- 12 - 伊弉諾神宮
1日目
高速神戸>>山陽明石>>明石港>>岩屋港>>淡路IC>>洲本IC>>洲本>>志筑>>竹谷【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
四人は淡路市の小さなバス停に降り立った。
「竹谷」と書かれた本四海峡バスの標識が、暑い空気の中で揺れている。車窓を流れた緑の山並みや集落の景色は、今や目の前の住宅や濃い緑に取って代わられていた。
竹谷から伊弉諾神宮までは徒歩三十分。曇り空ながら湿度は高く、洲本城登攀の疲労もまだ残る。
カメリアが珍しく不満げに口を開いた。
「……もっと効率のよい移動手段はなかったのかしら」
楓花は淡々と答える。
「最寄りバスの便はあるけど、時間が合わなかっただけ」
黒髪のミニボブを揺らしつつ、観察者の目で周囲を捉える。その姿には無駄な感情が混じらず、理知的な安心感があった。
ひまわりは帽子のつばを押さえ、息を弾ませながら呟く。
「暑いなあ。タクシーは?」
楓花は淡々と、しかし断言するように言った。
「使わないのが基本だ」
桜は含み笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「歩くからこそ、道の空気や景色を感じられるんよ」
カメリアも小さく頷いた。
「それには賛成」
県道に沿って歩く三十分。ひまわりは時折立ち止まり、汗をぬぐいながら深呼吸する。木々や集落の景色が、重くなった足を和らげる。
視界が開け、大鳥居が姿を現す。淡路国一宮・伊弉諾神宮である。
阪神・淡路大震災で倒壊した大鳥居は再建され、朱塗りの橋と放生の神池が境内の緑に映えた。
ひまわりは思わず笑った。
「またこういうのに目を奪われる……でも、きれいやなあ」
桜はカメラを構え、朱色の橋や水面を丁寧に切り取る。
楓花は微笑みながらも、静かに声をかける。
「そんな時間ないやろ」
カメリアは背筋を伸ばし、丘陵を遠く見渡して微笑む。
正門を抜け、砂利の参道を進む。
桜は流鏑馬の馬場を想像し、駆け抜ける馬の姿を思い浮かべる。
左右に整然と並ぶ灯籠が、古の格式を伝える。
手水で清めると、ひまわりは冷たさに笑みを零した。
楓花は小声で注意する。
「手順を間違えんようにな」
石碑「陽の道しるべ」の前で、四人は自然と足を止めた。
朝の柔らかな光が、石碑の表面に反射している。
説明板には、伊弉諾神宮を中心に、真東に伊勢神宮、真西に海神神社、真北に出石神社、真南に諭鶴羽神社が示されていた。夏至には信濃の諏訪大社から日が昇り、出雲大社の方向に沈む。冬至には那智大社から日が昇り、高千穂大社や天岩戸神社の方向に沈むとされる。
楓花が石碑に顔を近づけ、指先で文様を追いながらつぶやく。
「昔の人でも、方角や太陽の動きまで、きちんと計算されとるんやな」
桜はくすくす笑い、肩をすくめた。
「でも、全部が計算通りとは限らんね。後付けの解釈もあるやろし」
カメリアは小さく頷いた。
「たとえ後付けでも、ここが大切な場所であることに変わりはない」
ひまわりは指で石碑をなぞりながら、軽い口調で言った。
「まあ、いろいろ説明があったほうが、神社のありがたみも増すよね」
桜はにやりと笑い、石碑から目を離して空を見上げる。
「こういう話を考えながら歩くと、旅も楽しくなるんよ」
楓花はスマホをちらりと見つつ、淡々とした口調で付け加えた。
「こういう場所は、方角や位置まで意識しておくに越したことはないね」
四人は再び石碑に視線を落とし、周囲の丘陵や太陽の軌跡と見比べる。古代の人々が太陽と神々、そして地形をつなげて考えた知恵と工夫が、確かにそこに息づいているのを感じながら。
静かな時間の中、四人はしばし立ち尽くす。淡路島の緑に包まれた境内で、歩いた時間の疲れさえも心地よいものに変わっていくのだった。
朱塗りの橋を渡り、放生の神池を背にしつつ四人は進む。歴史、自然、神話が絡む時間が、内陸の緑に包まれ、特別な旅情を生む。
拝殿の奥には本殿が控え、国生みの神話で知られる伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀る。
桜はそっと一礼した。
朱印帳を取り出す桜に、ひまわりは目を輝かせた。
「へえ、きれいやな」
朱印を頂き終え、桜は微笑む。
楓花もそっと手を伸ばし、朱印帳を覗き込む。
「きちんと押されとるな」
境内には樹齢900年の夫婦大楠が悠然と立つ。
楓花も手をかざし、感慨を漏らした。
「この木も、長い年月を見守ってきたんやな」
カメリアは淡々と微笑み、ひまわりは自然に笑う。桜は二人を見守った。
朱塗りの橋や神池を振り返りつつ、集落や山並みを遠望する四人。
カメリアは短く言った。
「歩くからこそ、感じられる」
ひまわりは肩をすくめ、笑った。
桜と楓花は静かに見守る。
こうして淡路島の緑と歴史、神話を胸に刻みながら、四人は次の目的地へ歩みを進めた。




