- 11 - 本四海峡バス 志筑~竹谷
1日目
高速神戸>>山陽明石>>明石港>>岩屋港>>淡路IC>>洲本IC>>洲本>>志筑【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
10時29分、渋滞もなく、淡路交通の路線バスは、志筑のバス停に滑り込んだ。
四人は海沿いの町中に立ち、軽く肩を伸ばしてそれぞれの足取りを整える。
桜は黒髪を軽く束ね、切れ長の瞳を窓の外に向けて、柔らかく笑んだ。景色に手を伸ばすような仕草は、まるでカメラのファインダーを覗くかのようだった。
ひまわりは茶色のポニーテールを揺らしつつ、にこやかに周囲を眺めた。
「次のバスは、10時37分発」
楓花が眼鏡の奥から腕時計に視線を落とし、すぐに窓の外へ目を走らせた。
ここで乗り換えて、伊弉諾神宮へ向かうことになるのだが、バスが来るまでの時間は、散策するにはあまりに短い。
漁港に近い土地柄だけあって、魚にちなんだ店はいくつか見受けられたし、規模は小さいながら商店街の体裁も整っている。
ただ、ありていにいえば、二階建ての民家が集まる、目立った特色のない、ごく普通の田舎町であった。
志筑にはかつて、淡路島北部の玄関口として津名港があった。
実は、さきほど降りたバスの次の停留所が終点である津名港だ。津名港は、1998年の明石海峡大橋開通でその役割を終え、2007年には南海淡路ラインも運休し、定期航路は姿を消した。静かな街並みはかつての喧騒を忍ばせつつ、淡路島全体の観光レジャー化の波で、再び賑わいを取り戻そうとしている。
本四海峡バスのJA淡路日の出五色支店前行の路線バスが到着すると、四人はすぐに乗り込み、窓際の席に落ち着く。
車窓には志筑の町を抜ける細い道や小さな商店が流れ、右手には淡路の穏やかな丘陵が徐々に迫った。
「海が遠ざかるね」
カメリアが静かに言う。
青い瞳が揺れ、窓外の丘陵や田園を追っている。声は淡々としているが、言葉の端々に知的な興味が感じられる。
「ねえ、この辺りにさ、静御前の墓があるって聞いたことない?」
桜が何気なく、思い出したように言った。
ふだん歴史談義にはほとんど反応を示さない楓花が、そのときだけ、わずかに顔を上げる。
「……それ、栗橋のほうで伝わっている話じゃなかったか」
声は淡々としているが、即座に出てきた地名が、楓花なりに引っかかるものがあったことを示していた。
志筑だけでなく、埼玉県久喜市の栗橋にも、同じ静御前にまつわる伝承が残されている。
楓花はそれを、以前、鉄道雑誌の片隅で目にしたのを覚えていたのだ。
静御前は源義経の妻で、義経の兄・頼朝に追われ吉野で捕らえられ、その後鎌倉に送られる。義経との子も処刑され、北条政子の配慮で京に送られた。
そこまでは定説として残るが、その後の足取りは定かでない。ある説では、一条能保という公家に預けられた後、志筑にあった一条家の荘園で余生を過ごしたとされるが、全国各地に静御前の終焉の地とされる場所があり、真偽は不明だ。
バスは住宅地や店舗を抜け、背後に広がる田畑が目に入る。淡路島北部を東から西へ横断する道筋だ。沿道の案内標識に神戸淡路鳴門自動車道・津名一宮インターの文字が見える。
その手前で、ひまわりの目がぱっと見開かれた。
彼女は勢いよく窓の外を指さす。
「なあなあ、あれなんやろ?」
”たこせんべいの里”と大きく書かれた看板が、遠くからでも妙な存在感を放っている。
スマホで場所を確認したひまわりは、次の瞬間にはもう顔をほころばせていた。
「おおっ、見てこれ! めっちゃ美味しそうやん! 絶対行きたい!」
その様子を横目で見て、桜がくすっと笑う。
ひまわりの肩を軽くつつきながら、からかうように言った。
「はいはい、出た。ひまわり、ほんと分かりやすいよね」
少し間を置いて、付け足す。
「まあ……淡路島名物やし。寄り道する理由としては、悪くないけど」
バスは高速道路を越え、緩やかな丘陵地へと入った。車窓の左右には、きれいに区画された果樹園が続いている。
楓花はスマホの地図を一瞥し、わずかに鼻を鳴らした。
「この辺り、果樹園が多いみたいね。どうせ見た目だけじゃなくて、観光向けに手も入ってる。収穫体験とか直売所とか……まあ、島の外から人を呼ぶには、無難で効率的なやり方でしょう」
「ええなあ、これも食べてみたいわ」
ひまわりの瞳は輝き、表情は期待でふくらむ。
カメリアは穏やかに木のほうへ視線を向けた。
指さすというより、そこに在るものを確かめるような仕草だった。
「淡路島はね、日照が安定してる。それに花崗岩質の土と、海風に含まれるミネラル。甘い果物が育つ条件が、自然にそろってるんだ」
銀色の髪を静かに背へ流しながら語るその様子は、知識を披露しているというより長い時間をかけて土地そのものを眺めてきた者が、当たり前の事実を確認しているだけのようだった。
沿道の果樹の木々は色とりどりの実をつけ、緑の中にオレンジやレモンが混じり、目を楽しませる。
季節ごとの彩りが、淡路島の自然の豊かさをそっと伝える。
さらに、淡路島の特産品である玉ねぎの話題が、ひまわりの口からこぼれた。
「そういや、玉ねぎも甘いって聞いたで。土がええからやろな?」
カメリアは少し考えるように間を置き、静かに頷く。
「そうだね。ミネラル分の多い土だから、辛みが出にくい。その分、果物みたいな甘さになるんだと思う」
桜はその様子を横目で見て、ひまわりににやりと笑いかけた。
「ふーん……やっぱり、もう食べること考えてるんでしょ?」
ひまわりは肩をすくめ、あっさり認める。
「せやけど? あんな話聞かされたら無理やん」
少し想像するように首を傾げて、
「どう料理するかは知らんけど……丸かじりでも、いけそうな気するわ」
道は竹谷の集落へ向かい、バスは緩やかに曲がりながら進んでいく。
沿道には小さな集落や農地、直売所の案内板が点在し、島の暮らしと産物の気配がにじんでいた。
ひまわりはスマホを構え、流れていく景色を次々に切り取る。
「ほんま、どこ見ても美味しそうやなあ。揚げ物の匂いとか、もう漂ってきてる気ぃするもん……あ、また言うてるな、うち」
桜は車窓から目を離さないまま、さらりと口を挟んだ。
「たぶん、気のせいちゃうと思うで。直売所が多いいうことは、家で加工したり料理したりする人も多いはずやし。歩くだけでも、食べもんと暮らしが近い土地やって分かる」
一拍置いて、少しだけ声を和らげる。
「観光地いうより、生活の中に産物がある場所やな。小道をぶらぶらするだけでも、淡路島らしさは十分感じられそうや」
やがてバスは竹谷のバス停に近づき、静かに減速する。乗客は少なく、揺れもわずかだ。ひまわりは最後に窓の外を見つめ、少し残念そうに息をついた。
「もう着くんか……」
桜は黒髪を揺らして笑みを浮かべ、ひまわりの肩を軽く叩いた。
「次の目的地に向かうね」
四人は竹谷のバス停から伊弉諾神宮へと歩き始めた。
カメリアは静かに頷き、丘陵を見渡す。
風に揺れる草木や果樹園の彩りを目に焼き付けながら、次の行程を思い描く。他の三人も、それぞれの目に淡路の景色を映していた。
内陸を巡る短いバス旅は、果樹園や小さな集落、そして土地の産物の香りまでも感じさせ、穏やかで豊かな時間として、四人の記憶にそっと刻まれた。




