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- 11 - 倉敷の美観地区

2日目


佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松>>吉備津>>備前一宮>>岡山>>岡山駅前>>城下>>岡山>>倉敷【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

四人は改札を抜け、駅前のロータリーに立った。

夕空はすでに群青に沈み、街灯がそれぞれの影を長く伸ばしている。

駅ビルは白を基調に前面はガラス張り。その上に「KURASHIKI STATION」の文字が浮かんでいた。花時計の植え込みには、オレンジ色のマリーゴールドが咲いている。


「夜の街も、ええ雰囲気やな」

ひまわりが伸びをする。旅の熱が冷め、肌に少し冷気を感じる時刻だった。


「ここから歩いて十分くらいかな」

桜が案内地図を見ながら言う。

「美観地区は夜もライトアップされとるんよ。白壁と柳が灯りに浮かぶらしい」


駅前通りを抜けると、古い町家の並ぶ通りに変わる。倉敷中央通りから脇に入り、細い商店街を抜けると、夕餉の匂いが漂い始めた。シャッターの半分下りた店々から、時折テレビの笑い声が漏れる。


「このあたり、昔は“倉敷村”って呼ばれていたの」

桜の声が静かに響く。

「江戸時代には幕府の天領で、備中の物資がここに集まっていた。水運の要所なんだよ」


「そうだね。倉敷の名前は“蔵屋敷”が語源だと言われている」

カメリアが頷く。

「蔵の街、つまり物流の拠点だったということね」

彼女は、その解説を続けた。

「地形的にも低地で、川が枝分かれして瀬戸内海へ通じている。水の都には、理想的だったはずなんだよ」

地理好きの彼女の視線は、夜の地図を追うように遠くを見ていた。


やがて、「倉敷物語館」の長屋門が現れる。江戸時代の門と土蔵を改装した建物で、やわらかな光が灯っている。展示はすでに終わり、虫の音だけが静寂を満たしていた。


その先に、白壁の町並みが広がった。

倉敷川がゆるやかに曲がり、柳の枝が水面を撫でている。街灯と提灯の光が川面に映り、揺れながら流れていった。

川の両岸には、淡い光に照らされた古い建物が連なり、石畳の路地がほのかに輝いている。柳の並木、浮かぶ小舟。江戸期の町屋と蔵がそのまま息づき、時おりレトロな洋館が混じる。


「うわぁ……ほんま、きれい」

ひまわりが声を上げた。素直な感嘆だ。彼女の瞳に、漆喰の白壁が映り込んでいる。


「照明デザインは、石井幹子さんの仕事らしい」

カメリアが静かにつぶやいた。

「日本に“ライトアップ”という考え方を根づかせた方。東京タワーや東京駅、レインボーブリッジ……海外だと、パリのエッフェル塔も手がけている」

彼女は一息ついて、話題を身近な場所へと引き寄せた。

「兵庫では、明石海峡大橋や姫路城もそうだったはずよ」


「姫路城の夜景も、同じ人なんや」

何度も姫路城を訪れた桜でさえ、驚いたように息を呑んだ。


今橋の上に立つと、風が頬をかすめた。欄干の龍の彫刻が光を受けて浮かび上がる。川の両岸の建物を見渡すと、光と影が織りなす幻想の世界が広がっていた。


「まちの心臓みたいな場所ですね」

桜がそっと言う。

「地形も、人の流れも、歴史も……全部、ここに集まっているんだ」


挿絵(By みてみん)


大原美術館の白い列柱が、夜の闇に浮かんでいた。

ギリシャ神殿を思わせる建物は、抑えた照明に包まれ、静かな威厳を放っている。


桜はその姿を見つめ、静かに息を吐いた。

「昭和の初め――日本で最初に生まれた西洋美術館。一人の志が、この街を動かしていた」


大原孫三郎は、倉敷の紡績業を発展させ、街そのものを支えるほどの財と影響力を築き上げた人物だった。

1930年、大原美術館は、その大原孫三郎によって開館した。洋画をはじめ、古代エジプト美術や中近東美術、中国美術までを収蔵し、日本で初めて西洋近代美術を常設展示した美術館である。


楓花が小さく頷いた。

「鉄道も同じだ。結局、人を動かすのは情熱なんだ」


通りを歩くと、蔵を改装した店から甘い香りが漂う。林源十郎商店では、ガラス越しにマスキングテープが並び、店員が片付けをしていた。


「ここ、“マステ”の聖地やろ?」

ひまわりが目を輝かせる。

「旅のしおりに貼れたのに……まあ、閉まっとるけど」


その無邪気さに、桜が笑い、カメリアも口元をほころばせる。白壁の光が、夜風に揺れていた。


本町通りを北へ抜けると、道は静かになった。格子戸の奥から笑い声が漏れ、提灯が低く揺れる。少し先に赤レンガの壁が見える。アイビースクエアだ。


「ここ、昔は倉敷紡績の本社工場やった場所だったのか」

楓花が足を止める。


「そうだね。倉敷紡績の本社工場だったところ」

カメリアが静かに補足する。

「今はホテルだけど、建物は明治の姿をそのまま残している」


蔦――アイビーに覆われた壁がライトアップされ、赤煉瓦に柔らかな影を落としている。中庭には煉瓦の香りと草の匂いが混じり、ひっそりとした時間が流れていた。


「大きな“もじゃハウス”やな」

ひまわりがそう例え、三人の笑いを誘った。


「ところで知っている?」

桜が言う。

「なぜ、こんなに蔦で覆われているのか」


「景観のため、とか?」

楓花が首をかしげる。


「それもあるけどね。空調の工夫でもあるの」

桜が穏やかに続けた。

「夏は日差しを遮って、冬は葉を落として光を入れる。昔なりの知恵なんだよ」


「へぇ、よう考えられとるな」

ひまわりが感心したように頷く。


「それに、もともとはイギリスの設計をほぼそのまま使っていたからね」

カメリアが続ける。

「倉敷の気候とは合わない部分もあった。緯度が違えば、採光条件も変わるもの。だから蔦で調整していた、という話を聞いたことがある」


四人はしばらく黙って歩いた。柳が風に揺れ、川面に金の波が立つ。夜空には薄雲がかかり、灯りが滲んで見えた。


「夜って、街の“ほんとの顔”が見える気がするね」

カメリアの声が柔らかく響く。


「光が少ない分、輪郭がはっきりするんだよ」

桜が頷く。

「人も、街も」


――19時50分発、岡山行。


「……一日、いい旅だったね」

桜がそっと言った。


「ほんまやね。次はどこ行こ?」

ひまわりが腕を伸ばし、笑顔で空を見上げる。


「効率も大事だけど」

楓花が窓外に流れる夜景を見つめながら言う。

「こうして街の息づかいを感じる旅も、悪くない」


「人も、街も……夜にしか見せない顔がある」

カメリアが静かに締めくくった。

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