表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/70

- 5- JR姫新線 津山駅~新見駅

2日目


佐用>>上月>>津山>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

9時53分、JR姫新線・新見行き――津山駅を定刻通り出発した列車は、ゆっくりと市街地を抜けていった。


四人が腰かけるボックスシートの窓から、まず南側に赤レンガの扇形機関庫が見えてくる。

かつての鉄道の要衝を物語る巨大な建築物は、いまは「津山まなびの鉄道館」として保存・公開されていた。


「うわ、扇形の車庫って、ほんまに円の一部みたいやねん!」

ひまわりが素直に声を上げる。


少し角度を変えれば、扇形の弧がはっきりわかるのだが、線路の位置からでは形をつかみにくい。そこは想像力で補うしかない。


桜はふっと目を細め、カメラを取り出した。

「いいところだね。ひまわり。そういう反応されると、撮りたくなるんだよね」

からかうような柔らかな声で言い、ガラス越しにシャッターを切った。


車窓の角度では、展示されているD51形蒸気機関車やキハ52形気動車の姿は見えなかったが、その外観だけで往時の賑わいが想像できる。


「ここは前に来たので。今回は……まあ、見送ります」

楓花がぼそりと言う。事務的な響きだが、声の底にかすかな未練が滲んでいた。


「鉄道館か。なんか……ジオラマみたいやなー」

ひまわりが駅でみたパンフレットを思い出しながら笑う。


列車は吉井川を渡り、山あいの風景へと分け入っていく。

田畑と古い民家が点在する美作の原風景が続いていた。

吉井川は鳥取県境にほど近い岡山県北部の山地に源を持ち、津山市を経て岡山市へと流れ、瀬戸内海へ注いでいく河川だ。


「日本の田舎って、こういうとこ、やっぱり絵になるんやんな」

桜がファインダー越しに小さく息をこぼす。

「ふふ、ちょっと撮りすぎちゃうかも」


姫新線の気動車は山間の小駅にぽつぽつと停まっていく。

「美作追分」「美作落合」といった地名が続き、道や川の分岐点らしい匂いが濃くなる。


「“落合”とか“追分”って、道の分かれ目のこと、でしょ?」

桜が目を細める。

「ちょっと気になる地名なんだよね」


「そうだね。人が集まる場所って、だいたいそういうとこだから」

カメリアは窓を見たまま、静かに言った。

必要最低限の言葉なのに、どこか奥行きがある。

道や川が交わるところに、人が住み着き、やがて集落となるものである。


やがて真庭市の中心である久世駅に近づくと、構内には思いのほか多くの人がいた。

ドアが開き、一斉に乗り降りが始まる。


「採算は厳しい区間ですが……連休の需要がある分、まだましですね」

楓花の声は冷静で、いつもどおり事務的だった。


「ローカル線って、誰も乗ってへん思てたけど……活気あるやんな!」

ひまわりが目を丸くして車内を見回す。

どうやら数人しか乗っていないイメージだったらしい。


「そういった利用がなければ廃線だよ。……まあ、ここはまだいい方だけど」

カメリアは変わらず淡々としている。


楓花は、窓の外に続く線路を見つめながら、小さく息をついた。


鉄道好きとしては、どうしても近い将来を案じずにはいられない。

同じように中国山地を走る JR芸備線 や JR木次線 の一部区間では、深刻な赤字により、地元自治体とJRが存続をめぐって協議を続けている聞く。

“廃線”という二文字が、現実味を帯びてきている区間もあるのだ。


姫新線はまだそこまで追い詰められてはいない。

けれど――採算が取れていないという事実だけは、冷徹に残る。

楓花は眼鏡の奥で瞬きをひとつし、「……正直、油断できない」と心の中で結論づけた。


窓外には山間の集落、田園、旭川の流れが交互に現れては消えていく。

四人は言葉を交わしながらも、次第にそれぞれの思索に沈んでいった。


列車は美作勝山駅へと近づく。

勝山は出雲街道沿いの宿場町・城下町で、白壁や格子窓の町並み、昔ながらの酒蔵や武家屋敷が残っている。


「ちょっと降りて歩いてみたいけど」

桜が周囲を見回しながらつぶやく。


「そうなると、次の列車まで三時間待ちですからね。非合理です」

楓花が即答する。ローカル線の旅というのは、そういうものだ。


「そんなに待つの……無理だね」

カメリアは首を少し傾げてつぶやく。


「桜は行きたそうだけど、さすがに無理やなー」

ひまわりも素直に感想を漏らす。


桜はくすりと笑い、あきらめた表情でうなずいた。


やがて街道が旭川沿いに北へ進路を変え、姫新線は支流沿いに西の山へ分け入っていく。

景色はさらに山深くなっていった。

この旭川と、さきほど渡った吉井川、そして高梁川の三つは「岡山の三大河川」と呼ばれている。旭川は県境付近から県中央部の谷筋を通り、岡山市街地を抜けて瀬戸内海へと注いでいる。


カメリアがぽつりと言う。

「旭川だね。この川の土砂と……あと、干拓の積み重ね。

 それで、いまの岡山平野ができたんだよ」


木造駅舎の富原駅を過ぎると、その先は旧国境だ。

美作国から備中国へ――列車は、山肌に口を開けた短いトンネルを潜り抜ける。

抜けた先には、谷間に寄り添うように佇む無人駅がひとつ。刑部駅である。


「“おさかべ”と読むの」

車内の案内表記を見ながら、楓花がぽつりとつぶやいた。

どうやら、いわゆる難読駅名のひとつらしい。


出発から一時間半以上が過ぎ、盆地の開けた風景が広がってくる。


「そろそろやでー。もうすぐ新見ちゃう?」

ひまわりが身を乗り出す。


「そう。あと数分」

楓花が短く答える。


窓の向こうに新見の街がひらけた。瓦屋根の家々が川沿いに並び、その背後に山並みが重なっている。


列車は速度を落とし、津山駅から一時間四十分後、定刻どおり11時37分に新見駅へと滑り込んだ。


「ついに着いたな〜……ふぃ〜」

ひまわりが伸びをする。


「倉敷、岡山方面へは、11時44分発の特急やくも12号……」

構内放送が響いた。


「特急は使えない。青春18きっぷですから」

楓花が事務的に告げる。


桜はカメラを肩に掛け直し、にこっと笑った。

「じゃあ、ちょっと歩こっか。次は12時3分だし、二十分あれば……ね?」

どこか誘うような柔らかい声だった。

「せっかくだし、街を見たい」


カメリアは淡々と頷く。

「短い間だけど。まあ、いいか」


四人はホームに降り立ち、短い小休止ののち、次の旅路へ向けて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ