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- 10 - 龍野の城下町

高速神戸>>山陽明石>>明石港>>岩屋港>>淡路IC>>洲本IC>>洲本>>志筑>>竹屋>>伊弉諾神宮前>>高速舞子>>舞子公園>>山陽姫路>>姫路>>播磨新宮>>新宮駅前>>山崎>>一の宮伊和神社前>>山崎>>龍野【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

神姫バスが、龍野のバス停に着いたのは、定刻の17時29分を少し過ぎていた。


曇天の空はすでに色を落とし始め、町全体に淡い灰色のベールをかけている。まだ日は沈みきっていないものの、夕方特有の湿り気を帯びた風が頬をかすめ、どこか旅の終盤を思わせる静けさが漂っていた。


「もう夕方やな…」

桜が小さくつぶやく。


停留所の周辺は思いのほか素朴で、人通りも少ない。視線を旧市街から外へ転じれば、揖保川にかかる龍野旭橋が見える。人と自転車専用の橋で、それを渡ればJR姫新線の本竜野駅にたどり着けるのだ。四人は一瞬そちらに心を惹かれたが、今は川を渡らずに旧市街へ向かうことにした。


「わー、あの橋渡ってみたいな!」

ひまわりが目を輝かせる。

とはいえ、目的の旧市街へ行くのは反対の方角。


この一帯は「たつの市龍野伝統的建造物群保存地区」に指定されている。

脇坂氏が約二百年にわたって藩政を敷いた城下町で、古い民家や商家が良好に残り、さらに近代の醤油醸造関連施設も姿をとどめている。

そう、龍野といえば醤油の町。色の薄い「淡口醤油」の一大産地として知られてきた。


「醤油の町か…」

楓花が静かに呟いた。


とはいえ、観光地らしい華やかさはあまり感じられない。日常の生活臭が濃く漂い、むしろ「町の暮らし」に踏み込んだような印象を与える。夕刻で人通りが少ないせいかもしれないが、そこに漂う静けさがかえって旅人の感覚を研ぎ澄ませるのだった。


「さあ、ここからは歩きやね」

桜の声にうながされ、四人は揖保川の土手をかすめる道を進み、古い城下町の中へと足を踏み入れた。


町並みには、1800年代の町家建築や、大正から昭和にかけて建てられた民家がよく残っている。木造の町家や格子戸、醤油醸造所の建物、瓦屋根の家並みが多く、その中に白壁の蔵が点在してアクセントのように景観を引き締めていた。

“レトロ”という一言では片づけられない、人々の生活の層が重なった風情があった。路地を行き交う風はひんやりと湿り、どこか醤油の香りを思わせる。


最初に訪れたのは「醤油の郷 大正ロマン館」。大正期に建てられた洋風の赤煉瓦建築が、夕方の曇り空を背景にひっそりと佇んでいた。すでに閉館しており内部には入れないが、その意匠は町の誇りを物語っていた。


「ここ、大正時代の醤油同業組合の事務所やったらしいよ」

桜がカメラを構える。白壁の町並みの中に残る異国風の姿は、確かに印象的だった。


「まさに近代醤油産業の象徴なのね」

カメリアが静かに煉瓦の壁を仰ぎ見た。


「え、醤油の自動販売機があるやん!」

ひまわりが路地脇を指差して声を上げた。ジュースの缶と並んで、醤油の小瓶が売られている。珍しさに笑い合ったが、結局誰も買うことはなかった。


さらに町並みを進むと、「うすくち龍野醤油資料館」の建物が現れた。


「中は見られへんけど……外観だけでも雰囲気あるやん」

ひまわりが感嘆したように足を止める。


「醤油って調味料のひとつですけど、この町にとっては“産業の柱”だったわけですね」

楓花がしみじみと言った。


醤油の香りがどこかに漂うような路地を抜けると、道は次第に坂道へと変わっていった。石垣が現れ、やがて龍野城の一角にたどり着く。


「静かね……」

カメリアが呟いた。


「江戸時代に脇坂氏が治めて二百年……この城が町の象徴やったんよ」

桜の声には誇らしさが混じる。

初代藩主は脇坂安治。秀吉の「賤ヶ岳の七本槍」の一人として武名を馳せ、洲本城を石垣の城へと作り替えた人物でもある。

戦場で名を上げた武将が、やがて城と町を治める側に回る――竜野城は、その転換点の象徴でもあった。


四人は石垣に沿って歩き、城の周囲を巡る。


「龍野って、交通の要地やったんよね。山陽道とか、いろいろ交わっとったらしいで。だからこそ、醤油みたいな産業も育ったんやろな」

桜が感心したように言う。


「まあ、限られた予算でここまで雰囲気よう再現しとるんは、ほんま地元の心意気やね」

桜がぽつりと評した。


さらに西側の坂道を上ると、公園として整備された一角に出た。そこに龍野神社の鳥居が見えてくる。


「もうすっかり暮れかけですね」

楓花がつぶやく。


参道を進み、簡単に参拝を済ませた。


「ちょっと寂れた社やったなあ…」

ひまわりがつい口にする。


短い滞在ながら、醤油の町並みと城、そして祈りの場をめぐったことで、彼女たちの胸には確かな余韻が残った。


坂を下ると、暮れなずむ町並みの白壁がぼんやりと浮かび上がり、街灯がひとつ、またひとつと灯り始めていた。


「観光地というより、暮らしの中に歴史が溶け込んどる街並みやね」

桜がそう言うと、カメリアが頷く。


「派手さはないけど……この静けさがいいわ」


やがて四人は、次の目的地へ向かうべく龍野橋東詰のバス停の方角へと歩き出した。

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