01c
大学の講義を受けてると、イライラしてくる。
無性に煙草が吸いたくなり、部室へ向かう。
珍しく、部室から歌声が聞こえた。
叫ぶような声。
“俺は法と戦った、そして法が勝った”
そんな歌。
間が悪いか、と思ったが、音楽部室で人が歌っているのは当たり前か、と思い直しドアを開ける。
案の定、ビックリした顔で迎えられる。
ガイコツマイクに向かって叫んでいたのは、セミロングの少し傷んだ髪をした、小柄な少女。
ボーカルのチヒロだ。
部室には今も白々しくコンポから曲が流れている。
ちなみにガイコツマイクもコンポも私物。
部室自体、サークルの先輩方が結構無理矢理もぎ取ったもので、正式には存在しない。
だから干渉もされない。
パンクだろ?
内気な感じのあるチヒロは、私を見てコンポを止めると部屋の隅に座った。
まあ、良いかと思い、灰皿を取り出す。
アルミの使い古されたやつだ。
部屋のそこかしこに煙草の焦げた跡があるけど、昔小火騒ぎが有ってからは灰皿を使うようになったらしい。
マルボロに火を点けて深く吸いこむとようやく落ち着いた。
やっぱり多人数の中で長々と話を聞くのは苦手だ。
見れば向こう側ではチヒロがラッキーストライクを吸っていた。
会話は無く、でも若干こっちを気にするような空気。
少し、居心地が悪い。
でも不干渉が私のスタンス。
変える気も無い。
絶対と言って良いくらいの。
だから、壁に立て掛けてあったベースを手に取る。
62年リイシューのフェンダー・プレシジョンベース。
スリートーンサンバーストの落ち着いた色合いのそれのピックガードに挟んでおいたピックを取る。
緑色のトーテックス。
流れっぱなしのコンポから聞こえてくる“ゲット・アップ・ルーシー”に合わせて。
ミッシェルガンエレファントの名曲だ。
キャッチャーなベースラインで弾いてて楽しい曲である。
程良く運指が忙しいし。
「エリってさ」
弾き終わって、しばらくしてからおどおどと話しかけてくるチヒロ。
「ベース弾いてる時だけは笑ってるよね」
「そう?」
出来るだけ平静に返すが、若干不覚。
そうか、笑っているか。
知らず、ネックを握る手に力が入り、胸元のシドチェーンに触れる。
笑って、いるのか。
……会話はそれだけで、後はいつもどおり。
夕方の陽に赤く染まる部室を後に私は家路についた。
チヒロはその後も残って、窓からどこかを見ていた。