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- 1 - JR姫新線 佐用駅~上月駅

2日目――。


早朝5時30分頃。佐用駅前の宿の二階、畳の部屋には、まだ微かな夜の気配が残っていた。

窓から差し込む光は淡く、東の空がゆっくりと白み始めている。


起き抜けの静けさを最初に破ったのは、葺合(ふきあい)カメリアであった。

破った、といっても大げさな物音ではない。布団の中で一度むくりと身を起こし――そのまま、ふにゃりと再び倒れ込んでしまったのだ。


長い髪は銀色に淡い金が混じり、朝の光を受けてほのかに揺れている。英国育ちで、冷静沈着を地で行くはずの彼女が、起き上がる気力すら眠気に奪われている。

いつもの理知的な雰囲気がどこにも見えない。

この時ばかりは、知性よりも“眠気”が彼女を支配しているようだった。


「……カメリア、寝起き、弱いんやん……」

御影塚(みかげづか)ひまわりが目をぱちくりさせてつぶやいた。

普段の無表情ぶりから、朝も涼しい顔で起きるタイプだと思い込んでいたのだろう。


「……おはよう……」

カメリアは布団の中から小さく言った。

声にはいつもの知的な張りはなく、語尾は眠気に吸われて消え入りそうだった。


真砂楓花(まさごふうか)はすでに黙々と着替えを済ませ、黒髪を低い位置で手早くまとめている。行動の早さは、旅のタイムキーパーらしい性分の表れだろう。


有馬桜(ありまさくら)も、穏やかな笑みを浮かべながら黒髪を指で梳き、身支度を整えていた。

夜の名残を閉じ込めたような深い色合いの髪は、朝日を受けてきらめきを増す。

その小柄な姿には落ち着きが漂い、ただの女子高生というよりも、どこか物語に登場する小さな旅人を思わせた。


やがて観念したようにカメリアも身を起こし、制服ではなくラフな旅装に袖を通した。

四人は昨日コンビニで買っておいたサンドイッチを持ち、一階の共有スペースに降りる。木のテーブルに腰を並べ、黙々と朝食を口に運んだ。ハムや卵の味は平凡だが、早朝の空腹を満たすには十分だった。


食べ終えると荷物を背負い、宿を出る。

昨日の夜は闇に沈んでいた佐用の町も、朝の光に照らされると違った顔を見せた。出雲街道沿いに古い商店が並び、瓦屋根や木の格子が田舎の駅前らしい趣を残している。

ただし早朝とあって、人影はなく、通りは静寂に包まれていた。


コンクリート造りの佐用駅舎に足を踏み入れる。

佐用駅はJR姫新線と智頭急行の接点にあたるが、規模はこぢんまりしている。

改札前で四人は青春18きっぷを取り出した。

券面の印字は、これからの数日を共にする旅の証そのものだった。


「いよいよ、青春18きっぷの旅、始まるんやね」

桜は切符を見つめながら、柔らかく、どこか嬉しそうにつぶやいた。


今日から青春18きっぷの利用が始まる。

昨日は淡路一宮の伊弉諾(いざなぎ)神宮と、播磨一宮の伊和神社を訪ねたが、どちらも鉄道では行けない場所をあえて選んだのである。


「連続5日間……か。前は、別々の日を選べたのですが」

楓花の声音には、抑えた高揚感がにじんでいた。


「青春18きっぷ」は2024年冬から大幅に制度が改められた。

全国のJR線の普通・快速列車が乗り放題という根幹は変わらない。

しかし従来の「好きな5日間を選べる方式」は廃止され、現在は連続3日間または5日間のみ。さらに、かつては1枚を複数人でシェアできたが、それも認められなくなった。旅人にとっては少々窮屈になったといえる。


四人はそんな事情を承知のうえで、それでもこの切符に夢を託していた。


ホームに出ると、ひまわりが首をかしげた。

「なぁ、“佐用”って、“さよ”って読むん?」


「ええ、そうね」

即答したカメリアの声には、すでに眠気は薄れ、いつもの落ち着きが戻っている。

「町名は“さよう”だけれど、駅名は“さよ”。由来は、佐用都比売神社(さよひめ)神社――千年以上前からある古社よ。地名は元々“さよ”で、合併で“さよう”に変わったけれど、駅名だけはそのまま残されたの」


どこからそんな知識を引き出すのか。三人はいつもながら感心させられる。




駅名と聞いて、鉄道に強い楓花がすかさず補足した。

「駅名って、そう簡単には変えられないですからね」


「そうそう。その佐用都比売神社、昨日ちょっと調べてんけど……駅から歩いたら、三十分くらいやって」

桜が言った。歴史好きの彼女にとって、やはり周囲の名所は気になるらしい。


佐用都比売神社は、玉津日女命を祀る古社で、『播磨国風土記』には伊和大神と国占めを競った女神としてその名が記される。のち祭神は移り変わったが、佐用郡でもっとも重きをなす社として、長い歳月の信仰を支え続けてきた。


「ひょっとして……近かったら、朝から行くつもりやったん?」

ひまわりが笑いを含ませて尋ねる。


「うん」

桜はあっさり肯定し、仲間の笑いを誘った。


6時36分。ホームに停まっていた姫新線の列車が、始発らしい静けさをまとって発車した。

佐用から上月まで、わずか一駅だけを結ぶ区間列車である。

揺れは少なく、右手に佐用川が穏やかに寄り添う。朝日を受けて水面は銀色に光り、緑の稜線が遠くに連なっていた。夏の暑さを予感させる澄んだ空気が、窓の外に広がっている。

ちなみに、この佐用川の読みも駅名と同じ“さよ”である。


「もう上月ね。佐用から上月まで、一駅だけの区間運転」

楓花が時刻表を確かめながら言った。事実を述べるだけなのに、どこか誇らしげである。


わずか5分の乗車を終え、列車は減速して上月駅に到着した。小さな終着駅のホームに降り立つと、朝の光とともに新しい一日の旅が始まろうとしていた。

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