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- 6 - 新見

2日目


佐用>>上月>>津山>>新見【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

列車は長い山間部を抜け、定刻どおり11時37分、新見駅に着いた。


駅舎は昭和の記憶をそのまま残す造りで、薄い赤色の屋根はややくすみ、外観は素朴だ。

それでも伯備線と姫新線の接続駅であり、芸備線とも近隣でつながる交通の要衝としてにぎわった頃の面影を、かすかに漂わせていた。


駅前には「祐清とたまがき」のモニュメントが立つ。

室町時代、新見荘を治めた代官・祐清と、彼に殉じた女性・たまがきの悲恋は、この地に伝わる物語だ。たまがきがしたためた「たまがき書状」と呼ばれる手紙は、中世農村女性の自筆書状として貴重な史料とされる。その面影を映す石像の表情は、旅人に語りかけるようでもあり、永遠の別れを惜しむようでもあった。


観光案内所で足を止めていたカメリアが、小さな袋を手に戻ってくる。

中には、新見名産のピオーネと千屋牛をモチーフにしたマスコット「にーみん」のアクリルキーホルダーが入っていた。


「……カメリアさんが買うん?」

ひまわりが目を丸くする。


「旅の記念というだけよ」

淡々と答える黒い瞳に、わずかな楽しげな光が差した。


駅前通りを抜けると、高梁川に架かる橋の向こうに、ホテルや郵便局、銀行の支店が並ぶ。

地方都市の「新しい市街地」といった佇まいだが、休日の昼近くにも人影はなく、シャッターの下りた店も少なくない。


「どこにでもある町、って感じですね」

楓花は肩をすくめ、淡々と言った。


桜はその反応を受け流し、ふと提案する。

「ねえ、御殿町……ちょっと寄ってみない?」


楓花はわずかに眼鏡を押し上げた。

「……行くのは構いませんけど、帰りの列車に間に合う保証はありませんよ?」


「御殿町ってどこなん?」

ひまわりが首を傾げる。


桜が嬉しそうに口を開く。

「新見藩の御殿があったとこなんだって。町の形にも、まだちょっと残ってるみたいよ?」


カメリアが、ほとんど抑揚のない声で続ける。

「行ってみる。……少しだけ」


楓花はスマートフォンを軽く操作し、淡々と言った。

「時刻表を見る限り、滞在できるのは十数分ですね。まあ、探索というより“確認”程度なら可能です」


「冒険や!」

ひまわりが屈託なく笑った。


11時45分発の備北バスに乗り、5分ほどで金谷上のバス停へ。

そこから細道を足早に歩き、御殿町の入口にたどり着く。


御殿町は江戸中期、藩主が城を築くことを許されなかったため、代わりに御殿を建てたことから始まった。

石畳の道に格子戸の家並みが肩を寄せ合い、静けさの中に時の重みが沈んでいる。

かつて呉服商として栄えた太池邸は、この地で最初の百貨店とも呼ばれた。

白壁の建物は外観だけでも往時の誇りを物語る。三味線横丁と呼ばれる一角では、低い軒を連ねる家々が続き、木の匂いがかすかに漂っていた。


「……思ったより、昔の形が残ってますね」

楓花が通りを眺め、静かに評価する。

装飾より構造を見るような目つきだった。


桜は白壁の並びを見上げて、ふわっと笑う。

「うん、派手じゃないけど……落ち着くよね、写真、ちょっと撮っとこっかな」


元料亭・松葉の建物では、格子越しに中庭をのぞけた。

明治の繁華を伝えるその姿は、今も町の空気と重なり、一幅の絵のようだ。さらに奥へ進むと津国屋の蔵が現れ、古い商家の威容を伝えている。


このあたりの通りには、昭和の、レトロな面持ちの商店がいくつも残っていた。


「こじんまりしとるけど……町全体が資料館みたいや!」

ひまわりが声を上げる。


「五分だけでも、来てよかったわ」

桜は胸の奥で静かにそう思う。


だが、その五分はあっという間だった。


「バス、来るよ!」

楓花の声に皆が振り返る。11時56分発の備北バス「ら・くるっと下町行」がバス停に滑り込んできた。


再び小さなバスに乗り込む。窓越しに御殿町の家並みが遠ざかる。


「なんか……ゲームみたいやな。ポイントクリアした感じやわ」

ひまわりが笑う。


「まだクリアじゃないですよ」

楓花が即座に言い放つ。声は冷静そのものだ。


「えっ?」

ひまわりが目を丸くする。


「駅に着いたらダッシュです。十八きっぷを握って改札を抜けて、地下通路を走って、ホームへ上がる。……最後に落とし穴があるかもしれません」

楓花が、事務的に、淡々と続ける。


桜がくすりと笑う。

「ふーん、落とし穴ね。そういうの、楓花って妙に当たりそうなんだよね」


「落とし穴……物理的なやつじゃないよね?」

カメリアがさらりと尋ねる。


「たぶん精神的なやつやで……ウチの心のほうが落ちそうやんか……」

ひまわりが肩を抱え込む。


バスが新見駅前に着いたとき、楓花の腕時計は12時2分を指そうとしていた。


「いけそう?」

桜が問う。


「とりあえず走る!」

楓花の声で、三人も一斉に駆けだした。


改札を抜け、階段を下り、地下通路を走り抜け、さらに階段を駆け上がる。

ホームではすでに12時3分発の岡山行きが発車を告げるベルを鳴らしていた。四人は力を振り絞り、列車へと駆け込む。

座席に身を沈めると、四人はほっと息を吐いた。


「……間に合ったね」

カメリアが淡く微笑む。


「もし間に合わんかったら、どうなっとったん?」

ひまわりが息を整えながら尋ねる。


「さあ……そういうときは桜さんが何か言いそうですけど」

楓花は淡々と肩をすくめた。


桜はくすっと笑い、軽く首を傾ける。

「なんとなく大丈夫かなって思っただけだよ。ほら、結果オーライでしょ?」


ひまわりが深いため息をつく。

「桜、ほんま楽観的やんなぁ……ついていくこっちの心臓に悪いわ」


「旅というより冒険ね。でも……たまには悪くないわ」

淡々としたカメリアの声には、ほんの少し高揚が混じっていた。


列車は静かに動き出し、町と御殿の記憶を後方に押しやった。

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