- 6- JR桃太郎線 吉備津駅~備前一宮駅・吉備津彦神社
2日目
佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松>>吉備津>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
15時42分、吉備津駅を出発した列車は、夏の陽光を浴びながら吉備の田園を抜けた。
緑の稲穂の波が車窓を流れ、風にそよぐたび、海のようにうねって光を返す。
わずか一駅、4分の短い旅の後、備前一宮駅に停車する。
ここに備前国一宮の吉備津彦神社がある。
木目調の外壁が温もりを感じさせる小駅舎は、周囲の田園風景に溶け込むように静かに佇んでいた。
吉備津彦神社の最寄り駅として、まるで神社の社務所のような趣もある。
四人は改札を抜け、西日にわずかに色づき始めた空を仰ぎつつ、東へと足を向けた。
「吉備津駅から一駅だったし、さっきの吉備津神社から歩けたんやない?」
ひまわりが笑い、軽い足取りで先を急ぐ。
「徒歩で三十分ほどだ。列車の時刻が合わなければ、その選択になっていた」
楓花が即答する。スケジュール管理は彼女の得意分野である。
実際、この区間は“吉備の中山みち”という散策ルートとして整備されていた。
「とにかく急ごう。余裕はあまりない」
楓花がそう言うからには、残された時間は多くないのだろう。
やがて、吉備津彦神社の東鳥居が姿を現した。
大きな池に立つ朱の鳥居は水面に映え、揺れる葦が影を縁取る。鳥居をくぐれば、池を横切るように参道が延びていた。
「ふーん……池を渡る参道か。なんだか、異世界の入口みたいだね」
桜が立ち止まり、カメラを構えながら言う。
「神が降りる場所だと考えれば、この配置も合理的だ」
楓花が静かに目を細めた。
カメリアは少し間を置いて続けた。
「それに、ここは“朝日の宮”とも呼ばれている。夏至の日には、鳥居の正面から太陽が昇って、水面が鏡みたいに光るんだ。参道そのものが、神に捧げる道になる」
「夏至の日……想像するだけで、ちょっとすごいね」
桜は小さく息をのんだ。
参道を進むと木立が影を落とし、鳥の声が遠ざかっていく。
池を渡りきると、吉備の中山の麓に社殿が姿を現した。
檜皮葺の屋根と白壁。比翼入母屋造の吉備津神社に比べれば規模は小さいが、むしろこの吉備津彦神社は山そのものの神聖さを背負い、素朴ながら揺るぎない威厳を放っていた。
「荘厳だけど……どこか柔らかい印象だな」
楓花の言葉は、観察者らしい率直さだった。
「うん。吉備の中山そのものが神の山だからね。この社殿は、山の気配をそのまま受け止めてる感じがする」
桜が静かにうなずく。
ひまわりは風に髪を揺らしながら笑った。
「うちは桃太郎さんの話しか知らんかったけど……ほんまに、神さんがおる場所やったんやなぁ」
拝殿の前に立つと、参道を抜ける風がふっと止んだ。
境内はしんと静まり、カメリアが目を伏せずに言った。
「ここは……力を感じるね。理屈じゃ説明できない。神が降りた場所、そう言われると納得する」
本殿は緑濃い吉備の中山を背に堂々と構え、俗世と神域を明確に隔てていた。
四人は拝礼を済ませ、境内を散策する。石灯籠の影、斑に落ちる木漏れ日、樹齢数百年の楠。幹に触れると、冷たいようで温かな息吹が伝わった。
「いまさらだけどさ、吉備津神社と吉備津彦神社って、名前そっくりだよね」
ひまわりが首をかしげる。
「場所も近いしね。もともと、同じ吉備国にあったから」
カメリアが淡々と答える。
「……ちなみに、広島にも同じ名前の一宮があるよ」
「同じ一宮で同じような名前って……ややこしすぎやろ」
ひまわりは苦笑した。
吉備国はかつて大和に匹敵する勢力を誇り、のちに朝廷によって
備前・備中・備後の三国に分割された。
それぞれに一宮が置かれ、同じ吉備津彦命を祀りながらも、
成り立ちや役割は少しずつ異なっていった。
「さらに備前は、強すぎるって判断されて、美作国に分けられたんだよね」
桜が小声で補足する。
「よっぽど警戒されとったんやなぁ」
ひまわりは感心したように言った。
「合理を超えた信仰が、人の背中を押す。……そういうことだね」
カメリアの声は変わらず淡々としていた。
桜はその言葉に、ふっと口元をゆるめる。
いつの間にか受け取っていた御朱印帳の重みが、手の中に静かに残っていた。
ひまわりはふと、つぶやく。
「桃太郎って、ただ鬼を倒す話やなくて……人が信じる力の物語なんやな」
境内を歩きながら、楓花がふと足を止めた。
「さっきから話しのなかで、気になっていたのだけど。吉備津神社も、この吉備津彦神社も、祭神は“大吉備津日子命”と書いてあった。吉備津彦命とは別なのか? 二柱いるように見える」
カメリアは少し考える間を置いてから、静かに答えた。
「同じ存在だよ。“大吉備津日子命”は正式な神名で、“吉備津彦命”は人に語り継がれる呼び名。伝承の中で呼び方が分かれただけ」
「なるほど。表と裏、みたいなものか」
楓花は納得したように頷く。
その様子を聞いていたひまわりが、ぽつりと言った。
「……カメちゃん、やっぱ詳しすぎやって」
帰り道、駐車場の北西側で、ひまわりが足を止めた。
「……あれ。桃太郎さん、おったんや」
指さす先には、小さな像が立っていた。
穏やかな表情の桃太郎と、その足元で寄り添う犬と猿。どれもどこか柔らかく、見ているだけで肩の力が抜けるような顔つきだった。
桜は少し首を傾げる。
「行きは気づかなかったね」
「せやなぁ」
ひまわりは笑って、像を見上げる。
「なんか……強そうやのに、やさしい顔しとる」
夕方の光の中で、桃太郎と犬と猿は、変わらずそこに立っていた。
夕刻が近づく頃、四人は参道を戻った。
池を渡る頃には、西日が傾きかけ、夏空の青さの中にわずかに黄金色を帯びはじめていた。水面にはきらめく光とともに、四人の影がゆらゆらと揺れて映っていた。
「……また来たいな。今度は、夏至の日に」
桜の言葉に、誰も否定はしなかった。
備前一宮駅に戻ると、小駅舎は傾きかけた夏の陽射しを浴びて、白い壁をほんのり金色に染めていた。
改札を抜けると、ちょうど16時36分発の岡山行き列車が姿を現した。
四人は並んでホームに立つ。その背後には、池と鳥居、そして吉備の中山が、静かに旅立ちを見送っていた。




