01d
ここまで来たら、もう分かるだろう。
自分の間の悪さに、私も驚いている。
昼食をとろうといつも誰も居ない部室へ行くと、つんたかつんたかと古雑誌を叩く音がした。
ドラムセットが有るにも関わらず、酔狂だな、と思う。
一つため息を吐いてドアを開ける。
「おーっす、エリっち」
髪の短い、健康的な少女。
ドラムのクヌギ。
ウチのサークルで一番誰にでもフレンドリーに接する。
正直、こいつと居るのは居心地は悪くはない。
古雑誌を一通り叩き終え、顔を上げる。
意外と、というか努力家なのだ。
「まさか、人が来るとは思ってなかったよ」
リストバンドで汗を拭い、クヌギが笑いかける。
そう、と頷いて私はギシギシと軋むパイプ椅子に座る。
私の性格も心得ているらしく、クヌギもそれ以上何か話す事もなく、古雑誌にまた向かう。
「練習してるとこ、誰かに見られるのヤなんだよね」
はにかむように笑うクヌギ。
「パンク?じゃないし」
「……うちはパンクかどうかも怪しいけどな」
にぃ、とクヌギが笑う。
「その点エリっちは口堅そうだし良かったけど」
まあ、誰かに噂を話すような性格でも無い。
クヌギは煙草を取り出してくわえる。
「そういやさ」
ウィンストンをくゆらせながらクヌギが話を振る。
「うちがなんでジェニーズっていうか知ってる?」
どっかのファミレスみたいだよね。
と、笑うクヌギ。
「いや」
「名無し、って事らしいよ」
別にジェーン・ドゥとかでも良かったのだろうけど。
と、クヌギが言う。
とは言っても、ジェニーという言葉には、我々にとっては特別な響きがある。
ミッシェルガンエレファントの名曲。
そして、そのボーカル、チバの叫ぶ別れの言葉。
“バイバイジェニー、バイバイダニー”
女性の代名詞のようなものなのだ。
しかし、名無しとはね。
皆何がしかを抱え、ここでは自分を捨てたいのだろう。
鬱憤を、しがらみを、怒りを。
そして、虚無を。
……名、さえも無くすのか?
つい、深くため息を吐いて壁にもたれかかる。
心配そうに顔を覗くクヌギに大丈夫だ、と手を振って立ち上がる。
ベースのソフトケースを持ち上げて外へ向かう。
「悪い、帰るよ」
心配そうにこちらを伺うクヌギの視線を振り払うようにドアから外へ出る。
気分が、悪かった。