- 5- JR桃太郎線 備中高松駅~吉備津駅・吉備津神社
2日目
佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
15時42分、備中高松駅を出発した一両編成のディーゼルカーには、四人の女子高生が乗っていた。
車窓には穏やかな田園風景が広がり、列車の振動が一定のリズムを刻む。
カメリアが窓の外を指差した。
「右手のほう、あの先に造山古墳っていう巨大な前方後円墳がある。それから楯築遺跡。古代吉備国を象徴する場所ね」
「古墳! ここからは見えへんの?」
ひまわりが身を乗り出し、目を輝かせる。
「残念だけど、直接は見えないけどね。古代、この地には大和にも匹敵する勢力があったの。だから吉備津彦命や温羅の伝説も、この土地ならではなのよ」
カメリアの声音は、伝承を語るとき特有の熱を帯びていた。
ひまわりは素直に感嘆の息をもらす。
彼女にとって“古代の国”といえば、大和王権──それくらいの知識しかない。
だからこそ、ほかにも大きな力を持った地域があったと知り、軽い驚きが走った。
実際、古代の日本列島には大和だけでなく、岡山の吉備をはじめ、北九州や関東にも独自の首長勢力が存在していた。規模や形こそ違えど、いずれも地域をまとめる力を備えていたのだ。
伝承によれば、大和から派遣された五十狭芹彦命――のちの吉備津彦命――が、この地で鬼とされる温羅を討ったとされている。
桃太郎の原型とも言われる物語である。
「桃太郎の鬼退治かぁ」
ひまわりは声に笑みを含ませながら、楽しげに口をすべらせた。
やがて列車はわずか四分の行程を終え、吉備津駅に停まった。
小さなトタン屋根風の駅舎を抜けると、四人は松並木の参道へ足を踏み入れる。
空気は澄み、風に揺れる松葉がかすかな囁きを響かせていた。
目指すは備中国の一宮――吉備津神社である。主祭神は、まさに鬼を討った吉備津彦命だ。境内には、かつて討たれた温羅を祀る社もひっそりと鎮座している。
ほどなくして朱塗りの大鳥居が現れ、その先に社殿が姿を見せた。
吉備津彦命を祀る古社――桃太郎伝説の源とも称される場所である。
「すご……想像以上やなあ」
桜が思わず息をのむ。
白壁と檜皮葺の屋根が連なる社殿は、独特の「比翼入母屋造」。二つの大きな屋根が翼のように並び立つ姿は壮観で、全国でも唯一の様式とされる。
稜線は秋空を鋭くも優雅に切り裂き、その下に伸びる回廊は、まるで永遠へ続く道のように長く見えた。
「これが比翼入母屋造……国宝にも指定されているんでしょう?」
桜が囁く。
「そうだね。ここだけの形。建築としても、信仰としても特別なの」
カメリアが淡々と応じた。
四人は長い回廊へ足を踏み入れる。
三百六十メートルにもおよぶ廊下は薄暗く静まり返り、外光が柱の間から斜めに射し込む。木目の影が足元に長く延び、風の通り道さえ閉ざされているように思えた。
「……音が吸い込まれるみたいや」
ひまわりが声を落とす。
足音は木材に反響し、耳の奥で膨らんでは消えていく。歩を進めるほど時間の感覚が遠のき、四人は知らず身を正していた。
境内の奥、御竈殿へ案内される。そこでは、古くから伝わる鳴釜神事が今も受け継がれていた。
受付で「一人三千円」と告げられ、四人は互いの顔を見合わせる。
「ここしかない体験じゃない?」
桜の一言に、ひまわりが小さく息を吸ってうなずいた。
その瞬間、全員の迷いが解けたようだった。
暗がりの中、巨大な釜が据えられ、白衣の阿曽女が玄米を静かに炒っている。
香ばしい匂いが漂った刹那、釜全体が低く唸るような音を立てた。
阿曽女という耳慣れない名だが、神様に供える米を作り、この「鳴釜神事」を担う女性のことらしい――と、カメリアは考えながら、その所作を見入っていた。
「……っ」
四人は顔を見合わせる。
その鳴動は風でも木材の軋みでもない。地の底から這い上がるような、不意に胸を圧する響きだった。
太鼓のような規則性もなく、予兆もなく突如として始まり、空気を押し分けるように境内を満たす。
音は次第に高まり、重苦しい圧力となって胸を締め付けた。
桜は小さく身を震わせた。
「……これが、吉か凶かを占う音かな」
「鼓膜どころか、内臓まで揺れてる。これ、神様の占いにしてはずいぶん物理的です」
楓花の声も掠れている。
ひまわりは両手を胸に当て、言葉を失っていた。普段の快活さは影を潜め、ただ目を見開くばかりだ。
カメリアは釜を凝視していた。青い瞳には理性を超えた畏怖と探究心が同居し、胸底から湧き上がる衝動を抑えきれないようだった。
やがて祝詞が奏上されると、鳴動は静まり返り、境内に沈黙が戻った。
残響だけが耳に残り、四人はしばし身動きできなかった。
「……吉とか凶とか、そういう次元を超えているんじゃない」
桜が吐息のように言う。
「うん。ただ怖いだけちゃう。背中を押されるようで……でも、突き放されるような」
ひまわりが言葉を探す。
「こんな音、信じざるを得なかったんだろうな」
楓花が低く呟いた。
「合理で説明できないことほど、人の心を縛るのよ」
カメリアは静かに言った。
神事を終え、社務所で御朱印を受ける。墨の香が濃く、朱の印影が鮮烈に残っていた。桜は紙面を見つめ、安堵のように微笑む。
「形に残ると、不思議と心も落ち着くね」
「証拠を持ち帰るって、大事なこと」
楓花が頷く。
そうして神事は幕を閉じ、四人は帰路に着く。
いつの間にか、ひまわりが境内で「元祖きびだんご」を買っていた。
「こんなとこで食べるから、余計おいしいんや」
無邪気な笑顔が張り詰めた空気をほぐし、三人も笑った。
参道を戻るころ、空は夕刻の色を帯び始めていた。松並木の影は長く伸び、風が笛のように鳴る。
ひまわりが立ち止まり、ぽつりと言う。
「桃太郎の話って、子ども向けのおとぎ話やと思っとった。でも、ほんまに残っとるんやなぁ」
「そうだね。人が語り継ぐかぎり、物語は生き続ける」
カメリアが静かに応じる。
「だから旅は面白いんだよね」
桜が軽く笑い、楓花も無言で頷いた。
16時17分発の列車に間に合うよう、四人は吉備津駅へと戻る。
西日にわずかに色づき始めた空の下、小さな駅舎が柔らかな影を落としていた。彼女たちの影もまた並んで長く伸びていた。




