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- 10 - 淡路交通バス 洲本~志筑

1日目


高速神戸>>山陽明石>>明石港>>岩屋港>>淡路IC>>洲本IC>>洲本>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】

10時7分、定刻どおりに洲本バスセンターを発ったバスは、北へと進み始めた。

淡路交通の津名港行の路線バスだ。

四人を乗せた車体はエンジンの低い唸りを響かせながら、曇り空の下を走っていく。


ひまわりは窓ガラスに頬を寄せ、大きく息を吐いた。

「はあ……朝から、よう歩いたわ。せやけど、まだまだ旅はこれから、やろ?」


桜はくすりと笑い、肩をすくめる。

「洲本城くらいで音を上げてたら、この先はもたないよ。楓花が組んだ行程、寄り道だらけだから」

冗談めかした視線が、そのまま楓花へ向けられた。


「寄り道じゃない。必要な経由だよ」

楓花は即座に言い返す。声の調子は淡々としているが、その反応の速さが、図星であることを物語っていた。

もっとも、そうした「寄り道」を思いつき、持ち込んでくるのは、たいてい桜のほうだった。


――「全国一宮と世界遺産をめぐるフィールドワーク」。

それが、夏休み期間を利用して課された高校の特別課題だった。


訪問先の大枠は桜が決める。ただし、そこへ至る道筋――どの路線を使い、どの時刻の列車に乗るかは、時刻表と睨み合いながら楓花が組み立てる。

残る二人、カメリアとひまわりは、出発直前まで行き先を知らされない。それが、この四人のあいだで自然に成立していた暗黙の了解だった。


楓花にとっては、鉄道という得意分野を存分に活かせる。

ひまわりはそれを「ゲームみたいや」と面白がる。

そして桜はといえば――全国一宮と世界遺産を巡るだけで終わらせるつもりなど、最初からなかった。城が近くにあれば、さりげなく、しかし確実に行程へ組み込ませる。それもまた、抜かりなく。


カメリアは、そうしたやりとりを一歩引いたところから眺めていた。達観しているというより、楽しんでいる、と言ったほうが近い。

彼女にとっても、点としての史跡をなぞるだけでは、学習とは呼べなかった。

点と点を結ぶ線――その途中にこそ、見落とされがちな意味が潜んでいる。

少なくとも、彼女はそう考えていた。


バスの車窓の右手に広がるのは淡路島東岸の海だ。

灰色の雲を映した水面は静かに揺れ、遠くを小さな漁船がゆっくり横切っていく。岸辺には海苔の養殖棚が規則正しく並び、ところどころに白い波が砕けていた。


左手には緑の丘陵が迫り、樹木の間に瓦屋根の集落が点在している。


「ええ景色やなあ。山も海もいっぺんに見えると、なんやほっとするわ」

ひまわりが素直に声を弾ませた。


「淡路島はね、真ん中に山脈が通ってるの」

カメリアは景色から目を離さないまま、静かに言う。

「だから、どの道を進んでも、片側に海、もう片側に山がある。迷いにくい島」


抑揚の少ない声だったが、不思議と耳に残った。

それは説明というよりも、彼女自身が見ている風景を、そのまま言葉に置き換えて渡してくるような口調だった。


バスは洲本の市街を離れ、国道28号線に沿って北上を続ける。道路脇には商店やガソリンスタンドが点在し、ときおり道の駅の看板も目に入った。


楓花がスマホを操作しながら、ふと顔を上げた。

「少し先に、淡路ワールドパークONOKOROっていう遊園地がある。ミニチュアワールドが売りらしい」


「ミニチュア?」

ひまわりが、いかにも興味をそそられたという顔で聞き返す。


「世界の建物を縮小して並べてあるの。タージ・マハルとか、ピサの斜塔とか……」

楓花が指を滑らせながら続ける。


「バッキンガム宮殿もあるはず」

カメリアが、間を置かずに補足した。


桜が少しだけ口元を緩める。

「へえ。行ったことあるん?」


「旅行雑誌で読んだ」

カメリアは、何でもないことのように答えた。


その即答がかえって説得力を持ち、三人は顔を見合わせて笑った。


「ほんま、博識やなあ。カメちゃん」

ひまわりが感心したように言う。


「淡路島って、ここ数年で観光施設がずいぶん増えたのよ」

桜が、少し講義口調で続けた。

「ONOKOROはその先駆けだったんだけど、聞くところでは、経営はなかなか厳しかったらしいわ。西海岸に新しいスポットが次々できてるから……ちょっと、時代を先取りしすぎたのかもしれないね」


冗談めかして肩をすくめる。

1985年、「くにうみの祭典 淡路愛ランド博覧会」が開かれ、その跡地にONOKOROは整備された。

当時は、全国的に博覧会ブームの余熱がまだ残っていた時代でもあった。


「太陽公園!」

ひまわりが、唐突に声を上げる。

「姫路のほうに、似たようなとこあったやん」


世界の名所を模した建築が並ぶその施設は、特にノイシュバンシュタイン城の巨大なレプリカで知られている。


「ふーん……それは、ちょっと行ってみたいかも」

桜が、からかうように言うと、

「えー、ちょっと子どもっぽくない?」

ひまわりが即座に首を振った。


「たぶん、ONOKOROも同じ」

楓花が、あっさりと切り捨てる。


「それ、完全に風評被害よ」

桜は笑いながら言い返した。


バスはその施設の近くを通り過ぎた。

遠目にも観覧車の骨組みが見え、曇天を背景に静かに立っている。


やがて車窓の景色が変わっていく。

住宅が増え、道路脇の商店も賑やかさを増してきた。志筑の町が近づいているのだ。


桜は窓の外を凝視し、ふっと口角を上げた。

「ほら、あの小高いところ……昔の城跡っぽいな」


「え、あんな低い丘でも城になったん?」

ひまわりが首をかしげる。


「戦国の人たちってね、だいたいああいう場所が好きだったの」

桜は少し得意そうに、でも言い切りすぎない調子で続ける。

「港にも近いし、ここには昔、志筑城っていう城があったらしいよ」


「へえ……」

ひまわりは素直に声を漏らし、流れていく窓の外へ視線を向けた。

「確かに、守りやすそうなとこやね」


カメリアは表情を変えないまま、静かに言葉を挟む。

「志筑は入り江に面しているの。船の出入りが見えやすいし、海路を押さえるには都合がいい」

彼女は、見えている風景を、頭の中の地図と重ね合わせるようにしていた。

土地の形を読む――それは、彼女にとって癖のようなものだった。


桜は肩をすくめ、少しだけ笑う。

「つまり、歴史から見ても、地形から見ても……外せない場所ってことだね」


バスはゆっくりと志筑のバス停に滑り込み、エアブレーキの音が響いた。

時計は10時29分を指している。朝の終わりが近づいていた。


四人は次なる目的地への乗り換えに備えた。

ここからさらに西へ、伊弉諾(いざなぎ)神宮へ向かう道が待っている。

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