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- 7- JR桃太郎線 備中一宮駅~岡山駅

2日目


佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松>>吉備津>>備前一宮【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

16時51分発の岡山行。

備前一宮駅を発車した二両編成の列車は、夏の陽射しをいっぱいに浴びながら、ゆるやかな弧を描いて走り出した。


夕刻近くとはいえ、まだまだ空は明るい。窓の外には、一面の稲田が青々と広がっている。風が渡るたびに稲穂がざわめき、きらきらとした波が打ち寄せるように揺れた。

遠くには吉備の中山の稜線がくっきりと姿を見せている。吉備津彦神社の森を後にしたばかりの彼女たちには、その稜線がまるで見送ってくれているように思えた。


挿絵(By みてみん)


「青い海みたいやなぁ」

ひまわりが窓に額を寄せ、子どものように目を輝かせる。


「ほんとだね。夏の稲って、光を返すからきれいだよ」

桜はそう言って頷き、御朱印帳を大事そうに膝の上に置いた。今日一日で新たな朱印がいくつも増え、開けばまだ墨の香りが残っている。


「備前の一宮は吉備津彦神社。でも、もうひとつ、石上布都魂神社というのもあるんだ」

桜は窓の外を見たまま、思い出したように言った。

吉備津彦神社の境内でいったん区切りがついたはずの一宮の話が、列車の揺れに誘われるように、また静かに再開した。


「えっ、一宮って二つあるん?」

ひまわりが振り返る。


「原則は一つ。でも、歴史の事情で二つ並び立つこともある。備前国はその例ね」

桜が答えると、カメリアが続けた。


「石上布都魂神社は赤磐市にあって、素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀っている。社格の上では一宮ではないけれど、由緒を強調して“一宮”を名乗っているの」


石上布都魂神社は最寄り駅もなく、バス路線からも外れているという難所だ。そこを訪ねる意義を見いだせなかったことが、彼女たちをためらわせた。


「へえ……神社同士のプライドの張り合いやなぁ」

ひまわりが口をとがらせる。


「もともとは安仁神社が一宮だった、とも言われている。天慶の乱で藤原純友に与したとされ、その地位を失って、吉備津彦神社に移ったという話だ」

桜の声は落ち着いていたが、歴史を追う熱は隠しきれていなかった。


平安中期、関東の平将門の乱と、瀬戸内海の藤原純友の乱――。同時期に起きたこの二つの反乱は、まとめて承平天慶の乱と呼ばれる。武士の台頭を象徴する戦乱であり、その渦中に巻き込まれたと伝えられているのが、安仁神社だったという。


「テンギョウノラン……ああ、そんなの習った気ぃするわ」

ひまわりは明るい茶髪をかき上げ、曖昧に笑った。


「一宮にも、ちゃんと政治が絡んでるんやなぁ」

そう言って、小さく息をつく。


列車は稲田を抜け、畑や農家の家屋が点在するエリアへ入った。

庭先には柿の青い実が揺れ、干された洗濯物が夏の西日を受けて眩しい。田園風景から郊外の住宅街へと、景色は少しずつ変化していく。


「次は大安寺」

車内放送で駅名が流れる。


「大安寺? なんか、有名なお寺がありそうな名前やな」

ひまわりが首を傾げる。


「調べたら、この近くに日蓮宗の大安寺というお寺があるみたいだよ」

桜がスマホを取り出して画面を見せる。


「駅名は地名由来だったはず」

楓花が言う。


「そうだね。もともとは奈良の大安寺が、朝廷の許可を得てこの一帯を開発した。その名残で“大安寺”という地名が残り、駅名にもなったんだよ」

カメリアの声は落ち着いていた。


「えっ、奈良の大安寺って、南都七大寺の?」

桜が驚いたように目を見開く。


「そう。東大寺、興福寺、元興寺、薬師寺、西大寺、法隆寺、そして大安寺」

カメリアは簡潔に列挙した。


「……ほんま、なんでも知ってるなぁ」

ひまわりが感心したように言い、楓花も小さく頷いた。


有名な奈良の寺院が並ぶなかで、大安寺という名は、地元の人や歴史に詳しい人でなければ、あまり耳にしないかもしれない。

かつては、東大寺大仏の開眼で導師を務めたインド僧・菩提僊那(ぼだいせんな)が在籍したほどの大寺院だった。

しかし平安遷都の前後から次第に衰え、平安末期の火災で堂宇を焼失。江戸時代には、小さな観音堂ひとつを残すのみとなったという。

現在の本堂は、明治以降に再建されたものだと聞いている。


列車はやがて高架に差しかかり、車窓の眺めが一気に開けた。眼下には碁盤の目のような住宅街が広がり、その向こうにビル群が立ち並ぶ。ついさっきまで稲田ばかりだったとは思えないほど、風景は急速に都市の色へと切り替わっていった。


「切り替わり、早いなぁ。さっきまで田んぼやったのに」

ひまわりがぽつりとこぼす。


「この対比が面白いんだよ。古代から続く吉備の物語と、今の街が同じ場所に重なっている」

桜は窓の外から目を離さずに言った。


大安寺駅の次に停車したのが、備前三門駅――三門と書いて「みかど」と読む。


「この駅名も、寺と関係あるのかな」

今度は楓花が気になったように口にした。


「三門いうたら、お寺の門やろ?」

ひまわりがすぐに反応した。

「前にどっかで聞いた気がするねん」


桜は少し考えてから言った。

「禅宗のお寺には“三門”ってあるね。“空・無相・無作”の門やけど……」


「近くに妙林寺っていうお寺があるみたい」

楓花がスマホを覗き込みながら言う。

「日蓮宗みたいね」

鉄道のことなら即答できる彼女も、宗派の違いとなると慎重だった。

日蓮宗は禅宗とは別の系統である。


「宗派が違っても、三門はあるから」

カメリアはそれだけを補足した。


結局、駅名の由来ははっきりしないまま、列車はゆっくりと再び走り出した。

窓の外には住宅が増えはじめ、かつての門前町――おそらくそうだったのだろう――を思わせる気配だけが、かすかに残っていた。


速度を落とし始めた列車の前方に、大きな駅ビルが迫ってくる。

並行してJR山陽本線、伯備線、瀬戸大橋線の線路が幾重にも交差し、さらに高架上には新幹線ホームの姿が見える。鉄路が集中する巨大ターミナルへと、列車はゆっくり進んでいった。


「都会に戻ってきたね」

ひまわりが静かに呟いた。

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