第漆話『水底に還るもの』
静寂が戻った部屋には、まだ湿った空気が残っていた。
愛菜は震える手でノクスを抱き上げる。ノクスの毛は逆立ち、鏡の破片をじっと睨んでいた。
「にゃう!(まだ、終わってない!)」
「……ノクスが言ってる。“まだ、終わってない”って」
修が眉をひそめた。
「羽生が消えても、何かがまだ……残ってるって事か?」
「たぶん……“繋がってる何か”が」
その瞬間――
ぎぃ……ぎぎ……
床の下から、重い木材が軋むような音が聞こえた。
「……床下?」
修が身をかがめ、畳をはがそうとする。
ドンッ!
突然、下から板が叩かれた。愛菜が短く息を呑み、ノクスがぴくりと跳ねた。
「にゃあ!(やめろ、危ないぞ!)」
「ノクスが、開けるなって……!」
それでも修は手を止めない。
「ここまで来て、無視は出来ないだろ」
修が板を持ち上げると、地下への階段が現れた。崩れかけた石段、広がる湿気――その先には、水に沈んだ空間があった。
「……地下水? いや、意図的に“満たされた”空間だな」
「にゃう!(ここが集まる場所だ!)」
「ノクスが言ってる……“この場所に、全部が沈んでる”って」
「沈んでる……?それって……」
修はスマホを取り出す。アプリの霊力検知は赤を突き抜け、中央に黒点が浮かんでいた。
「この地下が……この村の“最深部”って事か」
その時――
――たすけて
水を通して聞こえるような、かすれた少女の声が響いた。
「今の、声……!」
水面が泡立ち、白いワンピースを着た小さな“何か”が浮かび上がった。
首の傾いた少女の姿。だが、それは人間ではない。片目が潰れ、身体は人形のようにぐにゃりと曲がっていた。
「にゃうう!(あれは抜け殻だ!)」
「ノクスが……“中身がどこかに囚われてる”って」
“少女”は誰もいない空間に向かって喋り出す。
「おかあさん……きょうも、しずかだったよ。みんな、もういないから……」
その声に感情はなかった。あるのは空虚な“日常”の繰り返し。
ぼこ……ぼこぼこぼこ……
水面が泡立ち、底から“無数の手”が伸びてきた。
老婆の手、子どもの手、男の手――爛れ、剥がれ、腐った手。
それが“少女”を足元から引きずり込もうとしていた。
「まずい!逃げろ!」
「愛菜、結先輩、上に!」
修が二人を押し上げ、ノクスを抱え自らも階段を駆け上がる。
「にゃうあっ!(巻き込まれるぞッ!)」
「ノクスが……“すぐ閉じなきゃ危ない”って!」
そのとき――“少女”が修の方を向いた。
壊れかけた片目で、じっと見つめる。
「……たすけて……」
――確かにそこには、“救いを求める心”があった。
修が手を伸ばそうとした、その瞬間。
鏡の破片に、羽生陽蔵の顔が浮かび上がった。
「私の村に……触れるな……」
破片が砕け、冷たい水が一気に天井へ押し寄せる。
「閉めろッ!!」
修は最後の力で地下の蓋を叩き閉じた。
ドン、と音が鳴り、辺りは静寂に包まれた。
ノクスが小さく唸る。
「にゃう……(また来る必要がある……)」
「ノクスが……“もう一度来なきゃいけない”って」
修は静かに頷いた。
「……ああ。助ける為に、そして……負の連鎖を断ち切る為に!!」
次回予告
第捌話『揺れる残像』
地下に残された少女の魂。
語られる事のなかった“もう一つの犠牲”。
その記憶が、再び修たちを深淵へと導く。
だが――その先には、“かつての彼女”が待っていた。
お楽しみに――。
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