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- 2 - 備中松山城

佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

四人の女子高生は、いよいよ山頂の備中松山城を目指す。


登山口までは路線バスもあるが、本数が少なく、時刻が合わなかった。

結局、駅から徒歩三十五分の道のりを歩くほかない。


「寄り道も楽しいね」

桜がそう言って笑うと、楓花は時計を指でとんとんと叩きながら、

「早歩き」と短く釘を刺した。

少しでも時間を巻いておきたいのだ。


タイムキーパー役の楓花に急かされながら、桜、カメリア、ひまわりは、足早に小高下谷川沿いの道を登る。

高梁の市街を抜けるこの道は、川面を渡る風がまだ涼しいのが救いだ。

やがて、中洲公園の前を通りかかる。


「なかす…?」

とひまわりが首をかしげる。川沿いではあるが、公園は川から少し離れた場所にある。


「“ちゅうちゅう”って読むらしいよ。山田方谷の門人の名前なんだって」

桜が案内板を読み上げる。


カメリアが、少し思い出すように楓花へ声をかけた。

「そういえば、方谷駅を通ったときに言っていたよね。あの駅名に使われていた“方谷”って――山田方谷、その人のことなの?」


「そう」

楓花が頷いた。備中松山藩士であり漢学者の山田方谷は、江戸後期に藩財政を再建した人物である。


「門人まで地元に慕われるなんて、恐るべし方谷やな」

ひまわりは目を丸くした。


そして四人の行く先は、さらに勾配のある坂へと続いていた。臥牛山の方角へ進んでいるのだ。


「がぎゅうざんって?」

ひまわりが首をかしげる。


「山の姿が、牛が寝そべってるみたいらしいよ」

カメリアが静かに答える。


臥牛山は四つの峰から成り、古くは“松山”と呼ばれていた。これが備中松山城の名の由来である。四峰にはそれぞれ中世から近世の遺構が残るが、現存天守があるのは小松山という頂であった。


やがて、臥牛山の中腹にある「城まちステーション」に着く。

ここが備中松山城へのシャトルバスの乗り場だ。


ちょうど発車直前のバスが停まっていた。

十五分おきに走り、先の“ふいご峠”まで一気に運んでくれる。乗車時間はわずか五分。歩けば二十分はかかるという。

運賃五百円は、なるほど“時間を買う”値段であった。


バスを降り、さらに坂を上がると、石垣が視界に迫ってきた。自然の巨岩を削り出したかのような断崖の上に、なお石を積み重ねた姿。人力でこれを築いたという事実が、かえって信じ難い。


「すご……。山の上に石の壁やで」

ひまわりが絶句する。


「これは、日本の築城技術のひとつの到達点なのよ」

カメリアは冷静に評価した。


桜は足を止め、感慨を込めてつぶやく。

「これが備中松山城。現存十二天守のひとつで、しかも唯一の山城」


標高四百三十メートル、小松山の頂に建つ天守は二層二階建て。

小規模ながら、江戸初期の姿を今に伝えている。

明治の廃城令を免れ、二重櫓や土塀とともに国の重要文化財に指定されている。

さらに本丸には、2つの平櫓をはじめいくつかの門や塀が復元され、当時の城の景色をそのまま感じ取ることができる。


桜が石段を登りながら解説する。

「この城は“詰の城”っていって、いざというときに籠城するためのもの。普段の政治は、さっき見た御根小屋で行われてたんだよ」


「つまりここは攻められたときに使う砦。だからこそ、いままで壊されずに残ったのね」

カメリアがまとめる。実際、廃城令を免れたのは、城が山の上にあったため解体・運搬費用が高くつき、放置されていたからだと言われている。


「敵の侵入を遅らせるため、石段が直角に折れ曲がっているでしょ」

桜が指差した。


「ほんとだ」

楓花も感心する。


やがて天守前の広場に出た。眼下に広がる高梁の町並みは、夏の光に包まれてきらめいている。

山々に囲まれた盆地、流れる高梁川。まさしく明光風靡の地である。


「絶景や……! ここで暮らしたら、毎日飽きへんやろな」

ひまわりが両手を広げる。


「でも、ここに毎日通勤したら大変だと思います」

楓花が苦笑した。


城の中に足を踏み入れると、板張りの床が夏の日差しを反射していた。

長囲炉裏のある広間、主の座所とされる「装束の間」、そして二階の御社壇。木の香りと静けさが満ち、時間が止まったかのようだ。


「小さいけど、すごく落ち着く天守ね」

桜が素直に感想を述べる。


「小さくても、一国を守る気迫がある。無駄のない機能美なの」

カメリアの言葉は、まるで研究者の論文を朗読しているかのようだった。


城には、もうひとつの名物がいた。

白と黒の毛並みをした猫が、縁側で丸くなっている。

数人の観光客が、そっと距離を保ちながらその姿を眺めていた。


「あっ! これ、“さんじゅーろー”やん!」

ひまわりが指さす。パンフレットで紹介されていた猫だ。


「猫が城主? おもしろい」

楓花も、ふだんの無表情をわずかに緩める。


「これも観光の新しい形のひとつ。歴史と癒やしの共存というやつだ」

カメリアがいたって真面目に言うと、ひまわりは即座に返した。

「かわいいから、それでええやん」

四人のあいだに小さな笑いがこぼれ、猫は気にも留めず、また目を細めて眠りに落ちた。


ひとしきり天守や櫓を巡り、城下を一望したあと、四人は下山することにした。


再びシャトルバスに乗り込み、ふいご峠から城まちステーションへ戻る。

バスを降りた瞬間、楓花は腕時計を見て目を見開いた。


「13時55分! 次の列車は14時26分発。余裕ないよ」


「城に来るまでに寄り道しすぎたか」

桜が肩をすくめる。


「今さら反省されても……」と、楓花は言いたげに眉を寄せた。


ここから駅までは、普段なら徒歩三十五分の道程である。

もちろん、全力で急げば短縮はできる――けれど、確実ではない。


悩んでいる余裕はない。四人は一瞬だけ目を合わせ、

次の瞬間、全員の足が一斉に速まった。


「こんなんばっかや!」

ひまわりの声が、風に乗って谷間にこだました。


元来た道を駆け降りること二十五分ほど。

息も絶え絶えになりながら、ようやく備中高梁駅の姿が見えてきた。


十分近い時間短縮を成し遂げたのは、坂道のおかげか、彼女たちの根性か、あるいは楓花が最初からそれを見越していたのか――。


14時26分発の伯備線の列車に間に合うと確信したところで、桜が「ちょっと寄っていく。先に行っておいて」と声をかける。


「どこに?」と、半ば投げやりに楓花が返す。


駅前の“お好み焼ハウス じゅうじゅう亭”に駆け込み、桜は名物インディアントマト焼きそばを素早く受け取る。

お店の人も、さぞ急がされたことだろう。


そして、先に行く三人を追うように改札を抜け、ホームで待つ三人とともに、発車を待つ列車へと飛び乗った。


ふと振り返ると、山上の白壁の天守が、小さくとも揺るぎない存在感を放っていた。

城は、変わらぬ静けさの中で、彼女たちの短い滞在をそっと見送っていた。

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