- 12 - JR山陽本線と瀬戸大橋線 倉敷駅~岡山駅~坂出駅
2日目
佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松>>吉備津>>備前一宮>>岡山>>岡山駅前>>城下>>岡山>>倉敷
夜の倉敷駅には、夏の湿気を含んだ風が吹き抜けていた。
駅前のロータリーから伸びるイルミネーションの灯りが、遠く美観地区の方角をぼんやりと照らしているようだ。
駅の北側、四人がいる反対側には、かつて旧倉敷紡績工場跡地に開設されたテーマパーク「倉敷チボリ公園」があった。
2008年に閉園し、今はショッピングセンター「アリオ倉敷」に変わっている。ヨーロッパ風の時計塔が、公園の名残を静かに留めていた。
「アリオ倉敷」には映画館もある。
「この辺り、アニメの『からかい上手の高木さん3』にも出ていたんだよ」
桜が小さく笑いながら言う。黒髪のロングが夜風に揺れ、会話が空気に溶けた。
「……ちょっと原点に戻った気分や」
「桜は、そういう補正がかかりやすいから」
隣で楓花が淡々と返す。
表情は無機質だが、その琥珀の瞳には、わずかな愉悦が浮かんでいた。
改札を抜け、四人は駅構内の売店へ向かう。
「桃太郎の祭寿司! これやん!」
ひまわりが目を輝かせる。
「昨日は駅弁、買えんかったもんなぁ。今日は当たりやわ」
茶色がかったポニーテールを揺らしながら、ひまわりは笑う。その声は、夜の空気を明るく染めた。
桜がレジで手際よく会計を済ませ、楓花が時刻表を確認す
「山陽本線で岡山まで。三番線、19時50分発」
一度言葉を区切ってから、続けた。
「行きは伯備線だったけど、帰りは別ルートだ」
どうやら、自分に言い聞かせているらしい。
同じルートをそのまま折り返すだけというのは、楓花にはどうにも芸がないように思えた。
今回の旅の目的は、世界遺産や一宮を巡ることであって、単なる観光地巡りではないはずである。
そう考えると、寄り道でもなく、わざわざ倉敷に立ち寄ることは、本来の目的から外れているのではないか――そんな疑問が浮かぶ。
このルートを考えたとき、楓花は一応その点を口にした。
だが桜に「いいじゃない」と返され、それ以上は押し通さなかった。
桜らしいといえば、たしかに桜らしい。
ホームに停まる列車は、白と青の塗り分けが清潔な普通列車。
開いたドアから涼しい夜風が滑り込み、車内に入ると冷房の冷気が心地よく肌を撫でた。
発車のチャイムが鳴る。列車は静かに動き出し、倉敷の灯りが後ろへ流れていく。
四人を乗せた列車は、20時07分、終点の岡山駅3番ホームに到着した。
彼女たちは足早に8番ホームへ向かい、20時13分発の高松行き、JR快速マリンライナー61号に乗り換える。
ここからが、瀬戸大橋線の旅である。
マリンライナーは、高松寄りの1号車に2階建て車両を連結した5両編成。
先頭の1号車はJR四国5000系で、2階建て部分の2階にグリーン席、1階に普通車指定席が設けられている。
こちらはJR西日本の223系5000番台で、普通車自由席の車両だ。
鉄道マニアの楓花としては、「MARINE LINER」のロゴ入りの1号車2階展望席から景色を眺めたいところだろうが、今回は青春18きっぷの旅。普通の車両に乗ることにした。
四人は2号車の自由席に腰を下ろす。
「これは青春18きっぷの旅だから」
楓花が、自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。
20時13分、定刻どおりマリンライナーが出発する。
車窓には夜の街が流れ、岡山市街のビル群を抜けると、あとは点々と灯りが続くだけ。
「実際には――」
楓花が、整理するように話し出す。
「岡山から茶屋町までは宇野線。そこから宇多津までは本四備讃線、宇多津から高松までは予讃線」
「それらをまとめて、“瀬戸大橋線”って呼んでるの」
「それより、はよ食べよ」
ひまわりが笑って、倉敷で買った「桃太郎の祭寿司」の蓋を開けた。
「うわぁ、きれい……でも、ちょっと酸っぱいな」
「郷土料理らしい味付けね」
楓花が淡々と返す。
「保存を考えると、酢が強いのは合理的――」
「うんうん、理屈はわかったから、今は食べよ?」
ひまわりが笑って遮った。
食べ物のことになると、ひまわりは妙に主導権を握る。
ひまわりらしいといえば、ひまわりらしい。
そして、そうした性分が、結果として場の雰囲気を円滑にし、他の三人にとっても食事を楽しみやすいものにしていた。
列車は茶屋町駅に差しかかる。ホームの照明が窓を白く照らした。
「ここが宇野線の分岐点」
楓花が言う。
「昔は宇野港から連絡船で高松へ渡ったんだよ。今は瀬戸大橋が主役だけど」
「時代の流れかなあ」
桜がしみじみと言う。
「交通の流れも、人の暮らしも、同じ場所にとどまれないのね」
いくつかのトンネルを抜け、列車は児島駅に着いた。ここで運転士が交代する。
この地点を境に、管轄はJR西日本からJR四国へと移る。
やがて列車は速度を上げ、前方に闇の海が広がる。
瀬戸内の夜。遠くに連なる白い光は、橋脚を支える照明だ。
「あれが、全長十三キロの瀬戸大橋ね」
カメリアが静かに言う。淡い青の瞳が窓に映り、声は穏やかに響いた。
「へぇ……なんか、ロマンあるやん」
ひまわりが感嘆する。
「ありきたりな感想ね」
楓花が即座に返した。
「でもさ、こうして光が続いとると……夜空を旅しとるみたいやん?」
ひまわりはなおも言った。
「確かに」
桜がぽつりと応じる。
「夜の国を渡っとるみたいや」
ひまわりの屈託のない言葉は、たしかに、いま車窓に流れている風景を言い当てているように思えた。
与島を過ぎると、前方に坂出の灯が見えはじめる。
「あれが坂出の工場地帯やね」
桜が少し声を落として言った。
「石油コンビナートや造船、化学工場が集まっとる場所や」
「番の洲よ」
カメリアが静かに補足する。
「もとは鳥が集う浅瀬だったけれど、埋め立てて工業地帯になったの」
「むずかしい話はさておき」
ひまわりが笑って言う。
「要するに、夜景がきれいってことでええんやね」
列車は四国に上陸し、左にカーブして坂出方面へ進む。
そして、まもなく車内放送が流れる。
「まもなく、坂出。坂出」
窓の外には、四国の玄関口・坂出の街明かりが広がっていた。




