- 9 - 洲本城
1日目
高速神戸>>山陽明石>>明石港>>岩屋港>>淡路IC>>洲本IC>>洲本>>【桜、楓花、カメリア、ひまわりの現在地】
洲本の町並みを抜け、四人は洲本城跡のある三熊山の麓へと歩を進めた。
バスセンターから赤レンガの倉庫や商店街を巡ってきた余韻がまだ残っている。だが、目指す洲本城跡はここからが本番だった。
登城口へと至ると、三熊山の緑が大きく立ちはだかり、木々の隙間から石垣の一部が顔を覗かせていた。
「やっぱり山の上にあるんやな……。見てるだけで、ちょっと登山モードやねん」
ひまわりが笑い混じりに呟く。
「洲本城は“続日本100名城”に選ばれているからね」
桜が即座に答えた。声には誇らしさがにじむ。
わざわざ洲本に立ち寄ったのは、この続日本100名城を訪れるためでもある。楓花が、うまくバスの接続を組んでくれたのだ。
桜は、ほかの三人が認めるほど――いや、半ばあきれるほどの――城好きである。日本100名城にせよ、続日本100名城にせよ、本来の旅の目的というわけではない。だが、せっかく行くことができるのなら、足を運ばずに通り過ぎる理由もなかった。
「ん? “続”ってどういう意味なんだ?」
楓花が首をかしげる。城好きではないが、地形や地名には敏感な彼女らしい問いだ。
「その次ってことは分かるけど、単純に100名城の延長線ってわけでもないのか?」
鉄道雑誌を読むときのように、データの背景を探るような口調になる。
「いい質問だね」
桜は目を細めて、少し楽しそうに笑った。
「百名城っていうのはね、だいたい各都道府県を代表する“顔役”みたいなお城が選ばれてるの。それに対して続百名城は……選からは漏れたけど、歴史や地域の話をするなら、どうしても外せないお城たち、って感じかな」
楓花は一度だけ大きくうなずき、すぐに言葉を継ぐ。
「なるほど。じゃあ、新幹線とか主要幹線が百名城で――」
少し考える間を置いてから、淡々と言った。
「続百名城は、地元の人が毎日使ってるローカル線だね。派手さはないけど、そこがなくなったら生活が回らなくなる。観光客には見えにくいけど、価値はむしろ高い場合もある」
「ふーん。いい例えね。わかりやすい」
桜も頷く。からかうような笑みを浮かべながら。
道は次第にきつさを増し、石段と土の道が交互に現れた。木漏れ日がまだらに落ち、蝉の声が近くで響く。
「この城って、観光っていうより登山やね。あたし、もう山歩きしてる気分やわ」
ひまわりが肩で息をしながら冗談半分に言う。
「その通り。山城が山城たる所以。敵が攻めにくい場所に築かれているの」
桜は汗をにじませながらも、どこか嬉しそうに笑った。
洲本城は、戦国時代に淡路水軍の拠点として築かれ、そして秀吉の武将であった脇坂安治によって、今の総石垣の城となった。
大部分の山城は土塁を主体としており、戦国時代末期――築城技術が大きく進歩する以前には、急峻な斜面に大規模な石垣を築くという発想自体が、現実的ではなかった。
そのなかにあって、洲本城のように山城に石垣を用いるには理由がいる。
単なる防御では足りない。人と物、そして権力が集まり、決して失えない場所であること。
洲本が海路を結ぶ要衝であった事実は、その城の構えそのものが雄弁に語っている。
洲本城でもうひとつ知られているのが、登り石垣である。
敵の侵入を防ぐため山の斜面に沿って築かれたこの構造は、秀吉の朝鮮出兵期に発展した日本独自の築城技術だ。地形を読み、利用し、支配する――その時代の知恵が、石の一段一段に刻まれている。
桜としては、本当ならその特色を一つひとつ説明したいところだった。
だが今は、仲間とともに“山を登っている”という感覚を味わっていたかった。
もっとも、石垣の配置や造りにまで目を配る余裕は、きちんと残している。
坂を曲がるたび、苔むした石垣が現れる。
人の背丈を優に超える石の壁が、急斜面に沿って積み上げられていた。
「……近くで見ると、迫力があるね」
カメリアは足を止め、石の断面をじっと見つめた。
「割り石の積み方が揃っていない。でも、全体としてはちゃんと均衡している」
カメリアもまた、桜と同じく城に関心を持っていた。ただし、その向きは少し違う。
桜が城の来歴や歴史的背景に目を向けるのに対し、カメリアは石垣の積み方や構造といった、建築技術そのものに惹かれているようだった。
――「城マニアがふたりいる」とは、楓花がよく言ったものである。
「ほんまに研究者目線やなあ」
ひまわりは感心半分、呆れ半分といった調子で笑った。
やがて、ひときわ大きな大石段が行く手をふさぐように立ちはだかった。
苔むす段は高く広く、堂々とした威圧感を放っている。
「山城でこんな階段あるのか」
楓花が思わず感嘆する。
「ここが洲本城の見どころのひとつだからね」
桜の声にも誇らしさが混じっていた。
「確かに……これ、鉄道の高架橋を下から見上げたときの迫力に似てるな」
楓花は笑って付け加える。
「でかい石組みがガチッと噛み合って、上に線路――いや、櫓や壁が乗ってても揺るがん感じ」
「また鉄道の話しだね」
桜がからかい、四人は笑い合った。
やっとのことで大石段を登り切ると、視界が開け、山頂部の本丸跡が姿を現した。
そこには鉄筋コンクリート造の模擬天守がそびえていた。
「おとぎ話に出てくる竜宮城みたいやね!」
ひまわりが目を輝かせた。
「いや、これは模擬天守やな。展望台として建てられとるんよ」
桜が静かに言う。
「歴史的な価値いう意味では……まあ、あくまで模擬やけどな。でも観光用としては、けっこうおもろい思うんよ」
「私も、こういうのはちょっと苦手かな。ありのままの石垣や遺構のほうが好き」
カメリアは真剣な眼差しで石垣を見やる。
「……同感ね。雰囲気はそれなりに整ってるけど、どこか作り物っぽい」
楓花は小さく苦笑しながら続けた。
「鉄道模型のジオラマを、少し丁寧に拡大した感じ」
桜は肩をすくめて、「ふーん。まあ、そういう見方もあるだね」と笑った。
模擬天守を後にし、四人は石垣沿いの道を軽やかに下った。
坂の傾斜に足を速められるまま、笑い声が石垣に反響する。
そのまま麓へ抜け出した。淡路文化史料館の前を通り過ぎると、このあたりが洲本城の下の城にあたる場所だったことが分かる。
歴史好きの桜にとっては、たとえ石垣の一段や礎石の欠片であっても、往時の気配を伝える大切な証人だった。
木立の隙間から海が見え隠れし、やがて視界いっぱいに大浜海水浴場の青い砂浜が広がった。
「うわぁ……海、めっちゃきれいやん!」
ひまわりが思わず声を弾ませる。
「この浜、堀井雄二が子どもの頃に遊んでた場所らしい」
楓花はスマホを見下ろしたまま、淡々と告げた。
「ドラクエ好きなら、いわゆる“聖地”ね」
しかし、のんびりしている場合ではなかった。
楓花はふと腕時計に視線を落とし、わずかに眉をひそめる。
「……まずい。10時7分発のバス。今のペースだと間に合わない」
一拍置いてから、結論だけを告げた。
「急いだほうがいい。みんな、移動して」
「ええっ、走るん!?」
ひまわりが悲鳴を上げ、桜は苦笑しながら背を押した。
潮風と笑い声に包まれながら、四人は洲本バスセンターへと駆け戻っていった。




