プロローグ
夏休みを控えたある日の放課後、神戸の高校一年生の教室は、いつも通りのざわめきに包まれていた。窓から射し込む光には、すでに夏の暑さが混じっている。
教室の片隅に集まったのは、四人の生徒だった。歴史好きの有馬桜、鉄道マニアの真砂楓花、地理に精通している葺合カメリア、そして旅そのものを楽しむ御影塚ひまわり。
桜と楓花は高校の入学式からの仲だが、幼なじみのように互いの呼吸をよく知っている。カメリアがイギリスから帰国して初めて声をかけたのは、ひまわりだった。気取りのない関西弁と柔らかな笑顔は、今も彼女に安心感を与えている。
そうして、それぞれの小さな輪は自然と一つになり、気づけば「四人組」として扱われるようになっていた。
性格も趣味もばらばらな彼女たちが、この夏、少し特別な60日間を過ごすことになるとは、まだ誰も知らない。
きっかけは、イギリスからの帰国子女であるカメリアが応募した国際交流プログラムだった。文化財保護や観光資源の調査を目的とした活動――その話を聞いた桜が、ふと思いつきで口にした。
「ねぇ、全国の一宮と世界遺産……フィールドワークでめぐってみる?」
桜らしい軽さで、相手の反応をうかがうように言う。
歴史好きな桜には、いつか全国の史跡を自分の足で辿ってみたいという夢があった。
全国の一宮は旧国ごとに数えて六十八社。日本百名城は、その名のとおり百。
どちらも魅力的だが、まずは数の少ないほうから――今回は、そう割り切っただけの話だった。
カメリアは一瞬だけ考え込んだが、すぐに静かに答えた。
「日本列島を縦断するってことだよね。……面白そうだね」
英国育ちのはずのカメリアは、当然のように流暢な日本語で話した。
入学当初、高校側は日本語のサポートを検討したが、それはまったくの杞憂だった。
英語も日本語も自在に使いこなす彼女の姿を見て、英語担当の教師が「もう教えることはない」と漏らした――そんな噂が、いつの間にか校内に広まっていた
「全国一宮と世界遺産をめぐるフィールドワーク」
学校側は、この計画を「総合的な探究の時間」の特別課題として承認し、夏休みを特例で60日間に延長することにした。イギリスの学校に倣った長期休暇、という建前も用意された。成果はレポートと発表で示す、という条件付きである。
もっとも、高校一年生が二人で全国を回るのは危険が大きい。そこで、共通の友人である楓花とひまわりが「付き添い」として同行することになった。付き添いというより、むしろ彼女たちの方が楽しみにしているようだったが。
楓花は、手元の時刻表を軽く指で叩きながら言った。
「ちょうど青春18きっぷの時期ですから。利用しない理由はありません」
楓花は鉄道好きである。
「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」と、世間にはさまざまな分野があるらしいが、彼女はたぶん「乗り鉄」だろう。もっとも、高校生である彼女は、雑誌を眺めながら路線図を指でなぞり、乗っている自分を想像するだけで、実際に全国を渡り歩いているわけではない。
だからこそ、この機会を逃す理由はなかった
ひまわりが、にこっと目を細める。
「そんなん決まりやん。ついでに温泉も寄ってこ――楽しみやでぇ」
ひまわりは、自分には他の三人ほど際立った得意分野があるわけではない、と思っていた。もっとも、それを深く考え込んでいるわけでもない。
ただ、旅のなかでいろいろなものを見て、感じてみたい。そして、それを四人そろって分かち合えたらいい――その程度の、素朴な願いだった。
そんな四人が集まったのだから、特別課題はいつの間にか脇に追いやられ、旅そのものが、彼女たちの共通のテーマになっていた。
カメリアは真面目な顔で付け加える。
「たしかに、点だけ見ても意味ないしね。……線で考えた方がいい」
桜はふわりと微笑み、三人を見渡した。
「じゃあ、決まりだね。……なんか、いい夏になりそう」
こうして四人は、それぞれの得意分野と個性を持ち寄り、60日間の旅に出ることになった――。
文中に登場する鉄道や地名、時刻は実在のものを参考にしていますが、現在とは異なる場合もあります。実際に旅される際は、十分な下調べをお願いいたします――さもないと、彼女たちのようなドタバタ旅になってしまいます。
(なお、一部の人物や店舗などは演出上の加工を加えています)




