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- 1 - 備中高梁

2日目


佐用>>上月>>津山>>新見>>備中高梁【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

12時29分、伯備線の列車が山あいにひらけた小都市・備中高梁の駅に滑り込んだ。

有馬桜(ありまさくら)真砂楓花(まさごふうか)葺合(ふきあい)カメリア、そして御影塚(みかげづか)ひまわり――四人の女子高校生の旅は、岡山の県南へと静かに舞台を移すことになった。


橋上駅舎は灰色のコンクリート造りで、地方の中核都市らしい実用一点張りの風格をまとっている。

そのすぐ隣には、全国的にも名を知られる高梁市図書館があった。吹き抜けのホールに天井までそびえる本棚が組まれ、壁そのものが知識の塔と化していた。


「まるでチェコのストラホフ修道院の図書館っぽくない?」

桜が思わず声をあげる。


「似てはいるけれど、あちらはバロック様式で、天井一面にフレスコ画が広がっている。豪奢さの尺度が違うけど」

カメリアが冷静に補足する。


「えっ、チェコって行ったことあるん?」

と驚くひまわりに、カメリアは「ええ」と短く答える。


桜は「私は世界遺産の解説本でしか知らないけど」と、うらやましげにつぶやいた。


駅を出れば、夏の陽光をまとった町並みが迎えてくれる。山に囲まれた谷あいの町は、江戸初期の町割りをいまも色濃く残していると案内板が告げていた。

桜が「せっかくだから寄り道して歩こうか」と言えば、楓花は時計を見て眉をひそめる。


「お城まで四十分歩くのですよ? あまり寄り道したら間に合わないかも」

その言葉に、旅の常である「自由と規律」の綱引きが始まった。


最初に見つけたのは、駅前通りから一本入った栄町商店街にひっそりと佇む駄菓子屋だった。

看板には「植田菓子店」とある。木造の引き戸を開けると、棚には見慣れぬ包装紙のお菓子が並び、古びた木箱や鉄の焼型が飾られている。六十年の歴史を背負う店だという。


「量り売りですよ。百グラム単位で好きなものを選んでください」

――店番のおばあさんがにこやかに声をかけた。


桜が真っ先にカラフルな飴をすくい上げ、ひまわりはチョコ菓子を見つけて大喜びする。

楓花は「お昼ご飯の前に甘いものって……」と渋い顔をしたが、結局は黒糖かりんとうを選んだ。

カメリアはといえば、包装の色彩や活字の古風さに目を留め、「このデザインは一九七〇年代そのままみたいだね」と、学者のような口ぶりだ。だが、小腹がすいていることは隠しきれない様子だった。

秤に乗せずとも百グラムを量り取る老練な手さばきは、旅人たちにとって一種の芸当であり、買い物そのものが記憶に残る体験となった。


駄菓子を手に町を歩くと、赤レンガ造りの小さな教会堂が視界に入った。

高梁基督教会堂――岡山県で最も古い現役の教会である。明治二十年の建築と伝えられ、瓦屋根に十字架を掲げる和洋折衷の姿は、この城下町の歴史に新しい層を加えている。


「まるで明治の宣教師の足跡そのままや」

桜が声を漏らすと、カメリアは淡々と付け加えた。

「そうだね。当時のキリスト教布教は瀬戸内の港町を拠点として進んだ。高梁が山間にありながら教会を持ったのは、教育と結びついていたからか」


ひまわりはステンドグラス越しに差し込む光を見て「お城よりも秘密基地みたいやねん」と無邪気に笑った。

楓花は「そろそろ次へ行かないと」と声をかけたが、その口調にはすでに半ばあきらめが混じっていた。


教会を離れると、紺屋川の流れに沿った遊歩道へと出る。

両岸に桜や柳が枝を垂れ、静かなせせらぎが町を潤している。ここは「日本の道百選」にも選ばれた景観だ。川に面した石段を降りると、水面を渡る風が頬を撫で、旅人たちはしばし歩みを止めた。


「ほら、あそこ」

桜が指さした先には、小さな祠が橋のたもとに立っていた。高梁七恵比寿の一つだという。江戸の町人が信じた福の神が、いまも川辺にひっそりと残っているのである。


「七つ全部を巡るのも楽しそうやな」

ひまわりの提案に、楓花は「時間が倍かかるよ」と容赦なく切り捨てた。


紺屋川美観地区の町家は間口が狭く、奥へと長い。格子や袖壁、虫籠窓が往時の姿を伝え、朱塗りの外壁はこの地方特産のベンガラの産物であった。

桜が足を止めて熱心にカメラのレンズを向け始めると、楓花は天を仰ぐ。だが、カメリアが「こういう町屋の構造はヨーロッパの商家に似ているのだよ」と冷静に評したため、結局は全員が足を止めることになった。旅は一人では成り立たない――その真理を思わせる一幕である。


次に訪れたは武家屋敷の並ぶ石火矢町だった。

白壁と長屋門が続く道は、江戸の武士が行き交った往時を偲ばせる。公開されている折井家と埴原家は、いずれも中級武士の住居であり、土間や庭木が質素な生活の痕跡を今に伝えていた。入館料は二軒で五百円。


楓花の「時間ないよ」という無言の圧力を背に感じながら、桜は漆喰壁の格式漂う旧折井家、寺院や数寄屋風の要素を取り入れた旧埴原家を足早に見てまわった。もちろん他の三人もそれに続く。カメリアも当時の武家の生活に興味がないわけではない。

ひまわりはといえば、土間に置かれた竈を前に「昔の人はここでお味噌汁作ってたんやろか」と、悠長に目を輝かせていた。


最後に、御根小屋跡地に立ち寄る。藩主の居館だった御根小屋は廃城令により解体撤去されたが、総延長八百メートルを超える石垣はいまも旧状をよくとどめている。

現在は高等学校の用地となっているが、白壁は作り直されており、外観から当時の雰囲気をうかがうことができる。


「御根小屋って、実は、藩主の執務の場だったの?」

カメリアが桜に問いかける。桜にとっては得意分野だった。


「そうそう。城は象徴で、政治の中心は、この御根小屋だったの。だからこそ石垣も高く、道は敵の進入を阻む“鍵曲がり”になっているんだよ」

桜の説明に、楓花はようやく「なるほど」と頷いた。


歴史を知識として語る者と、生活の匂いとして感じ取る者。その二つの感性が、城下町の空気の中で交わっていた。


こうして備中高梁の町歩きは終わりを迎える。陽射しはますます強く、城を目指す坂道が彼女たちを待っていた。

だがその前に――昭和の駄菓子を頬張った記憶と、静かな川辺に漂う風が、旅人たちにひとときの充足を与えていた。

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