- 9 - 神姫バス 山崎~龍野
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山崎のバス停に着いたのは、16時41分。伊和神社前のバス停から二十分足らずの道のりだった。
小ぢんまりとした待合所のなかには、数人の客がぽつぽつと座っている。壁際には古びた観光パンフレットのラックが並び、窓の外では、待機している一台のバスが夕方の斜光を受けて車体の赤と白を鈍く光らせていた。小さな町の交通の要衝として、ひときわ存在感を放っている。
「次はここで龍野行きに乗り換えです」
楓花は時刻表を指差しながら言う。16時55分発。乗り継ぎまで十四分あるが、町並みは素朴で、観光客が散策するような場所は見当たらない。行きがけに近くの「ジオラマ交流館」を覗いてしまったため、なおさら手持ち無沙汰だった。
「行きのときもそうやったけど、中途半端な待ち時間やね。まあ、ギリギリよりはずっとマシやけど」
桜はカメラをバッグにしまい、肩を軽く回した。
たしかに、バスの乗り継ぎは鉄道ほど読みやすくない。定刻どおりに着くとは限らないぶん、少し余裕がある方が安心だ。そうでなければ、旅というより心臓に悪いスリルになってしまう。
「都会やったら退屈やねんけど……山の町やし、空気が違うんやねん」
ひまわりは待合所の外を眺め、まばらな人影に視線を落とす。夕刻の静けさが町全体を覆い、風の流れもゆるやかで、電線に並ぶ雀だけが賑やかに声を上げていた。山に囲まれた谷間の町ならではの、時間がゆっくり溶けるような感覚だった。
やがて龍野行きのバスがゆっくりと入線してくる。排気音とともに車体が止まると、乗り合わせていた数人が静かに乗り込んでいった。四人もそれに続く。
車内は買い物袋を下げた人たちで、山崎までの閑散とした路線とは雰囲気が違う。生活の匂いが濃く漂い、窓越しに見える夕陽の赤みがその空気に温度を与えていた。
「一気にローカル色が強くなったね」
カメリアが小声でつぶやく。
「完全に地元の生活バスやね」
桜は笑みを浮かべて答えた。
バスは定刻どおり16時55分に発車し、揖保川沿いを南へ下っていく。
新宮までは、往路と同じ道筋だった。
「あ、ここ行きのときに通ったんやね!」
ひまわりが窓の外を指差す。確かに昼過ぎは、JR播磨新宮からこの路線に乗り換えて山崎へ向かったのだった。
今は夕暮れ。田畑は茜色に沈み、家々の屋根が柔らかく光を受けている。朝に見た景色が、同じはずなのに別物のように感じられた。
「昼過ぎは白っぽい空やったのに、今は雲の切れ間から赤が滲んどるな」
楓花がそう言うと、桜も頷いた。
「水田の水面も、雲越しの光を受けて、かすかにきらめいとるんよ」
田畑の合間を縫う道端には、自転車で帰宅を急ぐ高校生の姿。畦道からは稲の青い匂いが漂い、窓越しにかすかに車内へ忍び込んでくる。昼間の乾いた空気と違い、夕方の湿り気を帯びた匂いはどこか懐かしい。
やがてバスは新宮駅前に到着し、交差点を左へ折れて、次の道へと入っていった。
四人は行きがけに、このJR新宮駅の周辺を少し歩いていた。
「ここから先は未知やね」
楓花の言葉に、全員の視線が自然と窓の外へ集まる。
「対岸に姫新線の線路が見えるやろ。昼過ぎはあっちを電車で走っとったんよ」
桜が身を乗り出し、指先で線路をたどる。
行きは、新宮駅でいったん電車を降り、そこからバスで伊和神社へ向かったのだった。
実は、JR姫新線の旅の続きは翌日に回してある。しかし、その段取りを把握しているのは桜と楓花だけ。カメリアとひまわりは、ふたりが組んだ行程を“知らないまま楽しむ”役回りだった。
揖保川の西岸に沿うように道路は延び、川面には暮れかけの光が淡くにじんでいる。雲の切れ間から射す光は弱く、夕焼けほどではないが、水面に映る筋は銀色に揺れ、旅の道案内をしているようだった。風も少しずつ涼しくなり、窓を開けたくなる衝動を誘う。
「川が道案内してるみたいやね」
桜がつぶやくと、カメリアが微笑んだ。
「悠久の時間を運ぶ川と、数十分を運ぶバス……なんだか対照的だね」
車内は静かだったが、生活のざわめきが息づいていた。買い物袋を抱えた母親や制服姿の学生、小さな子どもの笑い声。観光客である四人は、その日常に自然と溶け込んでいる。
「こういう空気感、都会じゃ味わえへんな」
ひまわりが窓に頬を寄せ、楓花は軽く肩をすくめる。
「まあ、これも旅の醍醐味やね」
やがて龍野が近づくにつれ、町の灯りがぽつりぽつりと目立ち始めた。
幹線道路沿いにはスーパーや飲食店の看板が現れるが、その数は多くなく、必要なものがほどほどに並んでいる、といった風情だ。暮らしのリズムは垣間見えるが、都会的な賑わいはない。
右手にゆるやかにそびえる山が姿を現した。
「あの山……鶏籠山っていうんやろ?」
桜が窓越しに指差す。
「標高二百メートルちょっとだけど、むかし赤松村秀が城を築いたんだって。竜野古城って呼ばれとる」
桜は少し誇らしげに言う。
カメリアは夕暮れの山影を眺め、目を細めた。
「山城か……物語の舞台みたいだね」
「でも、城下の町並みはまだ見えへんな」
ひまわりが窓の下を覗き込み、肩をすくめる。
「観光地の表玄関って感じではないですね。ただの生活の停留所です」
楓花がぽつりと言うと、桜が苦笑する。
「まあ、JRの駅から来ても、けっきょく歩かなあかんしな。どっちにしても、そう楽にはならんのや」
ここは龍野の旧市街に近いが、本竜野駅までは徒歩十五分ほど離れている。
“観光の玄関口”ではなく、あくまで地元の生活圏にある停留所――楓花の言葉どおりだった。
四人の視線の先には、まだ見ぬ夕暮れどきの旧城下の町並みが広がっているはずだった。
期待を胸に、彼女たちは静かに立ち上がった。




