- 10 - JR伯備線 岡山駅~倉敷駅
2日目
佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松>>吉備津>>備前一宮>>岡山>>岡山駅前>>城下>>岡山【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
女子高生4人――桜、楓花、カメリア、ひまわりは、岡山電気軌道の路面電車から降りると、反射的に走り出した。
岡山駅前の電停では、アスファルトの濡れた光が街灯に反射して小さく瞬く。
階段を駆け下り、地下道を抜け、JR岡山駅の改札を目指す。
「ほらほら、走るでー!」
ひまわりが笑い声をあげる。
桜のリュックが上下に揺れ、楓花は先頭を軽やかに進む。
カメリアの銀色の髪は、夜の光に淡く反射して、風に揺れるたびに柔らかくきらめいた。
岡山駅のコンコースに飛び出すと、アナウンスが流れる。
「まもなく、二番のりばから、備中高梁行き普通列車が出発します」
楓花は息を整えつつ、走り込む。
「……間に合ったな」
四人はほぼ同時に車内へ滑り込み、つり革を握った。
ちなみに、この列車はJR伯備線のものだが、岡山から倉敷に向かう区間は山陽本線と線路を共有しており、実際には並行する形で運行されている。
18時23分、列車が静かに動き出す。
車内にはほのかな冷房の風が流れ、外の夜気がかすかに混じる。岡山の街はすでに群青色に沈み、街灯や車のライトが点々と光を放っていた。
ビルのシルエットは濃紺に溶け込み、道路を走る車の赤いテールランプが線を描きながら遠ざかる。
楓花が窓の外を指さし、静かに話し出す。
「左手に見えるのが岡山貨物ターミナル。昔は“西岡山駅”と呼ばれていた貨物駅で、西日本最大級。山陰や四国、水島臨海鉄道の貨物の中継点でもあるの」
ひまわりは目を丸くして声を上げる。
「貨物駅まで詳しいんや!? なんでそこまで知っとるん!」
楓花はわずかに口元を緩める。
「鉄道好きには常識だ。旅客線の裏で、別の世界が動いている」
軽く息を継いで、続けた。
「ところで、“福山レールエクスプレス号”は知ってる? 福山通運が専用編成を持つブロックトレインね。ここにも所属している」
淡々とした説明に、桜が肩をすくめる。
「ふーん、出ました。“鉄ヲタ講座”だね」
しかしカメリアは目を細めて窓の外を見つめ、柔らかく微笑む。
「でも、面白い。人の動脈と、物の動脈が重なってるみたいだね」
その声は夜の静寂に溶けるようだった。
列車は北長瀬駅に差し掛かり、左手に白い岡山ドームが浮かぶ。
最高天井三十五メートルの空間は、スポーツやイベントの会場として知られる。
かつてはここ一帯も貨物操車場だった。周囲には新興住宅が並び、屋根が街灯に淡く照らされている。
そして、「庭瀬」と次の駅名を告げるアナウンスが流れたとき、カメリアが地理の豆知識を披露した。
「この辺りが、備前と備中の国境だよ」
「国境?」
ひまわりが、思わず声を上げる。
車窓に広がっているのは工業地域の真ん中だ。柵があるわけでもなく、山も川も見当たらない。
起伏のない平坦な土地は、彼女が思い描いていた「国境」のイメージとは、あまりにもかけ離れていた。
「実はね、『境目川』っていう小さな川が、その境界になってるの」
用水路のような細い流れが、備前と備中を分けているという。もっとも、今は、その川は市境でもなく、岡山市内に含まれている。
列車はすでに減速に入り、車窓の景色は流れるように後ろへと遠ざかっていく。その中で「境目川」を見つけられるのは、ほんの一瞬だ。暗がりも相まって、さすがのカメリアも、それが本当に境目川だったのか、確信は持てなかった。
「そういえば、吉備津神社と吉備津彦神社のときも、そんな感じだったよね?」
楓花が、ふと思い出したように言う。備中と備前、それぞれの一宮を訪れたときも、いかにも“境”とわかる場所は見当たらなかった。
実際には、吉備津神社の背後にある、少し小高い山――中山茶臼山古墳が、国境線の上に位置しているのだが、知らなければ気づかないままだっただろう。
残りの手がかりとしては、”備前備中国境標石”というものが西国街道沿いにあるのだが、線路から少し離れているので、車窓からは見えない位置にある。
“国境講座”が終わって、庭瀬駅を過ぎると、視界が広がり、田園地帯が暗闇に沈む。
水路にわずかな光が揺れ、稲の葉をなでる風が遠くの林を通り抜けていった。
空の端にはまだかすかな金色の残光が残る。川沿いを自転車が一台、静かに家路を急ぐ。
こちらの足守川が、岡山市と倉敷市の境だ。
カメリアが窓の外を見つめ、静かに呟く。
「景色、変わったね。ビルが減って、街が息を抜いてるみたい」
桜が頷く。
「岡山と倉敷って、近いのに街の“匂い”が全然違うよね」
カメリアは微笑む。
「歴史の歩みが違うからね。昔、合併の話があったんだ。岡山と倉敷が一緒になって、中国地方初の政令指定都市を目指す計画」
「でも、倉敷が裏切ったって話、あるよね?」
桜が返す。
「倉敷は天領だった。岡山の藩主の町とは立場が違う。江戸の頃から“監視する側”と“される側”。その感覚が、今も街に残っているらしいよ」
真偽のほどはともかく、桜が言うともっともらしく聞こえる。
カメリアがくすっと笑う。
「マンチェスターとリヴァプールみたいなものかな。産業革命から続く都市の因縁。今はサッカーの誇り合戦」
ひまわりも笑顔で話に乗る。
「浦和と大宮も同じやねん! テレビで見たけど、なんでお隣同士やのに仲良うできへんの?」
桜が肩をすくめ、微笑む。
「まあ、今はそれも“ネタ”のひとつだけどね。でも、街のプライドって、意外と根深いものなんだよ」
列車が中庄駅に近づく。ショッピングモールの灯りが揺れ、郊外らしい光が増していく。カメリアの頬にその光が反射し、銀色の髪が夜気に柔らかく輝いた。
楓花がちらりと横目で見て、微笑む。
「……やっぱりカメリアは、黄昏に一番似合う」
「……どういう意味?」
カメリアが小さく笑う。
「黄昏の光って、どこも同じ色に見えるけど……カメちゃんは、その光に一番映えるわ」
ひまわりも笑い、桜が小さく息を漏らした。
列車は速度を落とし、倉敷の街の灯りが近づく。空は群青に沈み、住宅の窓にひとつずつ灯りがともる。遠くに煙突の影、工場の赤いランプが点滅し、夜の活気を静かに示している。
「まもなく、倉敷。倉敷」
アナウンスが流れ、四人は顔を見合わせた。ドアの向こうで夜が完全に立ち上がる。
18時41分、列車は倉敷駅に静かに滑り込む。ひんやりとした夜気が車内に流れ込み、ひまわりが背伸びをして息を吐く。
「着いた~。でも、今日の旅、まだ続くんやろ?」
楓花が軽く頷き、桜は笑みを浮かべた。
「もちろんだよ」




