- 5- JR姫新線 津山駅~新見駅
2日目
佐用>>上月>>津山>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
9時53分、JR姫新線・新見行き――津山駅を定刻通り出発した列車は、ゆっくりと市街地を抜けていった。
四人が腰かけるボックスシートの窓から、まず南側に赤レンガの扇形機関庫が見えてくる。
かつての鉄道の要衝を物語る巨大な建築物は、いまは「津山まなびの鉄道館」として保存・公開されていた。
「うわ、扇形の車庫って、ほんまに円の一部みたいやねん!」
ひまわりが素直に声を上げる。
少し角度を変えれば、扇形の弧がはっきりわかるのだが、線路の位置からでは形をつかみにくい。そこは想像力で補うしかない。
桜はふっと目を細め、カメラを取り出した。
「いいところだね。ひまわり。そういう反応されると、撮りたくなるんだよね」
からかうような柔らかな声で言い、ガラス越しにシャッターを切った。
車窓の角度では、展示されているD51形蒸気機関車やキハ52形気動車の姿は見えなかったが、その外観だけで往時の賑わいが想像できる。
「ここは前に来たので。今回は……まあ、見送ります」
楓花がぼそりと言う。事務的な響きだが、声の底にかすかな未練が滲んでいた。
「鉄道館か。なんか……ジオラマみたいやなー」
ひまわりが駅でみたパンフレットを思い出しながら笑う。
列車は吉井川を渡り、山あいの風景へと分け入っていく。
田畑と古い民家が点在する美作の原風景が続いていた。
吉井川は鳥取県境にほど近い岡山県北部の山地に源を持ち、津山市を経て岡山市へと流れ、瀬戸内海へ注いでいく河川だ。
「日本の田舎って、こういうとこ、やっぱり絵になるんやんな」
桜がファインダー越しに小さく息をこぼす。
「ふふ、ちょっと撮りすぎちゃうかも」
姫新線の気動車は山間の小駅にぽつぽつと停まっていく。
「美作追分」「美作落合」といった地名が続き、道や川の分岐点らしい匂いが濃くなる。
「“落合”とか“追分”って、道の分かれ目のこと、でしょ?」
桜が目を細める。
「ちょっと気になる地名なんだよね」
「そうだね。人が集まる場所って、だいたいそういうとこだから」
カメリアは窓を見たまま、静かに言った。
必要最低限の言葉なのに、どこか奥行きがある。
道や川が交わるところに、人が住み着き、やがて集落となるものである。
やがて真庭市の中心である久世駅に近づくと、構内には思いのほか多くの人がいた。
ドアが開き、一斉に乗り降りが始まる。
「採算は厳しい区間ですが……連休の需要がある分、まだましですね」
楓花の声は冷静で、いつもどおり事務的だった。
「ローカル線って、誰も乗ってへん思てたけど……活気あるやんな!」
ひまわりが目を丸くして車内を見回す。
どうやら数人しか乗っていないイメージだったらしい。
「そういった利用がなければ廃線だよ。……まあ、ここはまだいい方だけど」
カメリアは変わらず淡々としている。
楓花は、窓の外に続く線路を見つめながら、小さく息をついた。
鉄道好きとしては、どうしても近い将来を案じずにはいられない。
同じように中国山地を走る JR芸備線 や JR木次線 の一部区間では、深刻な赤字により、地元自治体とJRが存続をめぐって協議を続けている聞く。
“廃線”という二文字が、現実味を帯びてきている区間もあるのだ。
姫新線はまだそこまで追い詰められてはいない。
けれど――採算が取れていないという事実だけは、冷徹に残る。
楓花は眼鏡の奥で瞬きをひとつし、「……正直、油断できない」と心の中で結論づけた。
窓外には山間の集落、田園、旭川の流れが交互に現れては消えていく。
四人は言葉を交わしながらも、次第にそれぞれの思索に沈んでいった。
列車は美作勝山駅へと近づく。
勝山は出雲街道沿いの宿場町・城下町で、白壁や格子窓の町並み、昔ながらの酒蔵や武家屋敷が残っている。
「ちょっと降りて歩いてみたいけど」
桜が周囲を見回しながらつぶやく。
「そうなると、次の列車まで三時間待ちですからね。非合理です」
楓花が即答する。ローカル線の旅というのは、そういうものだ。
「そんなに待つの……無理だね」
カメリアは首を少し傾げてつぶやく。
「桜は行きたそうだけど、さすがに無理やなー」
ひまわりも素直に感想を漏らす。
桜はくすりと笑い、あきらめた表情でうなずいた。
やがて街道が旭川沿いに北へ進路を変え、姫新線は支流沿いに西の山へ分け入っていく。
景色はさらに山深くなっていった。
この旭川と、さきほど渡った吉井川、そして高梁川の三つは「岡山の三大河川」と呼ばれている。旭川は県境付近から県中央部の谷筋を通り、岡山市街地を抜けて瀬戸内海へと注いでいる。
カメリアがぽつりと言う。
「旭川だね。この川の土砂と……あと、干拓の積み重ね。
それで、いまの岡山平野ができたんだよ」
木造駅舎の富原駅を過ぎると、その先は旧国境だ。
美作国から備中国へ――列車は、山肌に口を開けた短いトンネルを潜り抜ける。
抜けた先には、谷間に寄り添うように佇む無人駅がひとつ。刑部駅である。
「“おさかべ”と読むの」
車内の案内表記を見ながら、楓花がぽつりとつぶやいた。
どうやら、いわゆる難読駅名のひとつらしい。
出発から一時間半以上が過ぎ、盆地の開けた風景が広がってくる。
「そろそろやでー。もうすぐ新見ちゃう?」
ひまわりが身を乗り出す。
「そう。あと数分」
楓花が短く答える。
窓の向こうに新見の街がひらけた。瓦屋根の家々が川沿いに並び、その背後に山並みが重なっている。
列車は速度を落とし、津山駅から一時間四十分後、定刻どおり11時37分に新見駅へと滑り込んだ。
「ついに着いたな〜……ふぃ〜」
ひまわりが伸びをする。
「倉敷、岡山方面へは、11時44分発の特急やくも12号……」
構内放送が響いた。
「特急は使えない。青春18きっぷですから」
楓花が事務的に告げる。
桜はカメラを肩に掛け直し、にこっと笑った。
「じゃあ、ちょっと歩こっか。次は12時3分だし、二十分あれば……ね?」
どこか誘うような柔らかい声だった。
「せっかくだし、街を見たい」
カメリアは淡々と頷く。
「短い間だけど。まあ、いいか」
四人はホームに降り立ち、短い小休止ののち、次の旅路へ向けて歩き出した。




