- 4- 備中高松城
2日目
佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>総社>>備中高松【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
15時9分、備中高松駅のホームに列車が滑り込むと、四人の女子高校生は揃って腰を上げた。
夏の午後の光がコンクリートの無人駅舎を照らす。駅を出ると、眼前には平凡な田畑と民家が広がり、稲の香りと風の匂いが混ざり合った。
駅から城跡までは徒歩で十分足らず。旅の一歩一歩が、四人の心を少しずつ戦国の時代へと引き寄せていく。
「……ここが舟橋。案内板しかないけど」
楓花が足を止め、板を指さす。かつて城と外壕を繋ぐ道には、船を並べて板を渡す舟橋が架けられたという。今は川幅も狭く、その面影はほとんど感じられないが、桜は微笑みながらふっと声を落とした。
「今は畦道みたいになっているけど……ここに武士たちも行き来していたという感じがいいよね」
道をさらに進むと、木々の向こうに広場が見えてくる。
備中高松城址公園。
天守や石垣は現存しないが、土塁の輪郭や沼に囲まれた平城の痕跡が今もなお確認できる。水面には白い蓮が浮かび、夏の光を反射して揺れていた。
「平城だから高くはないけど、沼に囲まれてたんだね。これが守りの堅さだったんだよね?」
カメリアが地形図を見ながら静かに言う。淡々とした声だが、青い瞳には地形への興味が宿っている。
桜はうなずき、小さく息を吸って言葉を重ねた。
「うん。“水の守り”っていう難敵を、逆に攻めに変えたんだよね。秀吉と官兵衛、こういうところほんと抜け目ないんだ」
豊臣秀吉は、織田信長から命じられた「中国攻め」の最中、この備中高松城の攻略に直面した。
城主・清水宗治の統率と、沼地を天然の堀とした堅固な守りによって攻囲戦は膠着する。
長引けば毛利の援軍が到着し、戦全体の均衡が崩れる状況だった。
この行き詰まりを打開する策として黒田官兵衛が示したのが、「水攻め」である。
城の周囲はもともと低湿地で、土地そのものが防御となっていた。
しかも梅雨で水量は増しており、攻め手にも近づきがたい。
この“水の守り”を、官兵衛は逆手に取った。
秀吉は城の周囲に堰堤を築き、足守川の水を引き込んで城ごと水没させる方針を取った。
ちょうど増水していた河川をそのまま利用し、短い期間で堰を仕上げてしまったのだ。
その手際の良さは、三木合戦や鳥取城攻めでの経験があったからだと言われている。
あのときも、土塁をめぐらせて補給路を完全に断ち、守備側の戦意をじわじわと削いでいった。
土木と地形を組み合わせて戦況を動かす——秀吉の得意な攻城戦術が、ここでも生かされた形だった。
やがて城は水に包囲され、宗治は城兵の命を守るため、自ら城を出て船の上で自刃した。
これが世に言う「高松城水攻め」である。
「水攻め」の戦略が見事に成功した稀有な例として知られ、その歴史的意義から、備中高松城は続日本100名城に選ばれている。
桜は本丸跡に立ち、深呼吸する。
ここに清水宗治が立ち、城を守ったのだ。
周囲の低湿地帯は、当時の守りの堀や沼の名残だ。北西には宗治の胴塚、中央には首塚があり、静かに歴史を見守っている。
ひまわりはおどけた表情で言った。
「ここで秀吉と宗治が戦ったんやなあ。……なんか、歴史の教科書ん中に入り込んだみたいやわ」
城跡を一巡した後、四人は隣接する老舗和菓子屋「清鏡庵」に向かう。
店内には甘い香りが立ち込め、水攻饅頭が並んでいる。
「名前はちょっと物騒やけど、味は最高やんね」
ひまわりが嬉しそうに笑い、口に運ぶ。
楓花は冷静に味を確かめ、
「うん……甘さは控えめ。後味に、少し梅の酸味が残るね」
と淡々と評価する。
カメリアは無言でこくりと頷き、桜は満足げに目を細めた。
「んふふ……こういう旅の甘いもんって、ええよねぇ」
滞在時間に余裕はなかった。
楓花が腕時計をちらりと見て、歩幅を一段階だけ大きくした。
「……そろそろ時間が厳しい。次の列車に、間に合わなくなる」
「ふーん、急ぐ旅も悪くないねぇ」
桜は追いつきながら、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべる。余裕の声色だ。
楓花は横目で桜を見た。
言いたいことはあるらしいが、口にはしない。小さく息を整えて、さらに歩調を上げる。
ひまわりは少し息を切らしながら、
「はぁ……時間、大丈夫やろか。ま、走ればなんとかなるか!」
と声を上げ、カメリアは静かに歩き続ける。地面に残る古い石畳の感触を確かめるように、慎重な足取りだった。
途中、桜の提案で道を少し変え、最上稲荷の大鳥居をくぐる。高さ27.5メートル、朱色の鉄筋コンクリート製で、下を県道が通る巨大な鳥居だ。
四人は足を止め、その存在感に圧倒される。
正式には「最上稲荷山妙教寺」といい、伏見、豊川とともに日本三大稲荷に数えられる。霊廟までは徒歩約40分で、今回は見送ったが、桜としては次の機会があればぜひ行きたいところだ。
桜が鳥居を見上げ、小声でつぶやく。
「鳥居だけでも、力あるねぇ。さすが日本三大稲荷」
「うわ、すごい迫力やん!」
ひまわりが目を丸くし、
「……確かに。見応えはあるね」
楓花も、いつもよりわずかに感情を乗せて言った。
ただ、その声音の端には、次の列車を気にする焦りが薄くにじんでいた。
カメリアは無言のまま、真っ直ぐに鳥居の直線美を見上げていた。
駅に戻ると、15時42分発・JR桃太郎線岡山行きに間に合った。
列車に乗り込むと、窓外には再び田畑と民家の風景が広がる。
駅から城跡までの徒歩、舟橋跡、公園内の土塁や堀、清鏡庵の水攻饅頭、最上稲荷の大鳥居――歩きながら感じ、見て、味わった景色が、夏の記憶として四人の胸に刻まれていく。
列車は夏の午後、岡山方面へとゆっくりと走り出す。
備中高松の町の静かな日常と、戦国の歴史が重なる風景を背に、四人の鉄道旅は次の目的地へと向かった。




