- 7 - JR伯備線 新見駅~備中高梁駅
2日目
佐用>>上月>>津山>>新見>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
12時3分、定刻どおりに新見駅を発車した伯備線の普通列車は、夏の光を正面から受け止めながら加速していった。
駅前の素朴な町並みを背に、やがて線路は高梁川に沿って倉敷・岡山方面へと向かう。
この高梁川は、吉井川、旭川と並んで“岡山三大河川”に数えられる川だ。
姫新線の車窓から吉井川と旭川を眺めたばかりの四人にとっては、これで三つすべてを見たことになる――もっとも、どれも上流部だけではあるが。
高梁川は灰岩質のカルスト台地を縫うように流れ、倉敷市街を貫いて瀬戸内海へ注ぐ。支流の中には広島県から流れ込むものもある。
川の形や色が、このあたりの地質を雄弁に映し出していた。
四人の少女たちはボックスシートに腰を下ろしていた。
窓側を占めるのはカメリアとひまわり。向かい合う席に桜と楓花が座る。
「……やっぱり、山が深いなぁ」
ひまわりは窓に額を近づけ、川面に映る青空を見やった。感嘆とも独り言ともつかぬ声だ。
「伯備線の本番は、むしろこれからよ」
楓花は淡々と言った。腕時計の歯車が列車の振動にかすかに揺れる。
「井倉駅から方谷駅まで八キロ、高梁川の峡谷が続くのです」
桜は頷き、鞄からコンパクトカメラを取り出す。キャップを外す手つきは儀式のように滑らかだ。
「ふーん? じゃあ絶景に備えとこうかな。
からかう口ぶりに、楓花は小さく肩をすくめた。
「どうせ桜は、城が撮れるまでは本気にならないのでしょ」
次に降りる備中高梁駅から、現存十二天守のひとつ備中松山城へ向かう予定である。
桜は笑って受け流した。
「読まれてるね。まあでも、車窓の風景もちゃんと撮っておきたいんだよ」
カメリアは窓の外を見つめたまま、無言で二人のやり取りを聞いている。
断崖の白さが、青い瞳に淡く映った。
やがて井倉駅が近づく。
石灰岩の絶壁と夏の緑が右手に迫り、白と緑の対比は鮮烈だ。水面に陽がきらめき、山々が織りなす濃淡の景色が次々と流れていく。
「ここが井倉峡。紅葉の季節は人が多いけど、夏の緑も悪くない」
楓花は変わらぬ調子で説明した。
「ほんまやなぁ。めっちゃ気持ちええわ〜!」
ひまわりは風に頬を撫でられ、目を細める。
峡谷を抜ける風はひんやりと心地いい。
「岩肌は石灰石。雨や川に削られて峡谷ができたの。カルスト地形の典型例よ」
カメリアが静かに口を開いた。
声音は穏やかでも、その奥に熱を秘めていることを三人は知っている。
桜はカメラを構え、楓花は鉄道の景観として楽しみ、ひまわりはただ素直に「へぇー」と声を上げる。
「にしても、カメリアって景色より岩なんやな。うちやったら『川がきれい!』で終わるのに」
ひまわりが笑うと、
「そうかもしれないわね」
カメリアは淡々と応じ、わずかに目を和らげた。
「でも、ひまちゃんの“きれい”も、大事よ」
「おー、褒められた気ぃする!」
ひまわりは照れ隠しに笑い、スマホを構えた。
「よし、『日本のカルストで一枚!』っと」
カメリアは再び窓外に視線を戻す。
川の蛇行、断層、緑の覆い方──そのすべてが、彼女には体系をなすひとつの絵画のように見えていた。
その横顔を眺め、ひまわりがぽつりと言う。
「なんか……カメちゃんって、時代の流れまで感じ取っとるみたいやな」
井倉駅で途中下車すれば井倉洞へ行ける。全長一二〇〇メートル、高低差九十メートルの鍾乳洞だ。
しかし今回は先を急いだ。
続く方谷駅も車窓から眺めるだけで過ぎていく。
昭和初期の簡素な駅舎が残る小駅である。
「この駅名、実は人の名前なのです」
楓花が淡々と告げる。備中松山藩士で漢学者の山田方谷に由来する駅名だ。
鉄道好きにはうれしい豆知識かもしれないが、三人は淡泊で、桜も武将以外にはさほど熱が入らないようだった。
さらに備中川面駅。数分の停車時間があったので、四人は駅前に出た。
小さな三角屋根の駅舎には「吹屋ふるさと村」のパンフレットが置かれている。
「えっ、なにこれ! 行きたい!」
ひまわりが声を弾ませる。赤茶のベンガラ色に統一された町並みの写真が並んでいた。
「バスで四十分。本数は一日三本くらいかな」
桜は悔しそうに唇を尖らせた。次の機会に譲るしかない。
備中川面駅を出ると景色は開け、田園と市街地が広がり始める。
列車の速度も落ち、やがて備中高梁の町が近づいた。山上には緑に包まれた備中松山城の姿が小さく見える。現存天守の中で最も高所にある城。次の目的地である。
「ねぇ楓花、あれ見える?」
桜が指差す先を、楓花は冷静に見据えた。
「よくもまあ、あんな所に建てたものだ」
12時39分。列車は定刻どおり備中高梁駅に到着した。
四人はそれぞれの思いを胸に席を立つ。旅はまだ続く。だが、このひと区間だけでも、彼女たちの記憶には鮮やかな印象が刻まれていた。




