考えると、あるいは善通寺駅こそが「日本最古」なのではないか――そんな想像が、鉄道マニアである楓花の胸を、ひそやかに高鳴らせていた。


人通りはまばらで、どこかしんとした空気が漂う。楓花が先頭で歩きながら、軽く声をかける。

「もう“お決まり”みたいになってるけど、善通寺は足早に行くよ。帰りもダッシュで頼む。次の電車に間に合わないからね」


桜は微笑みながら、目の前に広がる町並みを見渡す。

駅からやや北寄りを通る、少し細い中通りを歩く間にも、いくつかの古い木造家屋の軒や瓦屋根があり、歴史の匂いを感じ取った。

この先の西の方角にあるのが五岳山。そのひとつ、香色山が見える。標高156メートル。高くはない山だが、その麓にある善通寺とは切っても切れない関係の山である。


「善通寺って、空海さんが生まれたお寺なんでしょ? せっかくだし、一回くらいはお参りしておきたいよね」

桜の声には、どこか人を試すような、けれど悪意のない含みが混じっていた。


「うん。そうだね」

カメリアは短くそう応じる。表情には何の変化もないが、内心では、この寄り道を楽しみにしているに違いなかった。


楓花は歩調を変えず、淡々と――だがどこか皮肉を含ませて答える。

「その“せっかく”のために、全体の行程を三十分削って調整した。合理的判断だよ。……感謝されてもいい」


ひまわりはくすっと笑い、二人を見比べる。

「なにそれ、旅番組のロケでやるスタンプラリーみたいやん。次はナレーション入るやつやろ?」


カメリアは横目で三人を一瞥し、そのまま無言で歩を進める。

表情は変わらない。ただ、ほんのわずかに眉が動いたことを、楓花だけは見逃さなかった。


朝の光の中で、中通りから北へ、そして再び西へ向かう赤門筋に入る。

ここからアスファルトが石畳の道へと変わる。門前町の通りで、店舗が軒を並べているが、この時間帯はシャッターを下ろしている。


しばらく行くと、右手には赤門七仏薬師の小堂があった。四人は軽く会釈をして通り過ぎた。桜は振り返って、もう一度ちらりと薬師像を見やり、ひそかに手を合わせる。

楓花は時計をちらりと見て、「早く行くよ」と号令を発しながら、足を早める。


そして、目の前には善通寺の赤門が見える。

赤門は文字どおり朱色の門。正式には、境内から見た方角から東門とよばれる。


八時少し前、赤門をくぐると、広々とした境内が視界に広がった。

善通寺は、弘法大師こと空海が建立した真言宗の寺院。空海自身が現在の善通寺市の出身であることから“誕生寺”として慕われ、足利将軍家からも庇護を受けたが、戦国時代の戦火に遭って多くを焼失。江戸時代に入って再興している。

広大な境内をもち、“伽藍”とよばれる東院、“誕生院”とよばれる西院に分かれている。


挿絵(By みてみん)


まずは東院。中心には金堂、すなわち本堂がある。


桜は金堂を見上げ、入母屋造の屋根や、二層に見える裳階、組物の精緻さに目を凝らした。

禅宗様――鎌倉時代に中国から伝わった建築様式だが、善通寺の金堂は装飾を控えめにし、本尊の存在を際立たせているように見える。

堂内中央の須弥壇に坐すのは、薬師如来坐像。像高は三メートル。金堂の再建と同じ、江戸時代・元禄十三年の作とされている。


そして、向かいに建てられた五重塔へ。金堂とともに国重要文化財である。

五重塔は、遠くからでもその威容を見せ、総欅造の美しい曲線が朝の光に映える。

「塔の心柱は鎖で吊るされているが、どことも接続されていない」という説明を桜が小声で加えると、ひまわりが目を丸くした。

「えっ、宙に浮いとるん? めっちゃ不思議やねん!」


五重塔の左手にあるのが南大門だ。

こちらが善通寺の正門にあたるが、現在の建物は日露戦争の戦勝記念として建立されたものだという。南大門は高麗門の形式で、柱や屋根の均整が整い、屋根には「五岳山」の扁額が掲げられている。


桜は門を見上げ、目を輝かせて小さくつぶやいた。

「昔はね、弘法大師さんが自分で書いた額が、ここに掛けられてたらしいよ」


「へえ~。四天王もここで火事からお寺を守ってるって話、聞いたことあるで。陰陽師が出てくるやつやろ? なんかテレビでやってたわ」

案内板を読んだひまわりが、記憶の引き出しを探るように言う。


――その“なんかのテレビ”が、どこまで陰陽師という存在を理解して扱っているのかは、かなり疑わしい。

楓花はそう思った。彼女自身、陰陽師に詳しいわけではないが、実像以上に神秘化し、超能力者のように祭り上げる傾向があることだけは、さすがに気になった。


一方、カメリアはひまわりの話に、静かにうなずく。

「あれは霊瑞として伝えられている話だよ。建物の配置や守護の意図を知るとね、構造と信仰が、ちゃんと一つにつながって見えてくる」


本堂の前を左に進むと、中門を経て東院を抜け、塔頭寺院の間を歩いていく。

やがて西院――「御誕生院」に至ると、桜は御誕生所の石畳に目を向け、静かに手を合わせた。

「ここがね、空海さんが生まれた場所なんだよ」


廿日橋を渡り仁王門をくぐると、御影堂と回廊が正面に現れる。

納経所は仁王門をくぐってすぐ右。桜は受付時間の8時になったと同時に朱印の受付をした。

楓花は手際よく時間を確認しつつ、次の行程を頭に描いている。


御影堂は、西院の中心にある建物だ。

「“御影”っていうのは、開祖の御影――つまり、お姿を納めている場所なんだって。

ほら、空海さんの像とか、肖像画とかね」

桜は歩きながら、楽しげに解説する。

ちなみに、この御影堂の厨子内には、秘仏・瞬目大師像が安置されているという。


「“戒壇めぐり”やってるよ! 地下の通路だって。行ってみたくない?」

拝観料(宝物館の拝観を含む)は五百円。案内板を見つけたひまわりが声を弾ませると、楓花は即座に首を横に振った。


「時間がない。駅に戻ろう」

冷静な口調でそう言い切り、桜が何か言う前に、さらに言葉を重ねる。

「宝物館に寄る余裕もないね」


「うん、大丈夫だよ。国宝の“金銅錫杖頭”と“一字一仏法華経”は、今はパネル展示だけみたいだし」

桜は、最初から分かっていたかのように、あっさりと言った。

実物が公開されるのは、年に数日だけの特別展示のときに限られる。


そして、さらっと西院の建物を見てまわり、朱印を受け取ると、あわてるように四人は善通寺を後にした。


帰り道は駅までは文字どおり駆け足。中通りを駆け抜ける間、ひまわりは笑いながら息を切らす。桜は前を走る仲間たちに微笑みかけ、またゆっくり訪れたいと思った。カメリアは淡々とついてくるが、心の中では楽しんでいる。

楓花は腕時計の針を何度も確認しながら、次の列車に間に合うことを確認した。


駅のホームに着いたとき、四人の額には薄く汗が光り、息は荒い。

しかし、それ以上に満たされた充実感が胸にあった。歴史と信仰の深さ、建築の美しさ、そして仲間との掛け合い――すべてがこの短い参拝の中に凝縮されていた。

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