- 7 - 伊和神社
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神姫バスは、「一の宮伊和神社前」に、定刻どおり15時28分に停車した。
降り立った瞬間、思っていた以上に静かな空気が広がっている。揖保川から少し分け入った土地に、播磨国の一宮と呼ばれる社がひっそりと鎮座していた。
この一日は、乗り換えに次ぐ乗り換えで慌ただしい行程だった。だが伊和神社だけは例外的に、一時間近い余裕がある。もっとも、それは誰かが工夫して生み出したものではなく、単にバスの時刻表がそう決めただけにすぎなかった。
次の山崎行きは16時21分。
楓花は腕時計を見下ろし、指先で秒針をなぞるように動かした。わずかに眉をひそめる。
「……あと五十三分もありますね。もう少し効率よく組めば、この辺であと一か所寄ることも可能だったかもしれません」
あえて正確な数字を出し、計画が思い通りにいかないことを確かめる。バスの本数は少なく、思うようには組めない。
自分は御朱印など集めていないが、せっかくなので桜が頂く時間に間に合うように――そう考えると、少しもどかしい。
ひまわりは肩の力を抜き、ふわりと笑った。
「でもさ、のんびりできるんも旅のうちやん? 焦ってもしゃあないし、ここで空気を味わうんもええやろ」
時間が余ることを残念がるどころか、それを「ご褒美」と受け止めている。旅の楽しみ方は、人それぞれなのだ。
桜はもう鳥居の方を見つめていた。
「伊和神社は、大国主命を祀っとるんよ。播磨国の総氏神として、ずっと崇められとる場所やね。伊勢と出雲の中間にあるって言われとって、そのせいか“聖地の中継ぎ”みたいに紹介されることもあるんよ」
「大国主命って、縁結びの神さまなんやね?」
楓花が横から口を挟む。
「そうなんよ。出雲大社が有名やけど、ここも播磨一円を守る“国の大黒さま”みたいに考えられとったんよ」
誰に頼まれたわけでもなく、自然に解説が始まる。少し理屈っぽいが、桜が語ると不思議と引き込まれる。高校生らしい素直さと、どこか大人びた知識欲が同居していた。
カメリアは一歩遅れて鳥居をくぐり、大木が並ぶ参道を見上げた。
「……境内には1650本もの御神木があるそうなの。杉の大木だけでも48本。あそこにある夫婦杉なんて、寄り添うようにして何百年も立ってきたそうよ」
さっき読んだ案内板の数字をすぐ口にするのは、彼女らしい正確さだった。それを淡々とした口調で語るからか、聞いている側にはむしろ神秘さが増して感じられる。まるで木々そのものが彼女を通して語っているかのようだ。
四人は石畳をゆっくり歩いた。昼の雨がまだ残っているのか、足元はしっとり濡れている。曇天の隙間から漏れる光が杉の枝葉を透かし、まだら模様を地面に描いていた。
人影はほとんどなく、正月のにぎわいを思えば嘘のような静けさだ。拝殿へ近づくにつれ、空気がひんやりと張りつめ、自然と背筋が伸びる。
拝殿の前に立つと、桜が深く礼をし、静かに柏手を打った。その仕草につられて、三人も手を合わせる。楓花は胸の内で願いをつぶやき、ひまわりは目を閉じて空気を吸い込むだけ。カメリアはただ、静かに手を合わせている。――祈り方は、それぞれに違っていた。
桜は御朱印所に立ち寄り、御朱印帳を差し出した。墨と朱で書かれた印を受け取ると、彼女の表情が少しやわらいだ。
「これでまた、一宮の記録が増えたやね」
その言葉は簡潔だが、内心の喜びは隠せなかった。
一行はさらに奥へ進み、本殿裏の「鶴石」にも足を運んだ。
鶴が舞い降りて吉兆を示したという伝説の石である。
「ほんまに鶴が来たんやろか。なんかロマンあるなぁ」
ひまわりが目を輝かせると、カメリアは小さく微笑んだだけで答えた。余計な言葉よりも、静けさを共有することを大切にしているのだろう。
参拝を終えたのは、到着から二十分ほど経った頃だった。残り三十分以上、時間はまだある。そこで四人は、道路を挟んだ向かいにある「道の駅 播磨いちのみや」へと足を向けた。
食事処はすでに営業を終えていたが、売店は開いていた。棚には地元の野菜や土産物が並び、週末らしくちらほら客の姿もある。そこで目を引いたのが、SNSで人気だというソフトクリームだった。
白い渦巻きの上に大粒のマスカットがいくつも乗せられ、光を受けて宝石のようにきらめいている。
楓花は財布を出しかけて、ふと手を止めた。
「……ここでわざわざ食べるほどの価値はあるんでしょうか」
効率を重んじる彼女らしい迷いだった。
「ご当地ソフトって、そういうもんやん。今食べんと、次いつ来れるかわからんやろ」
ひまわりが笑顔で押すと、結局全員がソフトクリームを手にすることになった。
桜はひと口味わって、落ち着いた声で言った。
「想像以上にみずみずしいわね。マスカットの酸味がミルクの甘さを引き締めとるんよ」
言い回しがどこか審査員めいていて、みんな苦笑する。
カメリアは目を細めてつぶやいた。
「……果汁が広がって、夏の名残を思い出させる味だね」
その表現は詩のようで、耳に残った。
楓花は、結局は小さく笑ってしまう。
「まあ……これはこれで悪くないな。写真に撮っておけば、記録にもなりますし」
理屈をつけているが、顔には素直な満足がにじんでいた。
ひまわりは両手でカップを抱え、幸せそうに目を細めた。
「ん~っ、うち、こういう時間が一番好きやねん。バタバタ移動するより、だらっと過ごすほうが旅っぽいやろ」
無邪気な笑顔に、三人も自然と頷いた。
やがて発車時刻が近づく。四人は再び停留所に戻り、定刻どおりやってきたバスに乗り込んだ。窓の外には、揖保川沿いの山々と杉の濃い緑が流れていく。
五十三分の余裕は、全員に同じように与えられた。だが、それをどう過ごすかは四人四様だった。効率を惜しむ者もいれば、のんびり喜ぶ者もいる。歴史を追う者もいれば、ただ風景に耳を澄ます者もいる。
――旅の面白さは、そんな違いを並べてみせるところにあるのだろう。




